第9話 佐々木さんの視線と鈴木の忠告

「ふぁぁ……」


 俺は大きくあくびをかます。


「いつもどおり眠そうだな。」


 斜め前の席の鈴木がこちらに体を向けながら言う。


 鈴木は爽やかなイケメン君で、高校入学とほぼ同時に仲良くなり、今では親友と呼べる仲にまでなっていた。


「あぁ、ちょっと世界の命運について考えてたら眠れなかった。」


 俺は『ふふっ』と不敵に微笑んでつぶやく。


「遅すぎる中二病か。俺が昔使ってたトゲ付きグローブいるか?」


 鈴木は俺の様子を笑って、自らの黒歴史を別に恥ずかしげもなく晒してみせる。


「ネタだよネタ。それにそういう道具なら俺も持ってるわ。」


 俺だって中学生の頃はしっかりと中二病をやっていた。


 ちゃんと授業中にテロリストがやってきて、それを自分がやっつける妄想だってしていたし、なんならマニュアルだって作っていた。

 俺が神として君臨する世界で、マスターと呼ばれ数多の美少女を侍らせていたさ。


「マジかよ。聖剣ゼアスは?」


「ふっ、ごめんな鈴木。俺の場合は聖剣ルシガルだったぜ!」


 笑っていう鈴木に、俺はサムズアップをしながら答える。


「アハハハ、お前も大概に馬鹿だな!!!!」


「お前もな、ガハハハ!!」


 こうしてしょうもないことで笑い合うの、いかにも男子高校生といった感じがして楽しい。


 中二病だった過去とか、そういう恥ずかしい話はおちょくられるから隠したくなるけど、そういうのも含めて笑い会えるのが親友って感じだ。さすが鈴木。無駄に人口が多いだけあるぜ。


「でさぁ、つかぬことをお聞きしてもいいか?」


 ガハハハと大口開いて笑っていた鈴木が、スッと俺の方に顔を寄せて真面目なトーンで言う。


「お聞きしてもいいぜ。」


 俺も彼の方に顔を寄せて、いわゆるこそこそ話のようになって答えた。


「アレ、どうしたんだ?」


 鈴木が自分の後方をクイクイと指さし、


「わりぃ、俺にもさっぱりわからねぇ。」


 俺はわからないと横に首を振った。


 彼は『はぁ』とため息をついてから、より一層こちらに顔を寄せて……


「お前、佐々木さんに恨まれるようなことでもしたのか。」


 呆れるようにつぶやく。


 彼の言う通り、先程から……というか、朝からずーっと、佐々木さんの視線を感じていた。


 いやね、俺の隣の席で鈴木の前の席だから、たまたまというのもわかるし、人がなにかしていたら目線が行くのもわかる。


 しかし、それだけでは片付けられないほどに、本当にずーーーーーーっと視線を感じている。


「いや、なんなら仲良くなれたと思ってるぞ。」


 視線も『こいつ殺してぇ』というような恨み憎しみではなく、どちらかといえば友好的な感じだ。


 俺的には『話しかけたいけど、どうしよう……』というような、可愛らしい迷いからくる視線だと思っている。というか、信じている。


「…………なるほどな。たしかに彼女はそういう気質があると思ってたが、なるほどなるほど。田中、」


 ぶつぶつとなにかつぶやいた鈴木は、バッといきなり俺の肩を掴んで名前を呼んでくる。


「あん? どした急に? あと、俺は田中じゃなくて山田。」


 鈴木は俺と違ってイケメン君だから、いきなり肩を捕まれて顔を寄せられたら、男の俺でもちょっとドキッとしてしまう。


 このクラスでトップレベルにお顔がいいからな。背も高いし、頭もいいし、スポーツもできるし。ほんと、その才能の1割でいいから俺にくれよ。こんちくしょう。


「田中お前、佐々木さん大事にしろよ。ああいうタイプは普段は可愛くていいけど、怒らせるとマジで人生詰むからな。もし相手がお前じゃなかったら止めるのも吝かではないが、親友のお前のことだ。しっかりと正面から受け止めて、幸せにしろよ。」


 彼は珍しく真剣ガチな目で俺を見つめて、忠告をしてくれる。


「何、いきなり。怖い、キモい、クサい。そんなアニメの恋愛わかってるアドバイスキャラみたいなこと言っても、お前が下関さんに85連敗中なのは変わらないからな。」


 いきなりこいつは何を言い出しているんだ。

 言っておくが、俺の佐々木さんは渡さないぞ?


「くぅ……痛いところつくな。ちなみに昨日も振られたから86連敗だ。」


 鈴木は嫌なことに触れられていという顔をしながらも、どこか誇らしげに笑う。


「お前さぁ、イケメンで告白もされてるだろうに、そんなに下関さんがいいのか? 確かに美人だけどさ……。」


 下関さんは隣のクラスの女の子で、この学校でも五本の指に入ると言われているほどの美人だ。


 鈴木くんはその下関さんに超超超お熱なのである!


「初恋なんだよ。幼稚園から一緒でずっと好きなんだよ。いいだろ、俺のことはほっとけよ。とにかく、佐々木さん大事にしろよ?」


 やけくそ気味に言い放ち、念を押すように鈴木が俺に指をさす。


「わかったわかった。大事にするよ。って、まだ付き合ってもないのに。」


「お前なぁ、付き合うまでが超大事だろ?」


 そういうのは付き合ってからじゃないのかと俺が問えば、やつは分かってないなと人差し指を左右に振りながら言った。


「おぉ、万年付き合う前の男は言うことが違うねぇ!」


 なんか、いかにも俺わかってますよ感がムカついたので、そうちゃかしてやった。


「うっせ!!! お前、マジで怒るぞ!!?」


「うわぁ、片思いおばけが怒ったぁ!!」


「おま、待てやコノヤロウ!!!」


 こうして、平和な感じに俺の一日は流れていく。


 鈴木にも言われたし、放課後佐々木さんに話しかけてみようと思う俺であった。

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