第13話

「全員、昼飯はあきらめろ」

 十三は装甲車を隠し、全員が車外に出ている。

 そこに戻ってきたバウアーが開口一番、「戦線に異常あり」を告げる。

「十一人が跪いている。その周囲を、二十八名が固めてやがる」

「その二十八名は全員が、機関銃で武装している。目出しバラクラバで顔は確認できない」

 バウアーの報告を聞きながら、グランは単眼鏡で見える現状を説明する。

「武装してる奴等の車両はどこにあるんだ? 無線機をブラ下げてる奴はいるか?」

「無線兵は一人だ。連中の後方にジープが七台。全車、後方に重機関銃あり」

 グランがセゾンに報告する。

 十三が乗っている装甲車にも、重機関銃がルーフに設置してある。

「三つの班に分けるか。通信を殺る担当に、人質を守る班。後は車両で待ち伏せる担当か。ところで、俺達にはもう一つ選択肢がある」

 セゾンが新しい煙草に火を点けながら、隊員達を見渡す。

「まさか、戦わずに逃げるとか言い出す奴はいないだろうな」

 単眼鏡から目を外し、グランも隊員達を見渡す。

「俺達の任務は、魔女狩りだ。特に今回は、プラムが相手だ。兵站は貴重だし、負傷するのも悪手だ。素通りする案もありだ」

 グランを挑発するように、セゾンが言い返す。

 他の兵士なら、いや、ミルン国民なら必ずこう言う。

『排他領域は国が捨てた地であり、そこで生きる者もまた、ミルン国民ではない』と。

 排他領域を“職場”としてきた十三にしか、分からないことがある。

この二年間、排他領域で戦い続けた。そこで生きる人間達と接してきた。国家が一方的に排他領域と切って捨てただけで、そこで生活する人間達の何が、他の人間達と違うというのか。

「ちょっと待って。私達は十三である前に兵士よ。誇りある軍人なのよ。武力で解決できる状況を無視して罪無き民が殺される道を選ぶなら、今すぐ軍服は脱いだ方がいい」

 アンリの口調は穏やかだが、重みと覚悟がある。

「俺は戦うためにここにいる。俺一人でも戦う。お前等は好きにしろ」

 スキットルを傾けながら、バウアー。セゾンは単眼鏡で観察を続けるグランを見た。

「お前はどうする?」

「通信担当をここから狙撃する」

「答えになってねえだろう。いや、これ以上ない答えか」

 くわえ煙草のセゾンが眩しそうに目を細めながら、ウーンと伸びをする。

「オヤッサン、どうするか決めて」

 迫るアンリの目は人間らしく真剣で、兵士らしく冷たい。

「朝からずっと運転で、関節の節々が痛え。派手に動けば治るだろ」

 セゾンの発言を聞いて、グランは笑顔を見せる。

「敵は防弾チョッキを着ていない。ただし、手榴弾を持っている奴は複数確認した」

「はいはい、グラン隊長。じゃ、通信を始末したら交戦開始だ。俺とバウアーとセリーンで人質回りの掃除。アンリは敵車両で待ち伏せ。こんなモンだろ」

「それでいい。始めよう」

 セゾンはくわえ煙草をプッと吐き捨て、グランは開戦を宣告した。


尾根に立って魔力を練っていた女性は、困惑していた。

腰まで伸ばした髪は黄金色に輝き、海より深い碧眼、透き通るような白い肌。

場に不釣り合いな純白のドレスの上に紺色のマントを羽織っている。ドレスの裾は脚の付け根よりやや丈がある程度で、ガーターベルトが露わになっている。膝まである黒のハイブーツも、コンバットブーツと呼べる代物ではない。それらの衣装の方々に、短剣ダガーを仕込んでいるが。

彼女は、捕えられた十一人の仲間だった。家族だった。

戻らない彼等を探しに出ると、捕えられていた。他の探索仲間には、交信魔法で状況と座標を送った。が、探索仲間が駆けつける頃には、捕えられた仲間達は殺されてしまう。

彼女に残った手段は、魔法しかない。“マギヌン”のリーダーからは、非常時以外、その使用を禁じられている。けれど、今は正しく非常時だ。そう判断した彼女が魔力を練っていたとき。

装甲車二台に乗った男女が現れた。車両に国軍を示す紅白の紋様があったので、彼等が兵士だと分かる。ただ、見たことも無い服装と編成だ。全員が防弾ヘルメットを装着せず、陸軍のカーキ色の戦闘服も着ていない。首にスロートマイクを巻き、上下とも黒づくめ。何より、全員が左耳に紅白の羽根がついたピアスをつけている。

彼女が見た国軍の兵士達は少なくとも、三十名単位で行動していた。けれど、尾根から確認できる人数は五人。彼女に限って、見落としはない。その五感と感知魔法は、人外だから。

「(もしかして……彼等が噂の十三なの? だったらきっと、プラムを追ってきたんだ……マギヌン近辺に魔女の住処があるという情報は、正しかったんだ……あっ、あの狙撃手、もう撃とうとしてる……この風と距離では、人間の狙撃は不可能だよ……)」

 再び彼女が魔力を練ろうとしたとき。バアウンッ!

荒野に銃声が響き渡るのと同時に、無線機を背負った兵士の頭部が砕け飛ぶ。と同時に、狙撃手は急いで装甲車両の陰に隠れる。

「(なぜ隠れるの? 狙撃位置は把握されてないはず……ヤダッ、ウソ……)」

 初めて見る男のあられもない姿に、女性は絶句した。


「グランの奴、まだ俺達が配置に就いてないのに撃ちやがった!」

『ま、いつも通りお腹下したんでしょ。で、オヤッサン、大声出さなくていいでーす』

「バウアーまでいねえぞ!」

『もう配置に就いてますって! で、大声出さなくていいでーすアゲイン』


 奇襲に敵は大混乱に陥っていた。

「狙撃手の位置を把握しろ! 全方位に陣形組め! ん?」

 指示を出した男の鼻孔をくすぐる熟成した木樽の香り。それは、死の匂い。

「お前が指揮官か」

 男はゾッとしたが、それも一瞬だった。背後から首の頸動脈を斬られたから。

 恐慌を来たした何人かが発砲したが、すぐに銃声は止んだ。

友軍誤射が起きたからだ。誤射するようにバウアーはポジションを取り、目で追い切れない早さで移動している。機関銃は背負い、右手にナイフ、左手に自動拳銃を構えた近接戦で敵の命を削りながら。しかし数の差で、バウアーが左右を挟まれる。

「国軍の兵士か!? クソッ、誰でもいい! 死ね!」

 そう号令をかけた男の額に、グランは鉛の弾で穴を開けた。

 バウアーを挟んだ左右の敵三人が、弾けるように倒れる。セゾンとセリーンだ。二人が発砲しやすいよう、故意にバウアーは敵を左右に散らせた。

「(さて、次に来るのは)」

 バウアーが頭を抱えてうずくまるのと、セゾンとセリーンが近距離から擲弾を発射したのは同時だった。敵が密集したエリアで爆発が起きる。二発合わせて、十人の敵が吹き飛ぶ。頭を上げたバウアーが近接戦を再開しょうとして――さらに、左右で爆発。セゾンとセリーンが二発目の擲弾を発射。爆風でバウアーが後方に吹き飛ぶ。

『お前等、二発目は余計だろう!』

「腹下しに言ってこいやぁ」

『今頃きっと、スッキリだよ! それでオヤッサン、声出さなくていいから! 今日三回目!』

チッ。どいつもこいつも。口内を切った傷から滲み出る血をペッと吐き、バウアーは立膝で機関銃を構える。至近距離にいた敵は擲弾が一掃した。裏を返せば、敵集団に潜って友軍誤射を恐れる相手への近接戦は、もう使えない。

少なくとも十三人以上の敵が、バウアーに機関銃や散弾銃を構えている。

 バウアーが愚痴ろうとしたとき――悪寒。死神に覗かれているかのように。

『やっと間に合ったか、この野糞野郎』

 バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ! バアウンッ!

グランが、狙撃銃を五発撃つ。それに等しく、敵五人の首から上が飛散する。

『俺の排泄力を甘く見るな』

『手は洗っただろうな』

 グランとバウアーが下品なやりとりをしている最中、尾根の女性はワナワナと震えていた。

『(お……男の人の……アレしてる姿を……! しかもウェットティッシュで、その……お尻? と手を綺麗にした途端……すぐ狙撃するなんて……)』

 彼女は人間が見ることのない様々な出来事や風景を見てきた。

 そんな彼女すら、グランの胃腸は驚異のどん底に叩き落す。当の本人は知らないにせよ。

「あっ……いけないっ……」

 蹲っていた一人の仲間が、吐血した。彼女は尾根を蹴って、飛んだ。

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