第18話
狙撃は後方から行うのがセオリーだが、グランは先頭に立って発砲した。完全な闇に支配された状況で、最も目が効くのがグランだからだ。ただ、闇の何割かは魔女達の魔力によって作り出されている。排他領域に慣れた者達でも、視界が暗い。
そこでグランの真後ろに、ケイトは配置された。彼女はグランの背中に片手をつけ、自身の感知魔法で捉えた情報を流している。
「中枢部に着いた! 総員かかれ!」
「はいはい。全く、誰が隊長なんだか」
ボヤくセゾンの肩をポンと叩いたレジオが、散弾銃を構えて広間に突撃する。
「大先輩に負けてられないでしょ!」
セゾンの脇を駆けて突撃するアンリからも、檄を飛ばされる。
「全く、どいつもこいつも。あ、もう煙草吸っていいな……あー、旨い。さて、行くか」
その魔女は、小洞窟を塞ぐか突入してきた人間を攻撃すべきか迷っていた。
と、木樽が熟成したような芳醇な香り。
「その香りはウッディ。至高のウィスキーだけが持つ香りだ」
真後ろから声が聞こえた瞬間、両腕を撃たれる。
「戦場で気が散る暇があるなら、ウィスキーを楽しめ」
機関銃と自動拳銃――二丁拳銃を構えたバウアーは、次の獲物を探す。
宙に浮かんだプラムは、眼下の状況が信じられなかった。
数は四十で、魔女の中でも精鋭だけを集めた。数でも地の利でも魔女側が勝っている。
なのに。小洞窟から放り込まれるC4。効率的で狂暴な射撃。手榴弾と擲弾の爆発。
そんなプラムに、二人の人間が接近したが。
「人間如きが図に乗るな!」
プラムが火魔法を放つ。
「あっグッッッ!」
「ウワッッッ!」
プラムに燃やされたアンリとソーニャが悶絶する。
「お前こそ調子に乗るな!」
バアウンッ! と銃声がした瞬間、プラムの左脚大腿に穴が開き、血が噴き出る。
「ぐっ……! また狙撃の若造か!」
「俺の名はグランだ、千歳の魔女よ! ケイトっ、二人を治癒しろ!」
「分かった……」
ケイトが水魔法で瞬時にアンリとソーニャの身を焼く炎を消す。
「精霊魔法!」
バアウンッ! 驚きで隙ができた瞬間、プラムは右脚大腿もグランに撃ち抜かれる。
「グランとか言ったか、人間の若造が! 魔法の英知を見せてやる!」
プラムは両脚の治癒を後に回し、右手に魔力を補助する魔法石を握る。そして、魔力を練る。
プラムの真下にある地面が生き物のように蠢き――身の丈二メートルはある人型をした土の兵士三十匹が出来上がる。使った魔法石は砂となって、サラサラと手からこぼれ落ちる。
「ゴーレム!」
思わず叫んだグランを中心に、ゴーレム達が見た目からは想像できない早さで襲いかかってくる。グランは手榴弾を三つ投擲し、さらにゴーレムの頭部を次々に狙撃する。けれど。
「……っ! 命無き化け物か!」
頭部や体の一部を失おうと、ゴーレムは構わずに突っ込んでくる。
「(もう狙撃樹の射程じゃない!)」
グランは右太腿に巻いたホスルターから自動拳銃を取り出し、ゴーレムを撃つ。が、止められない。体が半壊して身軽になったゴーレムに体当たりされ、グランが後方に吹き飛ぶ。
突出した狙撃術を持つグランが戦線を離脱したことで、戦況は一変した。
「みんな……ゴーレムは私が何とかするから……時間を稼いで、お願い……」
「人間どもはゴーレムに任せて、あの精霊使いを殺せ!」
勇気を振り絞ったケイト。脅威となる敵を見つけ、集中砲火を浴びせるプラム。
「全員でケイトを守るぞ!」
『『『オヤッサン、大声出さなくていい!』』』
一斉にセゾンに応じた十三は擲弾でゴーレムを破壊しつつ、ケイトの前に展開。レジオ達も散弾や擲弾、手榴弾でゴーレムを破壊しながら、ケイトを守りにかかる。
ケイトは壁際にアンリとソーニャを並べて寝かせていた。その両手にオレンジ色の球体を作り、二人にあてがっている。治癒魔法。
「なあおい。どれくらい粘ればいい?」
「五分」
「人生で一番長い五分になりそうだ」
ケイトの答えにくわえ煙草のセゾンはヤレヤレと溜め息を吐きながら、迫りくる魔女とゴーレムに弾幕を張って前進を妨げる。
治癒するケイトを中心に、扇形の陣形。
「人間よ。絶望しろ」
魔法石を握ったプラムが、魔力を練る。
その魔物は唐突に宙に現れた――七色の羽根に、鋭い嘴と爪を持ったケーツハリー。
「召喚魔法か。絶望していいっすか、大先輩?」
「構わん。納得するまで戦って死ぬ。兵士の本懐だ」
新しい煙草に火を点けたセゾンと不敵に笑うレジオ。新旧の十三は心折れずに戦う。
「駄目だっ、早過ぎる!」
「イーグル避けろ!」
ケーツハリーを狙撃していたイーグルが悲鳴を上げ、兄のリゼロが彼に体当たりする。宙から急降下してきた獰猛な召喚獣の爪がリゼロの脇腹を抉り、もう一方の爪がイーグルの肩を引き裂く。
「バウアー! セリーン!」
『『分かってる!』』
セゾンに命じられた二人は、兄弟を守備陣形の中に引きずり、医療措置に取り掛かる。
地上には十体のゴーレムと十人の魔女。宙には五人の魔女とケーツハリー。
「よし、派手に散るぞ」
「上等だ」
プッとセゾンは煙草を吐き捨て、バウアーはグビリとウィスキーを呷る。
「「「「ウオオオオオオォォォォォォォッ!」」」」
二人を中心に、覚悟を決めた人間達は叫びながら戦い続ける。応援は来ない。残弾も残り少ない。重傷を負った仲間が複数いる。そうであっても。戦い続ける。抗い続ける。
局面を打開するため、バウアーは前進した。その前に、アーリーが立ち塞がる。
「……っ! ゴフッ」
アーリーの風魔法、カマイタチがバウアーの腹を割く。
「人間如きが。七百年生きた私に敵うものか」
アーリーが耳元まで裂けんばりに笑う。直後、バウアーが腰を折る。開けた視界の奥に、アーリーは見た。擲弾発射機で自分を狙うショートカットの女を。
「無駄に長生きしただけのババアが」
アーリーは悲鳴を上げる間もなく、カフカが放った擲弾で上半身を飛散させた。
「おいっ、チビ! まだ戦えるだろう!?」
カフカの叫びは悲鳴であり。願いであり。その心臓止まるまで戦い続ける戦士の本能であり。
「チッ。もったいねえ、ウィスキーをこぼしちまった」
足元にできた吐血と腹部からの出血でできた血だまりを見て、バウアーが舌打ちする。
三番目に年長の魔女は倒したが。それでも宙と地上から敵が迫ってくる。
十三とマギヌンの戦士達が、死を覚悟したとき。
洞窟の上部に、濃い雨雲が立ち込める。
「チッ。間に合わなかったか」
プラムの視線の先には、両手を高く掲げたケイトの姿が。
「恵の雨よ、不浄なるもの全てを洗い流して」
静かなケイトの声。直後、洞窟に雨が降った。雨足は瞬時に強くなり、豪雨へ。
土魔法で創生されたゴーレムが、溶けていく。宙に浮いていた魔女達は悲鳴を上げる。
ケーツハリーは魔物らしい金切り声を上げ、動作を制限する雨に憎悪をぶつける。
千年生きたプラムだったが、大きなミスを一つ犯した。
ケイトと並ぶ敵の最大戦力は無防備だったのに、トドメを刺さなかった。大魔女ジルなら犯さない失態。千年の差は大き過ぎた。結果、それがこの戦いの命運を分けることになる。
「異界に帰れ」
グランが立っていた。狙撃銃を構えて。躊躇いなく、引き金を引く。その照準は、ケーツハリー。バアウンッ! 放った最後の一発は召喚獣の頭部を砕く。
召喚獣とゴーレムは消え、地上で人間と魔女が対峙する。魔女側には、プラムもいた。
「人間よ、降伏しろ。すでに鉛の弾はあるまい」
両手で自身の足を治癒しながら、プラムが笑う。戦況を俯瞰した彼女には、人間の限界が見えた――気がしていた。特等魔女の言葉を受けて、十三は目配せし合う。
「俺達は常に、魔女を狩ってきた。魔法の前に銃が無力になる状況は、想定内だ」
グランの言葉を理解できない魔女達を尻目に、十三はピアスの羽根をつまむ。
「「「「ピアス
ピアスの羽根が消えるのと同時に、隊員達は“打物”を装備していた。
「おーい戦闘中にボサッとしてんな」
くわえ煙草のセゾンが、斧で魔女の腹を斬る。
「よくも燃やしてくれたわね!」
アンリがモーニングスターを振り下ろし、魔女の肩を砕く。
焦った魔女の一人が、炎を放つ。が、片刃剣が盾へと形を変えて炎を受け止め、剣へと姿を戻す。その間にも、バウアーが漆黒の剣で魔女の両肩を浅く斬る。
「この程度のかすり傷……っ……ギャァァァッッッ!」
「片刃の白刀は絶対防御。で、この漆黒の細(レイ)剣(ピア)で斬られると発火する。言ってなかったか?」
「空間魔法を秘めた魔道具か!」
プラムは叫びながら、グランに向けて巨大な岩石を放つ。だが結果は剣の色が違うだけで、バウアーと同じだった。黒刀が巨大な盾へと変形し、岩石を受け止める。
黒刀が元の形に戻るのを待たず、バウアーはプラムへ斬り込む。
しかし一歩早く、プラムが後方へ後退する。
「残念だったな、グラン……なっ……!」
プラムの両脚が斬り裂かれ、夥しい血が吹き出す。
「残念だったな、せっかく両脚を治したばかりなのに。説明が遅れたが、黒刀はバウアーと同じく絶対防御。そしてこの片刃剣、ヤヨイは空間を斬り裂く」
「私を忘れないでもらえますかぁー!」
セリーンが左手の両刃の剣で魔女一匹の肩を、右手の両刃の剣でもう一匹の脚を斬り裂く。二刀流。
十三の隊員達が、魔女との間合いを一気に詰める。
「これが魔女狩りの十三……全員、散れ!」
プラムのそれは、撤退命令と変わりなく。プラムは洞窟の奥へと続く通路へ。リーンは飛翔魔法で、外へ。
「俺はプラムを追う! 外に逃げた魔女は任せた!」
「はいはい、グラン隊長様。何とかしますよ」
「まっかせてよー!」
くわえ煙草のセゾンとセリーンが、リーンを追う。混戦となった広場を抜け、グランはプラムを追う。「……プラムにはまだ、闇魔法が……」呟きながら、ケイトはグランの後を追う。
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