第13話 佐々木さんの手料理

『本日伺うのはこのお店!! このお店の一番人気は……』


 見慣れた家。

 見慣れたリビングで、見慣れたテレビ番組を見る。


 いつも過ごしていて、なんの変哲もない俺の家。


「ふんふふ〜ん」


 そして、いつもは聞こえてこない鼻歌。


「やっぱり、なにか手伝おうか?」


 俺は内容が入ってこないテレビから目線を外し、キッチンの方を向いて言う。


 キッチンでは、佐々木さんが絶賛お料理中なのでござる!!!


 同級生の女の子が自分の家でお料理を作ってくれているというのは、なんとも言えない背徳感というか、ドキドキがある。


「座って待っててください!」


 佐々木が背伸びをしてカウンター越しにこちらを見ながら首をふった。


「お、オッケー」


 テレビを見てもスマホをいじっても全く集中できないので、手伝わせてもらえると楽なのだが……。


『料理完成まで見ないでください!』と、断られてしまっている。


 仕方なくテレビに視線を戻すが……


「えっと……」

「これはこうで……」

「どうかな……」

「よしっ……」


 佐々木さんの声が聞こえてくるたび、そちらに視線が行ってしまって全く集中できない。


 うぅ、見たい。けど、見ないでって言われてるし……。


 子供の頃聞いた昔話の『鶴の恩返し』に似たようなシーンがあった。


 読んでいた当時は男の意思の弱さに憤怒し、『根気がねぇな』と無責任に責め立てていたが……。


 いざその立場になってみれば、その気持ちが痛いほどによくわかった。


 マジで見たい。欲望の強さで言えば、15分いると決めたサウナの12分45秒目の出たさに相当する。


 見たい。けど、見るなと言われてるし。でも見たい。


 うぅ……鶴の恩返しの彼よ、無責任に責めてゴメンな。


 お前が鶴の部屋を覗いた事は責められねぇわ。

 だって、マジで見たいもん。


 ふぅ、一回テレビでも見て落ち着こう。


『やっぱり、我慢しないこと。これが長生きの秘訣ですね。』

『我慢すると寿命が縮むという研究結果もあるくらいですからね〜。』

『我慢するなんてバカですよ。バレなきゃ犯罪じゃないんです。欲望に素直になりましょう。』


 テレビよ、お前もか。


 まさかブルータスについでお前まで裏切ってくるとは。


 そんな『我慢するな』と言われたら、見たいこの気持ちが正当化されてるようで、更に見たくなるではないか!!


 クソぉ、ちょっとなら。ちょっとならいいよな?

 先っぽだけ、ちょっとだけだからさ……。


 俺の視線はテレビから横にそれてキッチンの方へ向かっていく。


 あと少し、もう少しで見える……!!


 って、ダメだ!!!!


 約束したじゃないか!!

 お前は約束も守れないようなやつだったのか!!!?


 違うだろ!!

 誠実さだけは貫くと決めたのではないのか!!


 でも、見たい……見たいものは仕方ないじゃないかぁぁあああああああああああああ!!!!


 俺の心の葛藤がマックスまで達したその時――


「よしっ!」


 ――そんな佐々木さんの満足げな声が聞こえた。


 も、もしやこれは……!!!


 とっさにキッチンの方を向けば、


「できました!!」


 佐々木さんが笑いながら、汗を拭いていた。


 いよぉぉぉぉおおおおしっ!!!!!


「おぉ!! 運ぶのくらい手伝わせて!」


 俺は心のなかでガッツポーズをしながら、佐々木に提案する……が。


「いえ、目をつむって座っていてください!」


 右手をパーにして突き出して拒否されてしまった。


「で、でも……」


「いいから、座ってください」


 諦めきれずにつぶやくが、言い切る前に椅子を指さしてそう言われてしまった。


「ら、ラジャー」


 佐々木さんにニッコリと微笑みながらそう言われてしまったら、従わざるを得ず。


 俺はトボトボとリビングの椅子に腰掛けた。


 うぅ……見たいよぉ。


 エプロン姿の佐々木さんが味見をして『よしっ』と満足げにつぶやく様子を目に焼き付けたいよ。


 良い匂いだけをかがされて、椅子に座るしかできないなんて、こんなの拷問だよ!!!


 ひどいよ!! 非人道的だよ!!!

 ガンジーもビックリだよ!!


 俺はカチャカチャというお皿の音を聞いて、早く目を開けたいとウズウズしつつ目をつむり続ける。


「はい、目を開けてもいいですよ。……その、本当にそこまでうまくないので、ガッカリしないでくださいね。」


 佐々木さんは念を入れるように言うが、俺は我慢できずに目を開く。


 その瞬間、目に飛び込んできたのは――


「うわぁ…………ヤベェ」


 超超超美味しそうな料理たちだった。


「佐々木さんっ!! マジでヤバイよ!! 超うまそーだよ!!!」


 俺は興奮しながら叫ぶ。


 お味噌汁にご飯にトンカツとエビフライとサラダ。


 そんなシンプルかつ、男子高校生の胃を確実に掴むメニュー。


 作りたてこその温かさと香ばしい匂い。


 毎日料理を作ってくれているお母様と比べれば、それは多少見劣りしてしまうかもしれないが。


 それでも超が何個ついても足りないくらいに美味しそうで、何より嬉しかった。


「えぇ、すげぇ!! こんなの作れるんだ! スゲェ!!」


 俺は心の興奮をそのままに佐々木に伝える。


「えへへ、ありがとうございます。」


「食べていい!?」


 ホッとしながら微笑む佐々木に勢いよく尋ねる。


「はい、どうぞ!」


「いただきま~す!!」


 彼女の答えを聞くなり、俺は手をあわせて料理に飛びついた。


「うん、うまいっ!!」


 一通りのものを食べて、俺は率直な感想を述べた。


 本当に美味しい。


 料理そのものもうまうまだが、佐々木さんを見ながら食べれば更にうまうまだ。


「よかったぁ。私も、いただきます!」


 佐々木さんは再び安心したように微笑んで、自分も料理を食べ始めた。


「うめぇ、飯が止まらないわ!」


「えへへ、いっぱい食べてくださいね」


 こうして、俺は心に加えて胃袋まで佐々木さんにがっしりと掴まれてしまったのだった。

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