新たな王の誕生です
私はたった一人で森の中にいた。アスカとヒミカ、ティアナにはある事をお願いしていて、ある場所に待機してもらっている。ユーリと屈強な兵士は、メグリダ王子を引きずって、戦場に向かった。私は自分のやるべき事をしなければいけない。私は大きく息を吸って、ゆっくりと息をはいた。これからする事は失敗は一切許されない。私は胸元の赤い宝石のペンダントを握りしめて、心の中でノヴァを呼ぶ。しばらくして銀色に輝く美しい竜が現れた。竜は地上に降り立つと、小さな少年に姿を変えた。少年は穏やかに言った。
「もみじ、どうした?何か困った事が起きたのか?」
「ノヴァ!」
私は思わず小さなノヴァに抱きついて、泣き出してしまった。私は不安でたまらなかった、これから自分がする事で本当に戦争は終わるのだろうか。そしてノヴァの赤い瞳がとても穏やかで優しくて、まるで私よりもずっと年上のように見えたからだ。私は子供のように泣きじゃくりながら、怖いのだと言った。ノヴァは小さな手で、私の頭を優しく撫でてくれた。人に頭を撫でてもらうなんて大人になってからは久しく無かった事だ。ノヴァは穏やかな声で私に言った。
「俺はもみじの味方だ。何でも願いを叶えてやる」
私は鼻をすすりながら、ノヴァにお願いと言った。
私は竜の姿になったノヴァの背中に乗っていた。上空では強い風が吹いていて、私は呼吸をするのも苦しかった。ノヴァは私を乗せて、人間と獣人の戦場へと飛んで行った。辺りは闇に包まれていた。目を凝らして見ると、私の眼下には、無数の人間と、獣に姿を変えた獣人たちが戦っていた。辺りは絶え間なく、大きな咆哮と怒号が飛び交っている。私は拡声器を取り出し、スイッチをオンにした。そして息を大きく吸い込み、大声で怒鳴った。
「皆さーん!!戦いの手を止めて聞いて下さーい!」
私は拡声器を通しながら、あらん限りの大声を出して呼びかけた。最初は戦いに集中していた人間と獣人だったが、次第に上空の騒がしさに気づく者も現れ、上空を飛び回るノヴァと私に注目する人たちも出てきた。私は再び大きく息を吸うと、大声で言葉を続けた。
「皆さん、聞いて下さい。私は異世界から来た聖女です!この国の新たな王を選ぶためにやって来ました!その証拠に、予言を実現させます!」
私は拡声器と反対の手に大きな懐中電灯を出し、大きく振り回した。暗闇に懐中電灯の一筋の光が踊る。すると懐中電灯の光に呼応して、真っ暗な夜空に光の花が咲いた。打ち上げ花火だ。人間たちと獣人たちは、パーンッと花火の弾ける音に驚いているようだったが、次第に色とりどりの花火に魅了されたようだ。くしくも今夜は新月で、真っ暗闇の夜空に花火が美しく映えた。
次第に人間たちは口々に声をあげ出した。聖女さまバンザイと。トーランド国の予言、暗闇の世に聖女の光が灯る。どうやら花火を目にした人々は、聖女の力により、予言が現実になったと思ったようで、私が聖女だと信じてくれたようだ。川の側では、アスカとヒミカとティアナが、約束通り花火を打ち上げてくれたのだ。
今の打ち上げ花火は全てコンピュータで打ち上げている。私が大学生の時、知り合いのツテで、花火大会の手伝いに行った事があったのだ。その時、花火を上げるコンピュータや、打ち上げ花火に触れた事があるのだ。私はノヴァにお願いして、地上に下ろしてもらった。地上に降りた私とノヴァを見つけて、リュートが近寄ってくる。私はこわばった表情でリュートにうなずく。リュートはハッとした表情をする。
私は地面に手をついて大きな舞台を出現させた。それが目印になったのだろう、ユーリと兵士がぐったりしたメグリダ王子を連れてやって来た。メグリダ王子の左腕には、私が取り出した三角巾が巻かれている。これをつけておけば、少しは痛みが緩和するだろう。肩の脱臼は整復しなければいけないので、知識のない者ではどうしようもないのだ。ユーリはしっかりとした足取りで舞台に登っていく。メグリダ王子は自分では動いてくれないので、屈強な兵士が舞台の壇上に連れて行く。私はリュートに聞いた、獣人の王トールの所在だ。リュートが戦場の奥を指差す。そこには五人の半獣人たちが、一頭の巨大な狼と戦っていた。あの巨大な狼がトールの変身した姿なのだろう。私は手に持った拡声器で、大声でトールに呼びかける。
「獣人の王トール!聖女である私が、このトーランド国の新たな王を指名します。この舞台に上がって下さい」
巨大な狼は私の声に反応して、二メートル近い大男の姿になった。私はトールの姿に、ギャッと叫び声をあげた。トールが全裸だったからだ。獣人は獣に変身すると、元に戻った時に裸になってしまうのだ。子供のセネカとヒミカなら気にならないが、成人男性のトールが全裸だと、私は目のやり場に困ってしまう。すると先ほどまで戦っていたアランが、自身がはおっていたマントをトールに差し出し、トールに何か言った。トールは顔をしかめたが、しぶしぶ腰にマントを巻いてくれた。私はホッと胸をなでおろした。トールが私の側まで近づいてくる。身につけているのは腰布だけで、プロレスラーのような筋肉隆々の身体が私を威圧する。私は負けてなるものかと、トールをにらんだ。トールが私を見て言う。
「お前が聖女だったのか?だとするとこの王の指名とやらは茶番に過ぎぬな。お前は半獣人の仲間だろう」
私は内心ギクリとした。トールの言う通り、私は半獣人のユーリを王さまに指名しようとしている。だがこの展開も予想済みだ、ユーリには私の計画をあまり話していない。ただ私の言う通りに従って、とお願いしているだけだ。ユーリは良くも悪くもとても素直な性格で嘘がつけない。私が包み隠さず計画を説明したら、感情が顔に出てしまい、ユーリの指名はおりこみ済みだと言う事がトールにわかってしまい、納得してもらえないだろう。ここが私の正念場だ。私はゴクリとツバを飲み込んでからトールに言った。
「いいえ、私は天より遣わされた使者にすぎません。このトーランド国の新たな王を決めるのは天の意思なのです。見てください、この夜空を彩る光を。これは私の光の魔法、花火です」
トールは夜空に咲き乱れる花火をまぶしそうに見上げた。この花火が私の魔法だとトールにも理解してもらえれば目標は達成だ。私は取り出した懐中電灯を大きく振る。夜空に光の線ができる。しばらくして花火は止んだ。アスカたちが、私の懐中電灯の合図を見て、花火を終わらせたのだ。私はトールに舞台に上がる階段へとうながす。トールはフンッと鼻を鳴らしてから舞台にあがった。私もトールに続く。舞台にはメグリダ王子、ユーリ、トールと三人が並んで立っている。私はトールの隣に立つと、拡声器でトーランド国軍の兵士と、獣人、半獣人たちに語りかけた。
「皆さん、舞台にご注目ください。今からトーランド国の新しい王が天の意思により決定します」
辺りがドヨドヨと騒がしくなり、そして静まった。私はまるで、保育園の子供たちに、絵本の読み聞かせをしている気持ちになった。子供たちは、私が熱弁をふるって役になりきってお話をすると、固唾を飲んで聞き入ってくれるのだ。私が冷めた口調でお話をしてもきっと真剣には聞いてくれないだろう。舞台の下に集まってきた人たちは、新たな国王が誕生する瞬間を、今か今かと待っていた。私は芝居がかった声で言葉を続ける。
「この場には三人の国王候補がいます。一人は現トーランド国王の第一王子、メグリダ王子。もう一人は、現トーランド国王の第二王子、ユーリ王子。三人目は獣人の王、トール。この三人の中の一人に、王の証が現れます。さぁ、三人とも手のひらを前に出してください」
ユーリもトールも両手のひらを前にだす。メグリダ王子だけは右手のひらだけを出す。私はすうっと息を吸ってからゆっくりと言う。
「さぁ念じてください、王を決める赤い光を手に出現させた人が新たな王になるのです」
私の言葉にユーリがハッとした表情になる。メグリダ王子もトールも神妙な顔で念じているようだ。そしてユーリの手から赤い炎が出現した。その瞬間を目撃した人々は大声で叫んだ、ユーリ国王陛下バンザイ、と。人々の興奮が冷めやらぬ中、トールは悔しげに顔をゆがめた。トール、と舞台の下から声がした。トールの妻アスカだ。どうやらアスカとヒミカとティアナは、花火を終わらせてこの場にやって来たようだ。トールは呟くようにアスカに言った。すまない、と。アスカは泣きながらもういいの、と答えた。ユーリは自分よりはるかに大きなトールに向き直って言った。
「偉大なる獣人の王よ、私はこの国を獣人も、半獣人も、人間も、皆が幸せになれる国しにしたいと願っております。どうか、若輩者の私に力を貸していただきたい」
トールは真剣なユーリの顔をひとにらみしてから、一つため息をつき、差し出したユーリの手を握った。私はほうっと安堵の息を吐いた。戦争が終わったのだ。足がブルブル震えだし今にもその場にしゃがみこみそうだったが、太ももを両手でパンッとたたいて姿勢を正した。これからやらなくてはいけない事が沢山ある。
先ずは怪我人の治療だ。私はヒミカとティアナを舞台に呼ぶと、沢山の空の香水瓶を出した。そしてまな板に包丁に玉ねぎ。ヒミカとティアナの目にはゴーグルをつけさせる。そして私はもうぜんと玉ねぎをみじん切りにし出した。鼻の奥がツーンとして、私の目からは涙がボロボロあふれてきた。ヒミカとティアナは心得たように、香水瓶に私の涙を入れていく。トーランド国軍の兵士が二千人、獣人が四十人。少なくとも二千個の香水瓶を作らなくてはいけない。私は目から涙を、鼻から鼻水をだしながら玉ねぎを切り続けた。しばらくすると、ティアナが持っていた香水瓶を落とした。目にしていたゴーグルを外し、目を大きく見開いた。私が心配して、どうしたの?と聞くと、ティアナは震える声で答えた。
「セネカが、セネカが死んだ」
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