第12話 佐々木さんがうちにくるなんて……!

「やべぇ、落ち着かねぇ……」


 俺は自宅の玄関の前でそわそわしながらつぶやく。


 本日は日曜日。時刻はお昼少し前。


 普段ならインターネットの大海原に潜り込んでいるはずだが、今日に限っては止まらぬ貧乏ゆすりを加速させながらそわそわとしていた。


 あと少しで、佐々木さんが俺の家に来る。


 これは紛れもない事実。俺の幻想でもなんでもない。


 そのために土曜日の昨日、一日をかけて家を綺麗にしたし、夢ではない……はずだ。


 前にした手料理を食べさせてもらうという約束を、俺のお家で果たしてくれることとなったのだ。


 勝手が知れてる自分の家のほうが良くないかと思うが、前は佐々木さんのお家にお邪魔したし、俺の家に来てみたかったらしい。


「うぉぉ、緊張してきたぁ……」


 俺は座っていられずに、立ち上がって意味もなくその場でくるくると回りながら叫ぶ。


 両親は二人ともお仕事に出かけている。

 日曜日なのにご苦労さまです。


 自分の家に同級生の女子を呼ぶなんてシチュエーション、数えるほどもないのでヤバいくらいに緊張してしまう。


 うちは一軒家ではなく、マンションの賃貸。

 結構大きいマンションの二階の角部屋でござる。


 もともと北の方に住んでいた頃は、父方のおじいちゃんの家に住んでたから結構立派な一軒家だった。


 昔ながらの木造で、良く言えば歴史的。悪く言えばボロい家だった。


 そんでもってその隣に幼なじみの家があった。

 幼なじみの家はうちと違って新築の家だったから、羨ましがってた記憶がある。


「って、んなことはどうでもいいんだぁっ!!」


 昔話に花を咲かせてる場合ではない!!


 あぁ、どうしよう!! なにかやることは……って昨日全部用意したから大丈夫だろ!


 エッな本だってちゃんとベッドの下に押し込んだ……というか、もとからアナログでは持ってない。


 アナログではね。


 ちゃんとクラウド上の奥の奥の奥の鍵を何重にもかけた、『システム情報H』ってところに入れてあるから。


 万が一にも億が一にもバレる心配はないのさ!


「や、約束の時間まであと5分……」


 俺はリビングの電子時計を見てつぶやく。


 5分前行動を基本とする方々ならもうたどり着いてしまう時刻。


 佐々木さんは真面目なタイプだから5分前行動基本だろうけど、初めて来る家ということで多少遅れるだろう。


 と言っても、5分はしないうちに来てしまうわけだ。


 あわわわ……どうしましょうったら、どうしましょう。


 来てほしくないわけではないけど、来てほしくないんだ(哲学)


 もちろん来てほしいに決まってるんだけど、まだ心の準備が……。


 そんなことを言っているからだろうか。

 ときというのは残酷で、皆等しく過ぎていく。


 ピンポーン


 静かな部屋にそんな聞き慣れたチャイムが響き渡る。


「は、はい〜」


 俺は来てしまったかと思いながら、インターホンを覗き込む。


『あの、佐々木……です。田中くんのご自宅で、宜しいでしょうか?』


 そこには、マンションのエントランスで不安そうに立つ佐々木の姿があった。


 OMGオーマイゴッド


【速報】俺氏の同級生JKがテラかわゆすな件について


 1 名前:通りすがりの名無し :20XX/YY/ZZ(△)

 テラかわゆすwwww軽率に惚れたンゴ


 思わずこんなふうに2ちゃんにスレ建てそうになるくらいの破壊力だった。


 今は5ちゃんか。まぁ、そんな詳しいことはどうでも良くて。


 かわいさレベルMAXの佐々木さんを見たら、緊張がぶっ飛んだという話だ。


「合ってるよ。今開けるね。」


 俺はインターホン越しに声をかけて、オートロックを解除する。


『うわっ、スゴイ自動で開いた……!』


 まだ繋がってることを知らずに、勝手に開いた扉に驚きながら恐る恐る中へ入る佐々木さん。


 控えめに言って、最強。


 佐々木さんしか勝たん状態。

 天上天下佐々木独尊、天の世界へ佐々木独走。


 そう韻を踏んでしまうくらいには素晴らしい。


 ピンポーン


 俺が佐々木さんの美しさに打ちひしがれていると、もう一度チャイムが鳴り響いた。


「はいは〜い」


 俺はインターホンを使わずに直接返事をして、扉を開く。


「あ、あの、こんにちは……!」


 ガチャリと言う音の後に、控えめな挨拶が聞こえきた。


 お話の中で言われる、鈴の鳴るような声というのがどんなものか想像はつかないが。玲瓏な声といえばこんな声なのだろうと思うような声だった。


「おかえり……ではないか。いらっしゃいだね。」


 玄関を開いて微笑みながら迎え入れる俺と、


「あはは。なら、ただいまですかね?」


 笑いながらそうつぶやく佐々木さん。


 背後から差し込む陽の光に照らされて、キラキラと光る彼女の髪が、風に吹かれて浮いていく。


「あっ」


 彼女は驚いたように小さく囁いて、髪の毛を片手で抑えると。それを耳にかけて、


「えへへ」


 こっちを見て微笑んだ。


「ッ!! すぅー……。あぁ、もう――」


 俺はその姿に文字通り胸を撃ち抜かれてしまい、


「――敵わないな」


 これから先。どんなことがあっても多分、彼女には敵わないのだと思った。

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