第2話 佐々木さんは怒っている

「オーケーオーケー。アイドントアンダースタンド。プリーズトークトーミー。ちょっと待ってくれ。佐々木さんは善良な一般市民たる俺を捕まえて、なにを怒っているんだ?」


 俺はカタコト英語を交えながら、詰め寄る佐々木さんに質問をする。


 壁ドンされて詰め寄られて……その、佐々木さんの豊満ボデーが俺に当たりそうになってるんです。二つのたわわが押し迫ってきてるんです。


 なので、どうにかしてここは切り抜けたい所存。


 佐々木さんは俺の問いに、プルプルと震えながら顔を上げて、


「きょ、今日の朝、右隣の女の子に一番に挨拶した……!! 昼休み、私以外の女の子とご飯食べて、楽しそうに笑った……!! 私以外の女の子に微笑みかけて、優しくした!!!」


そう、叫んだ。


 オーマイーガッ! そいつは確かに大罪人だ。


 誰だよ、そんな女の子と話して、優しくして。その上笑いかけるようなやつ。


 俺、そんなリア充許さない!! って、俺くんやないかーい!! 圧倒的ブーメンランやんけ。


 と、まぁ。安いノリツッコミはこの辺にして。


 はて、俺はなにか悪いことをしただろうか?


 朝、このクラス一番の美人と言われる浜辺さんにヘコヘコして。

 お昼、このクラスで一番かわいいと言われる山本さんにヘコヘコして。

 休み時間、このクラスで一番清楚と言われる水野さんにヘコヘコしてただけだろ。


 うん、すっごい悪いことしてる。


 女の子にヘコヘコしかしてない。なんて可愛そうな人生なんだろう。しかも全員彼氏持ち。

 うん、本当に虚しい人生だ。


「ご、ごめん。ヘコヘコしまくってたのは謝る。けど、なんで佐々木さんが怒るの?」


 この場合。怒るなら、三人の彼氏さんか世間だと思うのだが。


「それは……それは…………!! わ、私にあんなふうに優しくしたのに、他の子に優しくするなんて、ダメです! それは見境がなさすぎます! 破廉恥です! メッです!」


 首を傾げる俺に、佐々木さんは指でバッテンを作って子供を叱りつけるように言う。


 なにそれかわいい。


 佐々木さんになら怒られてもいい。てか怒られたい。むしろ罵られたい。


「分かったよ。ヘコヘコするのはやめるよ。」


 俺は己の新たな才能に恐怖しながら、佐々木さんに頭を下げた。


 なんで怒られてるかはいまいち分かってないが、多分俺が悪いんだろう。


 俺くん、またなにかしちゃいました?(キリッ


「は、はい……(見るのもやめてほしい……)」


「ん? 何?」


 佐々木さんが頷いたあとなにかつぶやいたような気がするが、気のせいだろうか?


「い、いえなんでもないです。あ、あの山田さん」


 佐々木さんは強く首を横に振って否定する。


 やっぱり空耳か。最近耳の調子悪いんだよね。歳かな? 流石にまだ十代なので、長らく耳かきをしていないせいだと思いたい。


「はい山田です。というか、山田って呼び捨てでいいよ。」


 俺と佐々木さんの仲だ。さん付けなんてよそよそしいだろ? 


 話してから二日未満だろというツッコミは受け付けてない。


「あ、はい。私のことも、佐々木って呼んで下さい。」


「いや、それは佐々木さんでいくよ。なんか佐々木さんは佐々木さんって感じだし。うん、それで?」


 佐々木さんは喜んだ様子で言うが、俺は佐々木さんを貫き通す。


 佐々木って呼ぶより、佐々木さんのほうがしっくりくる。


 あとは、いきなり女の子を呼び捨てにでもしようものなら、クラスの男子たちから詰め寄られてしまう。


 うちのクラス、非リアが多いからさ。仕方ないよね。


 ……お前がその筆頭だろとか言うな。悲しくなるから。


「あ、その……今週末、予定ありますか?」


「ないね。強いて言えば、部屋の掃除をするくらいだね。ないね。真っ白だね。」


 高校に入って初めての週末の予定聞かれる案件キタコレ!


 俺はこのチャンスを逃すまいと、自らがいかに暇かを熱烈にアピールする。


 ほら、佐々木さん。いつでも誘ってきてもいいんだぜ?


 俺は暇なんだ。なんの懸念もない。あるとすれば、クラスメイトに見られたら、翌日非リアの皆様から優しくたこ殴りにされてしまうことくらいかな。


「なら、一緒にお、お出かけしませんか……?」


 ktkrキタコレ!!!!


「喜んで」


 俺は彼女からのお誘いに即答する。


 佐々木さんは俺のタイプどストライク。

 見た目ももちろん中身もストライクゾーン中心。ど真ん中。


 おとなしめで、優しく。おどおどしてるけど自分の芯がある、少しドジっ子。最高ではないか?


「いや、その、嫌なら全然だいじょうぶなんですけど……」


「行きたい。いや、行かせてください。」


 佐々木さんがうつむきつつそう言うので、俺は真剣に頭を下げて止める。


 嫌なわけない。

 全然大丈夫に決まってる。

 むしろ毎日誘ってくれてもいいくらいだ。


「具体的には、どこに行くの?」


「えっと、駅前の餅像の前で待ち合わせしませんか?」


 餅像というのは、うちの街の駅前にある、膨らんだお餅の形をした石像のことだ。


 なんであんなものが駅前のモニュメントなのか理解に苦しむが、目立つので待ち合わせ場所としては重宝されている。


 なんで餅なのかは多分誰も知らない、


「あ、はい。オッケーっす。時間は?」


 俺は佐々木さんの心配そうにしながらの上目遣いのお誘いの破壊力に胸打たれながら、右手で丸を作ってオッケーの意思を表す。


「あ、えっと、2時で。じゃ、じゃあ、お願いします……! た、楽しみにしてます!! じゃあ、また!!」


 佐々木さんはパアッと笑顔になったと思えば、その後みるみるうちに顔を赤くし、バッグを持って教室を出ていってしまった。


「また今度〜」


 俺はその様子に疑問をいだきながらも、彼女の背中に手を振った。


 やべぇ、佐々木さんマジ天使。


 佐々木さんだけには嫌われないようにしようと、俺は心に誓ったのであった。

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