第9話

 グランは稲妻のダメージで、立てないでいる。そんなグランの目になぜか、他の物より一回り大きいマンホールが映る。

 そのマンホールが最終決戦で重要な役目を果たすなど、グランは知る由もない。


 軍上層部への報告を終えた十三は、兵器庫と反対側に位置し、人気をしのんで造られた官舎へと向かった。すでに時間は午前三時を回っている。

 官舎には五つの個室がある――隊員全員に個室があたえられている。

 だが誰も、自室へ向かわない。慣習と、そんな気になれないからだ。

 回復したグランも含めて、全員が台所を兼ねた居間にいた。セゾンが上座に座る以外、席次など決まっていない。隊員達は好きな場所に座り、かなり遅い夕食にありつく。

 誰もがリラックスというより、だらしない姿勢で座っているが、装備だけは手が届く範囲に丁寧に置いてある。ピアスも外さない。

 いつ、出動命令が発令してもいいように。いつ、ここが奇襲を受けてもいいように。

 対魔女に特化した十三に入隊して以降、誰もグッスリ寝た経験など無い。

「うっし。無事な帰還と今夜の魔女狩りを祝って乾杯だ。かんぱーい」

 セゾンがビールジョッキを掲げるが、他の隊員達は軽く飲み物の器を傾けるだけ。

「何だ、お前等? 元気ねえな。腹でも下したか? グランみたいに」

 耳にタコができたジョークだが、グランネタだけはいつも全員が笑う。

「慢性下痢症候群なんだ、仕方ないだろ。それに用を足しても間に合っただろう」

 むくれたグランが言い返す。慢性下痢症候群などという病名は無いが、グランの腹の下しっぷりを的確に表現している。

「あんたの腹痛っぷりは、時と場所をホントッに選ばないからね。今回の魔女狩りだって、狙撃中に腹下してるしー」

「用を足しながらでも、狙撃したろ。さすがは俺だ」

「手を奇麗にしてから、銃に触れたか? クソまみれで弾(ジ)詰まり(ヤム)など、シャレにならん」

 からかうセリーンにグランが言い返し、バウアーが突っ込む。

 くわえ煙草でビールを飲むという器用な真似をしながら、セゾンがガハハハッと笑う。

 十三は二週間前から西側の排他領域で魔女狩りを行っていた。捉えた魔女は六匹。可もなく不可もない成果。けれど、広い排他領域で魔女を見つけて戦って生け捕りにし、生還する。魔法を一切使わずに。その結果には、他国の精鋭部隊ですら一目置いている。

「俺は遅れてないが、セリーンは遅かった」

「聞き捨てなーらーぬ。私は魔女どもにガラクタにされた中から、貴重な一機を見つけたの!

 しかも空軍はドンくさいから、連中のシステムにハッキングして無人機飛ばしちゃった」

 話題を自分から逸らそうとしたグランに、セリーンが噛みつく。

 グラン・ケンゴウ。陸軍中尉。二十三歳。ソフトモヒカン。狙撃手兼衛生兵。

 セリーン・インデックス。陸軍中尉。二十四歳。ポニーテール。通信及び技術兵。

「ブッ! セリーン、お前、空軍にハッキングしたのか!? バレたら憲兵が飛んでくるぞ!」

「ちょっ! オヤッサン、煙草とビール吐かないでよ! 空軍はドンくさいから、ハッキングされたことにも気づかないわよ。でもさ、滅入るわ。どうせ朝一で魔女追跡を命令されるから、休暇は取り消しだし。あーあ、買い物三昧の予定だったのに。お気に入りのブランドが、新作のワンピース出したのに」

「心配するな。お前にお洒落は似合わん」

「オヤッサン、今何か言った?」

「……いいえ」

 セゾン。陸軍少佐。二十七歳。刈上げ。第十三部隊長。

 アンリ・マゴッティ。陸軍大尉。二十六歳。ショートカット。第十三部隊副長兼通信兵。

「バウアー、飛べるなら、さっさと飛べ」

「俺を魔女扱いするな。お前こそ、野糞で遅刻したうえに感電しやがって」

 からかうグランに、ロックのウィスキーを呷るバウアーが言い返す。

 バウアー・ザッケリーナ。陸軍少尉。二十一歳。ジェルでツンツンに尖った髪。斥候。

「オヤッサン、明日は朝から出動確定だ。飲み過ぎて二日酔いは困る」

 エビフライを頬張ったグランが、焼き魚をツマミにビールをグイグイ呷るセゾンに釘を差す。

「ふん、若造が偉そうに。俺が酒に飲まれるタマかよ。で、お前はまたジュース飲んでるのか」

「カクテルはジュースじゃない。カルアミルクは至高の酒だ」

「カクテル論は激しく同意! でも、カルアミルクはどうなんだ! そんなん飲んでるから、いっつもお腹下すに一票でーす」

 激論を交わす男二人に、パスタをフォークで巻きながら、セリーンが横槍を入れる。

「ほんと、あんた達って子どもね。お酒はね、挨拶と準備運動のビール一杯からの赤ワインフィニッシュよ。この鉄板ぶりは、ブラムスの女王様でも破れない」

 チキンをかじっては赤ワインを流し込むアンリの目元は、すでに怪しくなっている。

「ブラムス、か。吸血鬼の女王って、激しく別嬪らしいじゃねえか。会ってみてぇなぁ。バウアーを生贄にして。あ、チビだから無理か」

 セゾンがバウアーをからかうと、ドッと笑いが起きる。

 生贄。その単語にグランの目が一瞬スッと細くなるが、誰も気付かない。

吸血鬼の女王・ローラは絶世の美女と言われている。同時に、大戦で最大の戦果を上げた「最後の六将」や「四大賢者」と呼ばれる強者でない限り、勝負にもならないほど強いとも。

「貴様、殺すぞ。それにしても、魔女狩りには飽きる。醜悪な魔物どもを始末してやりたい」

 バウアーがチキンを噛み千切りながら、愚痴をこぼす。

 十三の隊員は五名と決まっている。人数が多ければ魔女の感知魔法に引っ掛かりやすく、奇襲を受けてしまうからだ。欠員――殉職者が出たときのみ、新隊員が配属される。

 二年前、十三の旧メンバーはプラムを狩りに行って、全滅した……そう言われている。ただ、辻褄が合わない点が幾つかあり、プラムの凶行に見せかけた暗殺と噂されている。

 何にせよ二年前、現隊員達は他部隊から編入され、殉職者を出すことなく今に至る。

 そしてバウアーの言うとおり、他の国々は魔物達による甚大な被害が出ているのに、ミルンで魔物と遭遇することは滅多に無い。代わりに、魔女が跳梁跋扈しているが。

「明日から、また遠征か。煙草とライターを買い溜めしとかねえと」

 セゾンはくわえ煙草でビールとビーフを胃に流し込むという妙技を披露している。

「オヤッサンって生き方は不器用だけど、妙な所が器用よね」

 目元が赤くなってきたアンリ。

「本物の男が歩む人生は、全て不器用だ」

「エラが張った不細工顔で言っても、どの女も振り向かない」

「人生はウィスキーさえあれば、他の全ては不要だ」

 似合わないセリフを吐く指揮官に突っ込む狙撃手。可愛げの無い最年少の斥候。

「うるせぇ、下痢スナイパー。そうだ、お前の胃薬を買ってやらねぇとな」

「じゃ、私には新しいパソコンと新作のゲーム買ってよ!」

 悪乗りするセゾンに、セリーンがおねだりする。

「ゴチャゴチャうるさい! 酔っ払ったら黙って脱ぐのが兵士だ!」

 臨界に達したアンリが脱ぎ始める。囃し立てるグランとセゾン。慌てて止めるセリーン。呆れるバウアー。「十三」の夜は、いつも通りに更けていく。

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