第14話 佐々木さんと送り道

「はぁ楽しかったぁ。」


 俺はゲームのコントローラーを机に置きながら言う。


「そろそろ遅いし、帰る?」


 ご飯を食べ終えた後、佐々木さんとゲームに興じていたのだが。思いの外盛り上がってしまい、気がついたら外が暗くなってしまっていた。


「そうですね、もうそろそろ帰ります。」


 佐々木さんも窓越しに空を見上げて、暗くなっているのを確認して言う。


「送ってくよ」


「いや、近いし大丈夫ですよ……」


 俺の提案を佐々木さんは申し訳ないと断るが、


「いやいや、近いからこそ送らせてよ。ね?」


 俺はそう念を押して送らせてもらおうとする。


 この暗い世の中で、日の落ちかけたこの時間帯に、佐々木さんほどの美少女が一人歩く……。


 うぉぉ、考えただけで寒気がしてくる。


 駄目だよ、コテ入れのNTRパートにはまだ早すぎるよ。それに、俺は純愛と本誌しか受け入れないタイプだから。


 NTRもアニメ至上主義勢さんたちも帰ってどうぞ。


「で、では、よろしくおねがいします……!!」


 俺がガンギマった目で見つめたからか、佐々木さんは受け入れてくれた。


 よぉし、これで夜道で待機していた竿役おじさんや、角から飛び出そうと待っていた日焼けチャラお兄さんたちの出番はなくなった。


 カテエラカテゴリーエラーなんで、帰ってもらってどうぞ。


「よぉし、じゃあ行こうか」


 俺はゲームの電源を落として、背伸びをしながら声をかける。


 していたのは、みんな大好きちびヒゲおじさんが車を運転するやつだ。


 赤い甲羅をバナナでガードしつつ、スーパーなスターをゲットして田舎のヤンキー顔負けの派手さで爆走するゲームといえば伝わるだろうか。


 パンピーの皆様にも伝わるように言うと、『スーパー鞠男マリオ兄弟ブラザーズ2』だろうか。


 漢字だけで見ると、なんかお祭りで鞠をつきまくる変態兄弟のお話みたいだな。絶対上半身裸だろう。


「おじゃましました……!!」


 お祭りに颯爽と現れる上裸の鞠つきムキムキ兄弟を想像してニヤける俺の隣で、佐々木さんは律儀に頭を下げる。


「うへぇ、あちぃ」


 マンションから一歩踏み出せば、春と夏の間のなんとも言えない生暖かい風が頬を撫でる。


「暖かくなってきましたよね」


 佐々木さんが髪の毛を耳にかけながら言った。


「夏休みも見えてきたしな〜。楽しみだけど受験勉強があるし……うげぇ。佐々木さんは進路決まった?」


 俺は嫌なことを思い出して、苦虫を噛み潰したような顔をして尋ねる。


「まだですね。一応候補は絞っているんですけど、なかなかこれといったものは決められていません。」


「だよねぇ。そんな将来のことなんてわかんねぇし、なるべく上には行きたいけど、落ちたくないしなぁ……。」


 やはり高校2年生の夏休み前はみんなお悩みだよな。


 とりあえず上の大学目指そーと思ってた高1とは違く、真面目に考えないといけない。


 先生に『頑張ればいけるよ』と言われても、不安なものは不安だし。


 理学部とか教育学部とかナニソレオイシイノだから。響きカッケーという単純な理由で、薬学部薬学科専攻するわけにも行かないし。


「ここ右だっけ?」


 十字路に差し掛かって、どちらかわからなくなり尋ねる。


 勘で右にしたが、正解は如何に……!!?


「左ですね」


「おいっす」


 ゲームオーバー!!!


 まさかの左だったぁ!!!

 田中くんに100のダメージ。ライフは残り一つ!! それがなくなると、田中くんは死ぬ!!


 俺は脳内カードゲームを繰り広げながら、軽い足取りで歩いていく……が――



「あれ、誰かいる?」



 ――――佐々木さんの家の前に人影がいるのを見つけて、立ち止まる。


 その人は紺色のスーツに身をまとい、凛とした様子で家の前に立っていた。


 家の前に立って、鍵を開けようとしているその姿に何ら不自然な点はなく、至極普通な光景で。何か心が揺さぶられるようなことはないはずだ。


 なのに、なのに何故だろうか。


 胸の鼓動が激しくなり、横に立つ彼女の手を猛烈に掴みたくなってしまうのは。


「お、お兄ちゃん……!!」


 佐々木さんは戸惑うような、隠すような。何か怖いものを見たような表情でつぶやき、ふらっと一歩踏み出した。


 その足は、家族の元へ向かうとは思えぬほどに弱々しく、小さく。そして、震えていた。


「だ……なら……」

「……じゃ………クラ……か………」

「さて………やま………さ……」

「……さか……か……は……」


 彼女は小さくお兄さんと言葉をかわしたあと、こちらを振り返り、


「じゃ、じゃあ、また学校で……!」


 そう早口で叫んだ。


 その言葉はいつもと同じようにかすかに震えていて、普段どおりに思えた。


 けど、彼女の言葉を聞いてきた俺にはわかる。その震えはいつもとは違う、明らかなものだと。


 それはまるで、愛おしい人を戦場から遠ざけるような。毒の沼へその人が足を踏み入れないように、悟らせぬように追い返すような。


 そんな、灰色の言葉だった。


 それに、何より。


 こちらを振り返った彼女の顔は、悲しくなるほどに歪んでいて。無理やり笑顔の仮面を貼り付けたようだった。


「また、学校で……」


 俺はその姿に、言い表しようのないモヤモヤを抱いて。


 けど、呼び止めることも連れ出すこともできずに、ただ力なく手を掲げるしかできなかった。


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