第5話

世界一の超大国ドラガンは、中央大陸西部に位置する。

ドラガンは現在、隣国マテウスと戦争の最中だ。

だから将軍に呼び出されたとき、その兵士はマテウス高官の暗殺任務だと予想した。

秘書と衛兵の姿は無く、執務室には将軍と兵士の二人だけ。

執務机に座る将軍。その前で腕を後ろで組み、肩幅に脚を開いた兵士。二人とも軍服姿だ。

「貴様、ミルンに潜入せよ」

 予想と外れたが、兵士は得心できた。

 大戦中、ミルンは今正に同盟がブラムスに攻め入らんとしたとき――海を隔てて最も近い国であるマテウスへ奇襲を仕掛けた。ブラムスとの決戦前に戦力を割けない同盟は、ミルンに隕石召喚メテオを二発落とした。結果、ミルンは無条件降伏した。

 同盟はミルンに一切の魔法使用を禁じた。また王位については、各国の持ち回り制とした。現在、マテウスから王が派遣されている。


「潜入後は軍幹部となり、敵国であるマテウスから王として派遣されたゼルーニャ・クルーニーの動向を把握し、報告しろ」


 クルーニーが王位に就いてから、十年が経とうとしている。戦争相手国が他国の王ゆえ、動向を探るのは妥当だろう。しかしミルンとはいえ、ドラガンの植民地ではない。

短期間で軍幹部の地位に就くのは、不可能だ――兵士が下した結論を見透かしたかのように、将軍は続ける。

「ミルン国軍の特殊部隊である『第十三部隊』に入れ。当該部隊に二年もいれば、戦地功労で幹部の椅子が回ってくる可能性が高い」

 第十三部隊。魔法を禁じられたミルンにあって、各国の特殊部隊と肩を並べる精鋭集団。

どの国も、地域を付番して統治を行っている。王都や都市、街、村など。

 「十三」が意味するのは、疫病の流行や荒野のため農耕さえ不可能となり、国が捨てた「排他領域」だ。捨てなければ国の一部となるため、領主や兵士を配置せねばならない。

「十三」は国が一方的に指定するが、少数ながら住民がいる場合が多い。それでも各国は、排他領域とする。つまり「十三」に指定されれば、土地だけでなく、そこで生きる人間も国から斬り捨てられることになる。

「なぜミルンが、自国最強の部隊を『十三』と位置付けたのか、今さら説明は不要だろう」

 兵士は首肯した。

 各国の排他領域には、反体制勢力が潜む場合がある。けれどミルン以外の国は、通常兵力でこれらの鎮圧にあたる。ミルンには、他国に無い特殊な事情があるのだ。

 ミルンの排他領域には、最も脅威となる敵性勢力が潜んでいる。

 魔女。

 女王ローラは復讐と世界制覇に向け、各国に魔物を送り込んでいる。その中でも魔女の割合は、極端に低い。ローラの片腕の一人が、大魔女・ジルだというのに。

 ミルンは逆だ。魔物が極端に少なく、魔女が多い。その魔女達は、排他領域に巣食っている。

 そこでミルンは排他領域専門の特殊部隊である「第十三部隊」を創設した。

 その任務は、魔女狩り。

「通常部隊から十三への編入の段取りは行ってやる。貴様は当該部隊に潜入し、任務を遂行せよ」

 将軍の命に、兵士は踵を揃える。

 執務机の上で将軍は、手を組んだ。

「なお、特異事項は二つ。一つ、ミルンは国際規約と憲法によって魔法が禁じられているが、魔女以外に魔術師がいるらしい。その術者、あるいは術者達は、厄介なことに闇魔法を使うとの情報がある。だが、貴様にとって問題はあるまい」

 魔法は火・水・風・土・いかづちの五元素から成る。派生して、工術や治癒、召喚魔法がある。

 その五元素の上に立つ魔法が二つ。

光と闇、だ。

どちらも術者を選ぶ。光属性の魔法は、選ばれし「勇者」のみが術者となれる。

闇魔法の術者に選ばれる明確な基準は、判明していない。

闇魔法は呪術や死術など、回避困難な攻撃魔法が特徴だ。

ただし、先の大戦でも活躍した「勇者」の属性を持つ者に、闇魔法は効かない。

それが自分を潜入に選んだ理由か――兵士がそう考えたとき。

「一つ、クルーニーが王位に就いてから、ミルンの諜報力は飛躍的に向上した。原因は不明だ。そこで潜入する者には、人間としての背景が無いことが求められる。貴様の軍歴は無論削除するが、入隊前の記録や記憶があっては支障がある。つまり、天涯孤独でなければならない」

 それも自分に該当すると、兵士は心中で考える。自分は孤児だった。

「天涯孤独にも関わらず、十三に入隊できる程の戦闘力を持つ――矛盾しない背景は、セントイント教会にて育った――これしかない」

 初めて兵士の表情が揺れた。

 聖イント教会は、世界一の教会数と信者数を誇る。

教会は表向き、孤児の預かりを慈善事業として行っている。だがその実態は、戦闘素養のある児童を暗殺者アサシンに仕立てることにある――と言われている。規模は巨大だが、奥深い闇を併せ持つ宗教組織。

 これより任務が終了するまで、自分は聖イント教会の元暗殺者を演じなければならない。

 将軍が立ち上がる。

「以上だ。祖国と任務に誇りと命を捧げよ」

 将軍と兵士は敬礼を交わした。




『至急至急! 応援求む!』

『第二部隊、詳細 しらせ』

『ミルン城南東っ、兵器庫前にて魔女達の攻撃あり!』

『第二部隊、第四部隊と第八部隊の現状報せ』

『第四部隊と第八部隊は魔女の魔法にて全滅!』

『……第二部隊、残存兵力と敵性勢力報せ』

『当部隊は六十八名で交戦中! 百名が戦死! 魔女十匹は進軍中!』

『……第二部隊、残り三十二名はどうした? 魔女の討伐数 しらせ』

『残り三十二名は安否不明! 魔女討伐数はゼロギャァァァァッ! ヤメテェェェ!』

『第二部隊、応答せよ。今の悲鳴は何か報せ』

『魔女に殺されたんだ! さっさと援軍を寄越せイヤァッッッ! シニタクナイィィ!』

『第二部隊、魔女のとくち』

『聞け、人間ども。皆殺しだ』

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