第15話 第二章 ハーフエルフ
第十三部隊の一名を排他領域へ潜入として派遣する。
なお、その任務は――。
(約30年前の国軍会議録より抜粋)
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国から切り捨てられた排他領域は、人が人らしく生を営める場所では決して無い。
廃屋に住む者達でさえ、贅沢とされる世界。藁葺き屋根があればいい方で、大多数の人間達は雨ざらしの中、ボロボロのゴザの上で生活している。食糧は無く、雨水を飲む。抵抗力が無い高齢者や赤子は無論、成人した人間の死体すらあふれている。地獄、だ。
そんな排他領域は、不穏分子にとって格好の隠れ家だ。だから今、セゾン達は偵察を行っている。そしてグランはレジオとケイト、ソーニャにマギヌンを案内されていた。
「こんな排他領域があるのか……」
グランは呆然とした。マギヌンは、村として栄えていた。耕作された畑は広く、牧場まである。木造や石造の家屋には洗濯物まで干してあり、流れる小川の水は澄んでいる。
「全て、ケイトのお陰だ。自然との調和を礎とする精霊魔法のお陰で、ここまでになった」
そう言うレジオがケイトを見る目は、親のそれに近い。ケイトは頬を朱に染めて、俯いている。ケイトとソーニャに、子ども達がじゃれついてくる。排他領域で、蠅がたからず、シラミも湧かず、栄養失調でもなく、何より笑顔を浮かべた子どもを見るのは初めてだ。
「ケイトがここに来て、何年になる?」
「もう五年は経つ」
それを聞いて、グランの目がスッと細くなる。
「光や闇に匹敵する精霊魔法とはいえ、五年でここまで栄えるのは不可能だ」
「それについては、いずれケイト自身が話すだろう。彼女がお前に心を開けばな。それより、ワシにはもっと引っ掛かることがある。グラン、お前は魔法に詳し過ぎる」
その時、偵察を終えたセゾン達が帰ってきた。グランは言い訳せずに済んだ。
十三は、レジオ宅の居間に通された。石造りの広い家で、居間は二十畳程もある。
「適当に座ってくれ」
レジオにそう言われ、隊員達とマギヌンの代表達が椅子に座る。椅子の多さからして、マギヌンの会議や集会は、ここで行われるのだろう。
レジオとケイト以外に、マギヌン側は四人いる。取り合えず、簡単な自己紹介を始める。
「私はソーニャ・マチルダ。マギヌンの副リーダーだ」
グランの狙撃銃に怯まず、機関銃を構えた女だ。長身で、髪を後ろで括っている。
「俺はイーグルの兄で、リゼロだ。セゾン、弟を助けてもらったのに、銃を向けて悪かった」
「気にするな。お互い様だ」
そう言ってセゾンはレジオから喫煙の許可をもらい、早速煙草に火を点ける。
「俺はイーグル。あんた等のお陰で助かったよ」
「私はカフカ」
「人に擲弾を向けておいて、謝罪も無しか」
スキットルを口に運びながら、バウアーがカフカを睨む。
「あんたの体に穴を開けなかったし、爆殺もしなかった。感謝してほしいぐらいだ」
「ふん、言いやがる。ま、気の強い女は嫌いじゃないが」
場が少し和む。
「では、改めて。ワシはレジオ・ニシウム。見たとおり、いつ死んでもおかしくない老人だ」
「あんた、元兵士だろう。その耳の潰れ方は、国軍の格闘技訓練を受けた証拠だ」
グランの断定口調。
「いかにも。退役して、もう二十年になるがな」
「偉大な大先輩はなぜ、排他領域で村長をやっているんだ?」
グランの問いにレジオは煙草を取り出すと、火を点ける。リゼロ兄弟とカフカも続く。
「喫煙は死に急ぐことと知っていて、吸っているんだろうな?」
「肝臓を早く破壊しょうとウィスキーを流し込む奴に言われたかないね」
バウアーとカフカが睨み合う。けれど、レジオとグランは気にせず続ける。
「ワシが入隊した頃は、大戦の真っ最中でな」
「昔話を聞きに来たんじゃない。あんたが魔女の居場所を知っているというから来たんだ」
十三にしてみれば他に、調査と戦闘のベース基地を手に入れられたのも収穫だが。
「グラン、いいじゃねえか。まだ時間はある。昔話に付き合おうぜ」
くわえ煙草のセゾンに言われ、グランは折れた。
「そして丁度、ミルン王族最後の者が、王位に就いた年でもあった」
「それはもしや……」
「この国は軍事独裁国家へと走り始めた。下っ端の頃は、魔物を討伐してればよかった。それが段々、雲行きが怪しくなってきた。気付いたら、王政に歯向かう人間を殺してた」
「人間を殺してた」。自分達も気付かぬうちに、尊厳を捨てていないと言い切れるのか?
「手が人の血で真っ黒に染まった頃、隕石(メテ)召喚(オ)が落ちてきやがった。それから、本当の地獄が始まった」
紫煙の向こうに見えるレジオの目は、ここではない遠くを見ている。
「持ち回り一人目の王が派遣されてきたが、ワシ等には関係なかった。ワシ等兵士は官僚の指示の元、国家再建という名の戦後処理をやらされた。初めにやらされたのは、瓦礫の撤去だ。すでに魔法は禁じられていたから、全て手作業だ。そう、瓦礫の処理だけやらされたんだ」
レジオの表情に苦味が走る。同じ兵士のグランは話の先が見えて、気分が重くなる。
「遺体は、かつてこの国の民だった者の体は……放っておかれた。官僚は、いやこの国は、亡くなった人々の魂より、新しいビルと工場を建てることを優先した。死体は放っておけば腐って土に還えるからな。毎日毎日、腐っていく死体を見ながら、瓦礫を撤去した。自分が殺した数だけ、死体を見せつけられた」
「この国を恨むか?」
「ミルンをか? そんな小さい話じゃない。軍事独裁化をミルンの民はきれいサッパリ忘れ、技術と経済を追い求めた。そうして技術立国、経済大国になると、世界が軍事独裁政権時代の被害を持ち出して、金を寄越せと言い始めた。魔法が使えないミルンは弱く、賠償金という名の
「それが嫌で、退役したのか?」
「いいや。俺達が仕えるのは王と将軍だ。官僚じゃない。その王と将軍が各国持ち回りになった。どいつもこいつも、帰還後の出世しか考えてなかった。そんな時、俺は女に惚れた」
「……唐突だな。まあ、興味はそそられるが」
「惚れた女は、魔女だ。俺は十三にいたんだ」
「だろうな」
アッサリとした反応はグランだけでなく、他の隊員も同様だった。
「驚かないのか?」
「あんたは俺達の戦闘服や装備を見ても、何も聞いてこなかった。その時点で、元十三だと分かる。十三は基本、他の部隊と組まないからな」
魔女と十三が恋に落ちる――稀だが、実例は存在する。一年中、十三は魔女を追い回している。何かがキッカケとなって一線を越えても不思議ではない。
「けれど、その恋は実らなかっただろう?」
そう問うグランに、レジオは微苦笑を浮かべる。結末を知っているケイトは口に手を当てて、目を伏せる。
「人間と魔女、両方から追われた。ワシ等は戦いながら逃げたが、限界がある……彼女だけ殺され、ワシは生き残っちまった。空っぽになったワシは、死地を求めて彷徨った。そうして、マギヌンに辿り着いた。また、排他領域だ。ワシの死に場所に相応しいと居着いた」
これで話は終わりとばかりに、レジオは紫煙を吐き出す。
「長くなったが、ワシの方がお前等より十三の経験があり、土地勘がある。イーグルを救ってくれた礼に、魔女狩りに手を貸そう」
「あんた、一度は、魔女に惚れたんじゃなかったのか?」
「ワシ等を追い詰めたのは国軍だが、彼女を殺したのは魔女だ」
ゾクッと寒気がグランを襲う。老兵の目に宿るは、底知れぬ憤怒と悲哀。
「私達――マギヌンも手伝う。近辺に魔女の巣窟があるのは分かっていた。マギヌンの日常を守るために、いつかは戦わねばならない相手だ」
「協力に感謝する。じゃ、さっさと始めようか」
ソーニャは決意を語り、セゾンは煙草を揉み消した。
レジオ達が作成した地図で魔女の巣窟を確認すると、グラン達は戦闘準備を急いだ。
「どうして……戦うことを……急ぐの?」
そう問うケイトの目は困惑が浮かべている。
「ミルン城の戦いで、俺はプラムに二発被弾させた。その傷が癒えないうちに、奇襲をかける」
なぜかケイトの目を直視できず、グランは爆弾を作りながら答える。
「魔女達ならきっと……もう、治癒魔法で傷を癒してると思う……」
「俺達が使う弾は、対魔女用だ。中の火薬に、治癒を阻害する物質を混ぜてある」
「それでも特等の魔女なら……自分で治癒してしまう……」
「はーいっ、グラン先生! C4の遠隔起爆でクェスチョンがあったりしまっす!」
セリーンに呼ばれて、グランはその場を離れた。ケイトの目を直視できないまま。
切り立った崖に左右を挟まれた谷間を、二台の装甲車と二台のジープが土煙を上げながら走っていた。四台の車両には、十三の隊員とマギヌンの代表達が乗っている。
マギヌンには四十名の兵士がいる。レジオに鍛えられた彼等は、グランから見ても戦力として計算できる程だ。今回の魔女討伐――プラムの生け捕りは、彼等の手腕にかかっている。
「他の部隊と魔女狩りを行うことも滅多にないのに、まさか民間人と組む日が来るとはな」
二台目の装甲車を運転しながら、グランが率直に本音を吐露する。
「私達では……不安なの?」
後部座席で問うケイトの言葉に批判の響きはない。素直な疑問、そしてグランの返事への怖れを内包している。
「不安だ」
グランは前を向いたまま、短く答える。助手席のセリーンは前を向いて黙っている。
「それは私達が足手まと」
「勘違いするな。魔女狩りを二年間やっても、不安や緊張、恐怖が無くなることはない」
悪路の運転に手を焼きながら、グランは先頭の装甲車についていく。
「個人的には、それでいいと思ってる」
話せば舌を噛みそうなほど揺れる。が、内なる声はケイトとは言葉を交わすべきだと声高に伝えてくる。その理由までは教えてくれないが。
「それで……いい?」
「軍事独裁国家云々は知ったことじゃないが。他国は、この国を上手く利用していると思う」
話の先に考えが行き着くセリーンは、黙って首を縦に振る。
「大戦で世界同盟は、ミルンに最大破壊魔法を使った。ブラムスに総攻撃を仕掛ける直前にだ」
「それは何か……関係があるの?」
ケイトに問われ、グランは初めてレジオの気持ちを理解できた。魔女の居場所を聞き出そうとした時、レジオは自身の過去を語った。あれは身の上話を聞かせたかったのではない。
兵士が真相を語るとき、必ず背景がある。それを抜いた言葉は、ただの記号。語り手と聞き手、双方にとって無駄な文字の連なりでしかない。
「最後の決戦を前に、実験したんだ」
「……実験?」
「勇者で固めた『最後の六将』に『四大賢者』。特定の部隊を伝説化して戦意を高揚させたが……。数億の魔物を率いる魔王が相手だ。吸血鬼の王や魔神将、大魔女までいる。同盟の兵数は、五百万にも満たなかったらしい。数で負けるなら、個の力で圧倒するしかない。けれど。世界が同盟を結んだ状態では、個の力を持っていたとしても、証明できない。圧倒的な個の力――最大破壊魔法を友軍に見せつければ、『自分達は戦える』と鼓舞できるのに。ブラムスへの牽制にもなる。隕石(メテ)召喚(オ)を落としたのが何者かは未だに不明だが、当時の同盟の最高幹部達は、最大破壊魔法の使い先を探し……うってつけの場所を見つけた」
「それが……ミルン?」
グランが首を縦に振る。助手席のセリーンも。
「当時のミルンは、世界にとって敵性勢力だった。しかも島国だ。最大破壊魔法を放っても、他国に被害が及ぶことはない。そうしてミルンの約十万人を殺し、国土を破壊した。さらに魔法の禁止、王位と将軍の座を各国持ち回り制にした。要するに、一つの国を一つの魔法で骨抜きにしたんだ。そして今も、その国は骨抜きだ」
「ブラムスを倒して、大戦を終わらせた同盟が……憎い?」
「……分からない」
グランは正直に返答した。ケイトにだけはなぜか、嘘をつきたくなかった。
「当時はきっと、世界を治めるのが三種族か魔王なのか……その瀬戸際だったと思う。ブラムスでの最終決戦で、その結論が出るはずだった。だから同盟が、なりふり構っていられない状況だったのは理解できるが……」
世界を魔の手に渡さない。その志は評価されるべきであり、強者は常に持っているべきだ。
一方で、そのために罪なき十万の命を犠牲にしてもいいのか?
この命題に、明確な答えなど無い。個々人が考え、自分らしい答えを持つしかない。
「話が長くなったが……ミルンの歴史的背景が見えないと、戦場で命を落とすことになる」
「私には……よく分からない」
「要するに、この国は戦える状況にない。魔法禁止だけでも重荷なのに、隕石(メテ)召喚(オ)後の復興と膨れ上がった経済に民は魂を支配された。ドラガンやマテウスは言うまでもなく、同じ島国のグラースやアナスが魔物相手に戦えているのは、民からの支援が大きい。民が自立して考えているから、国家や軍事への支持がある。翻(ひるがえ)ってミルンにはそれが無い。俺達兵士は孤立している。そんな状況で、他国ですらほぼ未経験の魔女と戦うんだ。いつだって、俺達は不安だよ」
「(分かったような分からないような……。でも、グランという人間は世界と真摯に向き合ってる。絶望的な状況でも、逃げずに立ち向かってる……それに比べて、私は……)」
「全車停止!」
グランが無線を手に取って、慌てて叫ぶ。四台の車両が急ブレーキを踏む。
「ちょっと外に出てくる!」
言うが早いか、グランが外に飛び出す。
「どうしたの? ……魔女? ……私の感知魔法には引っ掛かってない……」
「焦んなくていーの。いつものことだから」
「いつも?」
「慢性下痢症候群。つーまーり、グランはしょっちゅう、お腹を下すの」
セリーンの説明を聞いても、ケイトは理解が追い付かない。
今から特等の魔女達と戦うのに……腹痛? で、今グランは外で処理を……。
そんなケイトにセリーンが振り向く。その顔に、いつもの天真爛漫な表情はない。
「私達は、ハーフエルフを差別しない。けどさ、あんたはその身をよーくわきまえてね!」
「……何のこと?」
「とぼけないでよ」
セリーンの目に浮かぶ感情は、兵士のそれではなく、女の情念。
「ゴホン。偵察してきた。この辺りは問題ない」
「で、グランさぁ、ちゃんとお尻とお手々はキレイキレイしたのかなぁ?」
「……はい」
天然娘の仮面を被り直したセリーンと項垂(うなだ)れるグラン。
一向は、魔女の巣窟を目指す。
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