第8話 佐々木さんの病み期(かわいい)

「すぅ……ふぅ…………」


 カリカリという小刻みな音に揺られながら、息を吸い込む。


 うーん、いい香り。甘くて優しい春の匂いだぁ。


「あ、あの、その、吸うのは……やめてください」


 俺がもぞもぞと動きながら幸せを堪能していると、頬をほんのり赤く染めながら佐々木さんが言う。


「あ、ごめん。マジ無意識。」


 マジで無意識で佐々木さんの匂いを吸ってたわ。


 向き的に佐々木さんのお腹の方を向いてるから、マジで超いい匂いが直で香ってきて幸せ絶頂。マジ富士山。


 ただ、ちょっと……いや、かなりキモいので自重しようと思う。


「い、いえ。ちょっとくすぐったいだけで、大丈夫です。」


 佐々木さんは恥ずかしさをにじませながらはにかんで、耳かきを続ける。


 カリカリカリカリ


 竹の耳かきの乾いた軽い音が定期的響いて、なぞられたところから暖かさがジワーッと広がって本当に最高。超眠くなってくる。


「あぁ、なんかこうしてると昔を思い出すよ。」


 俺はまどろみながらつぶやく。


「昔……ですか?」


「俺さ、小学校まではもうちょっと北の方にいたんだよね。で、そこで家が隣だったやつがいてさ。そいつとは毎日遊ぶくらい仲が良くて。ある日、そいつの両親が耳かきしてたって話をしてて、おままごとの延長線上みたいな感じで一回耳かきされてことがあったんだよね。」


 いやぁ、マジで懐かしいわ。


「へぇ……そうなんですね」


 佐々木さんは微笑みながら相槌を打ってくれる。一瞬目からハイライトが消えたような気がしたが、多分気のせいだろう。


「その時はまだ小さかったし、そいつは佐々木さんみたいにうまくなかったけど、幼いながらにめっちゃ気持ちよくて寝落ちしちゃったんだよね。」


 今思えば、もっと堪能しておけばよかったが。その頃はそんな邪な気持ちはなく、単純に気持ちいいなぁと思ってた記憶がある。


「…………」


「でさ、起きたらそいつに抱きついててさ。『寂しかったんでちゅね〜』ってすんごい煽られたよ。いやぁ、本当に懐かしい。」


 最近会ったときにもそれで煽られたから、本当に後悔してるわ。まぁ、腐れ縁だし良いんだけど。


「……のこ……すか」


「ん、なに?」


 佐々木さんが何か呟いたが、小さくて聞こえなくて聞き返す。


 すると、彼女はこちらを光のない目でまっすぐと見つめ……



「女の子なんですかっ!!? その子は!!」



 そう、叫んだ。


「へ? あ、まぁ、うん。女っちゃ女だよ。けどあれだよ、アイス一口食ったくらいで飛び膝蹴り食らわせてくるような脳筋野郎だよ。」


 マジで痛いんだよ、飛び膝蹴りって。


 確かに言われれば女だけど、それを意識したことがなかった。下ネタとかも男友達よりエグいのを平気で言って、ゲラゲラと笑い合うし。


「……しなきゃ……。やっぱり外に出しちゃ駄目なんだ……取られないようにしないと……」


「さ、佐々木さん……?」


 佐々木さんはうつむいてブツブツと何かを言い出してしまった。ちょっと怖いが、これはこれでなんかゾクゾクとクルものがある(お巡りさんこいつです


「ねぇ、山田くん。前に美少女に養われたいって言ってましたよね。私、そこまで可愛くはないですけど、山田くんのこと養えますよ。家事もできますし、その……む、胸だって大きいです。ねぇ、どうですか? 私じゃ駄目ですか?」


「佐々木さん近い近い。顔近い。」


 何かを覚悟したように頷いてこちらに詰め寄ってくる彼女を、どうにか手で制して距離を取る。


 近いんじゃ。美しい造形が目の前にあるとこっちがビビるんじゃ。めっちゃ可愛いんじゃ。ごちそうさまなんじゃ。なんじゃもんじゃ。


「ちゃんと目を見てください。どうして逃げるんですか?」


「え、あ、その……」


 美ハイライトのない目で刺すように見つめられて、目は笑わずに微笑まれると怖い。


 美人ほど怒らせたら怖いというのを、身を持って実感しております。


「私じゃ駄目なんですか? それなら、もう仕方ないですよね。やっぱり閉じ込めておかないと……」


 佐々木さんのブツブツが本気でやばい領域まで来てしまっている。


 こ、これはヤバい気が……。


「佐々木さんっ!!!」


 俺は嫌な雰囲気を感じ取り、彼女の肩を掴んで、まっすぐと見つめ返すと……


「前に言ってたのは妄想の話で、実際に好きになった人とかは違うんだ。男としてちゃんと、愛したいというか。養われるというよりは、養いたいというか。ちゃんとしたお付き合いがしたい……です?」


 俺お得意の早口&論理的なように見えてのバリバリ感情論をぶつける。


 最後に自分でもよくわからなくなって、疑問形にしてしまったのは内緒だ。


「そ、そうですよね!! うん、そうですよ。すみません、すこし興奮してしまって。」


 佐々木さんは彼女の中で納得したみたいで、目にハイライトを戻して離れてくれた。


 ホッと胸をなでおろす。


 多分佐々木さんの中にスイッチがあって、それがヤンデレモードになるとあんな感じになるんだろうな。


 怖いっちゃ怖いけど、俺愛されたいタイプだし、美少女に詰め寄られるならどんと来いだ。


 むしろ来てくれてもいいし、なんならこっちから行くまである(ない


「い、いや大丈夫よ。マジで幼馴染とは恋愛関係とかないから。妹みたいなものというか、年齢的にはあっちが姉なんだけど。まぁ、そういう感じだから、ね? 安心してよ。」


「は、はい!! 耳かきに戻りましょうか。あと少しです!」


「よろしくおねがいします」


 こうして、俺は丸一日、佐々木さんの耳かきをたっぷりと堪能したのであった。

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