第14話
敵は人質に接近する余裕が無かった。前方と左右から機関銃で掃射され、少しでも固まれば、擲弾の餌食になる。何より、狙撃だ。唐突に頭部を失った仲間を見て、敵は後退を始める。
「重機関銃を使え! 全員ジープに戻れ!」
その号令を発した男の側頭部を、グランが狙撃する。
それにも構わず、十人程になった敵はジープに後退する。背は向けて走るわけにはいかない。そんな真似をすれば、いい的になるだけだ。
それを見越しての、アンリの配置。彼女には、敵達の背中が丸見えだ。
アンリは背を向けて後退してくる敵に、ジープ備え付けの重機関銃を撃ちまくった。
蹲っていた男の異変に気付いたのは、グランだった。他の人質達はその男の吐血を見て、パニックを起こしている。グランが応急処置に取り掛かる。
「動かすな! 気胸だ! 肋骨が肺に刺さってる!」
人質達に釘を差し、背嚢から、急いで医療機器を取り出す。
「助けられるか!?」
セゾンでも男が重症なのは分かる。が、その重傷具合と処置までは分からない。
「胸腔ドレナージを行う! 結論はそれからだ! 彼の手足を抑えろ!」
グランの指示で、隊員達が男の四肢を抑える。
グランが胸の切開を行うため、メスを入れようとしたとき。
「無駄だよ……それでは……肺の穴は塞がらないよ」
紺色のマントを羽織り、純白のドレスを着た女性が立っていた。
「尾根にいた女か」
「……っ! 私に……気付いてたなんて……でもそれは、後回し……早くイーグルを手当しないと」
グランの観察眼に驚きつつも、女性は男――イーグルに屈み込む。
「胸腔鏡手術を行うつもりなら、無理だ。機器とスタッフが揃った病院に搬送しないと……」
そこまで言って、グランは言葉につかえた。直近の病院でも、半日以上はかかる。
「私に……任せて」
女性がイーグルに屈み込む。
「ケイト、何を!? ソレは“レジオ”に禁じられているはず……」
「……非常時以外……禁じられてる……でも今は、イーグルが……非常時だよ……」
「待て、ケイト! この連中……人達は、あの十三だ! 俺は数年前、この人達と同じ装備をした兵士が魔女と戦っているのを見たことがある!」
「ガタガタうるさい!」
騒ぎ出す元人質達を、グランが一喝する。
「放っておけば、イーグルとかいうこの青年は死ぬ! 君はケイトというんだな!?」
「ええ……」
「彼を救う方法があるなら、やってくれ。俺達は兵士だ。この国で生きる全ての罪なき民を守る義務を負ってる……救う方法に問題があっても、不問に付す! オヤッサン、それでいいだろう? みんなもどうだ?」
「何の問題もねえだろう。命救った奴が罰せられる世界なら、滅んじまえ」
くわえ煙草で見下ろしていたセゾンが、許可をあたえる。
「私もオヤッサンと同じ意見よ。見殺しにするぐらいなら、私の手で楽にしてあげたい」
「グラン、感情で動き過ぎだしぃ。ま、そこが可愛いから、グランに一票でーす」
「早くウィスキーが飲みたい。女、さっさとしろ」
グランはケイトの目を見詰め、頷く。
「頼む」
「……分かった」
グランに背中を押され、ケイトはイーグルの胸部に両手をかざす。
そして、魔力を練った。数秒後、ケイトの両手に温かなオレンジ色の球体が現れる。
「イーグル、ちょっと我慢して」
ケイトはイーグルの耳元で囁くと、オレンジ色の球体を彼の胸部に当てる。
「アッ……グッウウ……!」
イーグルが呻く。
「治癒魔法か……」
グランが呟く。治癒魔法は血管や骨を強制的に繋ぎ、血液量を増加させる。よって一時的に、激痛を感じる。
「ケイトという名だったな? ありがとう」
そう言うグランの目は真っ直ぐで。真摯で、命への敬意があふれていて。
「(……こんな目で、お、男の人に見詰められるのなんて……初めて……)」
ケイトは、グランの目を見詰め返せない。
そんな二人を、セリーンは面白くなさそうに見ている。
イーグルの呼吸が安定してきた。胸部からの出血が止まり、傷口が塞がっていく。
「治癒魔法……魔法」
魔女以外が魔法を使う。副長のアンリでも初見だ。
「魔法だ。国軍の前で憲法違反とは。このケイトって女、いいタマしてやがる」
スキットルで早速ウィスキーを流し込むバウアー。
「それは今、問題じゃない。問題は」
直後、グランは立ち上がりながら体を捻り、自動拳銃を構える。その先には、機関銃を構えた女が立っている。
「今日は女運がいいんだか悪いんだか」
言葉と裏腹に、銃の照準を女の額に合わせたグランの瞳には、兵士の殺気が宿る。
「お前は女でいいじゃねえか。俺なんて、ムサ苦しい男だぞ」
セゾンと男が、機関銃を構え合っている。
「女だといいのか? こっちの女は
バウアーが機関銃を向けた先の女は、小柄な体型に似合わず擲弾発射機を構えている。
「ちょっと、あんた達!? どういうつもりなの!?」
アンリの怒声が聞こえたが、グランは振り返らない。イーグル達が銃を構えたと想像できるから。
「どんだけ恩知らずなんっすか!?」
アンリとセリーンは、機関銃を構えたイーグル達に囲まれた。
「俺達は兵士で聖人君子じゃない。一発でも撃ってみろ、皆殺しだ」
対面の女の目を見据えながら、グランが警告する。その口調と全身から発する殺気に、女だけでなく、他の新手やイーグル達まで震えあがる。
「(このグランという人は、命にどう向き合っているんだろう? 私が魔法を使うことを事前に知っていて、イーグルを助けさせたり。でも今は、全員殺すと言ってみたり……)」
そこでふと、ケイトは我に返る。
「みんな……銃を下げて」
静かだが、一本芯の通ったケイトの声。
「でもケイト、国軍にあんたの魔法を見られたんだよ? 服装は他の兵士と違うけど、こいつ等はあの“十三”だ。数ヵ月前、こいつ等が魔女狩りをしているの、私は見ていた」
「でもね、ソーニャ……捕らわれたみんなを救ってくれたのは……この人達なの……そして、イーグルに治癒魔法を使うのを……この人達は止めなかった」
グランに銃を突きつけた女に、ケイトが真相を告げる。
「弟を……イーグルを救ってくれたのか!?」
セゾンに銃を構えた男の目から、殺意と闘志が薄くなっていく。
「俺達はお察しのとおり、十三だ。しかも今回は、千年級の魔女を捕える。ここで時間を浪費する気はない。今から三つ数える。その間に銃火器を下ろさなければ、皆殺しだ」
バウアーがカウントダウンを始める。
「ハ、ハッタリだ! この兵士達の弾倉に、弾はほとんど残ってないはず……」
「今、俺の仲間が言った通りだ。俺達は本気だ。皆殺しはともかく、何人かは倒してでも、俺達は先に進む。進む義務がある。お前、よく残弾を把握してるな。だが、俺達十三が魔女を狩り、生き残った真髄は知らないだろう」
対面の女から目を離さず、グランがイーグル達に告げる。その瞬間。グラン達五人は軽く首を振った。五つのピアスが揺れる。
「……だめ……ダメだよみんな……銃を下ろして……この兵士達は剣」
「全員、銃を下ろせ」
仲間を制しようとしたケイトを遮り、年配の男が現れた。彼の一声で、十三に向けられた銃が一斉に下ろされる。
「あんたがこいつ等の頭か?」
女に銃を向けたまま、グランが男に尋ねる。
「そうだ。マギヌンで生きる者達の代表だ。ワシの名はレジオ。お前達十三の標的は魔女だろう。だったら、もう銃を下ろしてくれ」
レジオと名乗る男に心を許したわけではない。隊員達は、相手の目に戦意が無いのを見て取り、銃をゆっくりと下す。
「この辺り一帯に生活圏は無い。マギヌンは、排他領域にあるんだな?」
「その通りだ」
グランに応じるレジオの声は、低く威厳に満ちている。
「俺達は魔女を追ってここに来た。標的はお前達じゃない。じゃあな」
グランが去りかける。それを見たケイトの瞳が揺れるのを、セリーンは見逃さない。
「オヤッサン、私達の任務って魔女狩りだよね?」
「お、いきりなりだな。まあ、その通りだけどな」
「だったら、このケイトとかいう魔法を使った女の身柄を拘束しないと」
場に、再び緊張が戻る。グランはケイトを見詰める。目の前で命を救ったのに?
「十三は、魔女を追う――それが任務だったな」
レジオは十三の返答を待たず、ケイトに向き合う。
「ケイト、変化の魔法を解くんだ」
ケイトが頷くと――耳の形が変わる。先端が尖っている。
「ケイトは魔女ではない。ハーフエルフだ」
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