絶対に助けます

 私はアスカに横抱きにされながら、ティアナが見た未来の場所を目指した。私たちの後ろにはティアナを抱いたヒミカ、ノヴァ、リュート、ユーリ、トールがついてくる。私は両手を強く握りしめて、祈った。ティアナが見えるのは近い未来だ、大丈夫、絶対間に合う。絶対セネカを助ける。しばらく走ってティアナの言った、大きなクスノキが見えてきた。その木の根元には誰かがいた。一人はしゃがみこみ、一人は倒れていた。しゃがみこんでいる人はダグだった。そして倒れているのは。ダグは私に気づくと、大声で言った。


「もみじ!なぁもみじ!助けてくれ、セネカが!なぁ俺のタンコブ治したみたいに治してくれよ!」


 私はアスカの腕から転がり落ちるように降りると、倒れた人の側にしゃがみこんだ。


「セネカ!」


 セネカは仰向けに倒れていた。目は薄く開いていたが、目に光は無かった。セネカの左脇腹に大きな穴が開いていた。穴からは大量の血が流れていて、一目見てもうセネカが生きていない事が分かった。


「いゃああ!セネカ!セネカ!起きて、起きて」


 私はボロボロ涙を流し、その涙はセネカの身体にポタポタと落ちた。だけど、今までのようにセネカの身体が光り輝く事はなかった。私は自分の涙の力が、死んだ人には効かないという事を心の中で知っていた。だけど到底納得なんかできなかった。セネカ、セネカ。私がこの世界に来て初めて出会った男の子。元気で、強くて、とっても優しいセネカ。この国がいい国になってもセネカがいないんじゃ何にもならない。私の側で、お母さんのアスカが泣きながらダグに何故セネカがこうなったのかたずねていた。ダグはアスカに答える。


「俺はセネカを探しに森の中に入った。そしてクマになった獣人と、雄鹿になった獣人に守られている、狼になったセネカを見つけた。俺はセネカの母ちゃんのペンダントを見せた。するとクマと雄鹿はセネカから離れていった。俺は狼になったセネカに、皆の所に行こうと言った。その時、森の奥からトーランド国軍の兵士が現れたんだ。兵士は俺たちがいた事に驚いたのか、わめきながら魔法具の銃を撃ってきたんだ。セネカは、俺なんかをかばって。すまない、セネカの母ちゃん、あんたの気がすむなら俺の命を奪ってくれ」


 ダグは涙ながらアスカに言う。アスカは泣きながらダグに叫んだ。


「あんたを殺したらセネカは無駄死になってしまうじゃない!生きなさい!セネカの分まで!」


 アスカはそれだけ言うと、動かなくなった息子にすがりつきながら大声をあげて泣き出した。ダグは、すまないと呟くように答えた。私はダグとアスカの会話が、まるで水の中にいるように聞き取りづらかった。頭がガンガンして、耳の奥がツーンとしている。私はわぁわぁと泣きじゃくりながらセネカの小さな手に触れた。セネカの手はまだ温かかった。アスカが再びダグに聞く。最後に何て言ったの?と、ダグはうめくように答えた。


「俺は英雄ヒーローだ」


 私の泣き声はさらに大きくなった。ヒミカもティアナも泣いている。あともう少し早く、あと少しだけセネカの元に行けていたら。たらればの話になってしまうけれど、考えずにはいられない。ああ、私が泣きながら玉ねぎを切っている時に、セネカは死んでしまったんだ。あの時に時間が戻せれば。その時私は、顔に水をかけられたようにハッとした。私がこの世界に来て使えるようになった不思議な力。私が以前触れた事がある物、頭に思い浮かべた物を取り出せる力。そして私の涙はどんな怪我でも治してしまう力。


 だけど一つだけ、よくわからない力がある。以前お城で、セネカとヒミカが兵士に斬られそうになった時。ティアナが炎の出る魔法具に撃たれた時。私はものすごい速さで移動する事が出来た。その時の私は、子供たちの事を助けられて良かったと、あまり深くこの力について考えていなかった。


 でも今になって考えてみると、あまり運動神経の良くない私が、獣人や半獣人より早く動けるのはおかしい。そしてセネカとヒミカの側に行きたいと願った時、私の身体はまるで時間の流れをかき分けるように進んだ気がした。これはもしかすると私は少し先の未来に進んだのではないだろうか。もし私のこの力が、時間を自由に行き来できる力、つまりタイムリープできる力だとしたら、もう一度過去に戻ってセネカを助ける事ができるのではないだろうか?私は強く願った。セネカが怪我をする前に戻れるように。私はキツく目をつむった。ドクッドクッ、心臓の鼓動が聞こえる。大きく息をして、そしてゆっくりと息を吐き出した。



 私が目を開くと、私は舞台の上に立っていて、手には拡声器を持っていた。そして舞台の下には、沢山のトーランド国軍の兵士たちが雄叫びをあげていた。ユーリ国王陛下バンザイと。私はハァハァをあえぐように息をした。私は戻ったのだ、セネカがまだ生きている過去に。私は手に持った拡声器で大声で叫んだ。


「ノヴァ!お願い!」


 私のただならぬ気配に、トーランド国軍の兵士の中に紛れていた小さなノヴァは竜の姿に変わり、私の所までやってきてくれた。私はノヴァの背中に飛び乗ると、大声で言った。


「ノヴァ、あの高いクスノキまで急いで飛んで!皆後からついてきて!」


 ノヴァは私に何も聞かずに、クスノキまで飛んでくれた。竜のノヴァの飛ぶ速度はものすごい速さで、私は振り落とされないように必死でノヴァの首にしがみついていた。そして大きなクスノキまで来ると、その下には二人の人間がいた。ダグとセネカだ。ダグが大声でセネカの名前を呼んでいる。私はノヴァの背から飛び降りるとセネカの側に走りよった。セネカはお腹からドボドボと血を流していて呼吸も弱まっているが、生きていた。私は焦燥と安堵でハクハクと細かい呼吸をしながら、一言セネカと呼んだ。


 私の目からボトボトと涙が溢れ出し、セネカの身体に落ちた。セネカの身体がパァッと輝いた。倒れていたセネカはピョンと起き上がり、もみじ。と、私の名前を呼んだ。私はセネカの小さな身体を強く抱きしめてわぁわぁと泣き出した。生きてる、セネカが生きてる。さっきまで動かなかったセネカが。セネカは私が中々離さないので恥ずかしくなったのか、私の腕から逃れようと身じろぎした。だけど私はセネカを離す事が出来なかった。私は嫌がるセネカの頬に頬を押し付けて頬ずりをした。


 遅れてアスカにヒミカ、ティアナたちがやってくる。取り乱した私に、皆はたじろいでいるようだったけれど、私は感情のコントロールができなくなっていて、そのまま泣き続けた。かろうじて私は沢山の香水瓶を出し、ヒミカとティアナを呼んだ。私の意図を理解したヒミカとティアナは、私の頬からしたたり落ちる涙を香水瓶に入れていった。私は先ほどからずっと泣き続けで、頭と目の奥がガンガンと痛くて、もう泣く事が出来なさそうだ。怪我した兵士たちのために涙を取っておかなければ。ヒミカとティアナが私の涙をせっせと入れていると、ノヴァがトコトコと私の側に歩いてきて私に話しかけた。


「もみじ、その涙はトーランド国軍の兵士のためのものか?」


 私は泣きながらうなずく。ノヴァはさらに質問する。


「トーランド国軍の兵士の中にはセネカを傷つけた者もいるかもしれないんだぞ?そいつも助けるのか?」


 私は泣きながら答えた。


「ええそうよ、この戦争で怪我をした人全員の怪我を治したいの!戦争に参加する人は皆バカだわ、大バカだわ。戦争でお父さんや夫や息子が死んでしまったら、お家で待っている家族はつらくて悲しくて、おかしくなってしまうのに。そんな簡単な事もわからないんだわ」


 私は急に腹がたってきて、泣きながら怒っていた。ノヴァはうなずいて言った。


「それがもみじの願いか?ならばその願い叶えてやる」


 ノヴァがそう言うと、私の涙がフワリと空中に浮いた。ヒミカとティアナが一生懸命香水瓶に詰めた涙もフワフワ飛び出してきた。私たちのまわりに涙の粒が沢山浮いている。ノヴァが言う。


「もみじ、泣け。もっともっと。嬉しい事も悲しい事も思い出して泣け」


 ノヴァの言葉に、私はわぁわぁと小さな子供みたいに泣きじゃくった。セネカが生きていて嬉しい。戦争が終わって嬉しい。そしてこの国の問題が解決すれば、私は元の世界に帰れる。帰れる事は嬉しい、だけどこの世界で出会った沢山の人達との別れが悲しかった。私は今までに起きた色々な事柄を思い出し泣き続けた。気がつくと私の涙の粒は、辺りをおおいつくすように空中に浮遊していた。ノヴァは私にストップをかけて、後ろに立っていたリュートに声をかけた。


「おい、お前。リュートとかいったな?お前も手伝え」


 ノヴァは自分よりもはるかに年上のリュートに向かって、おうへいな態度で言った。リュートは急に小さな子供に指図され、たじろいでいたようだったが、ノヴァの指示に従った。ノヴァがリュートに言う。


「もみじの涙を宙に浮かせるんだ。お前ならできる、竜族の半獣人の力を持つお前ならな。一粒も無駄にするんじゃないぞ、もみじの心なんだからな」


 そう言うとノヴァは竜の姿になった。リュートも半獣人の力を解放し、頭にはツノが、背中には翼が現れた。ノヴァとリュートは空高く飛び上がった。私の涙もフワフワと一緒についていく。そして戦場となった平野まで飛んでいった。戦場には怪我をした沢山の兵士がいる事だろう。森に囲まれた私からはよく見えなかったけれど、どうやらノヴァとリュートは戦場の上空から、私の涙を落として怪我した兵士にかけようとしているようだ。遠くの方で何かがキラキラしている。次の瞬間、森が強い光の輝きに包まれた。しばらくしてノヴァとリュートが帰ってきた。リュートは怪我したトーランド国軍の兵士は皆回復したと教えてくれた。私はほっと胸をなでおろした。ノヴァはリュートに向き直ると、声をかけた。


「フォルトゥーナ」


 リュートはノヴァの言った言葉の意味がわからず、小さく首をかしげた。私はええっと声をあげてしまった。フォルトゥーナとは、ノヴァの生き別れの弟だ。ノヴァの探していた弟とはリュートの事だったのだ。ノヴァはリュートを置いてけぼりに、どんどん話を進める。


「フォルトゥーナごめんなぁ、兄ちゃん迎えに来るのが遅くなって、こんなに育っちゃったんだなぁ」


 ノヴァが自分の胸元からペンダントを取り出す。ノヴァが私にくれた赤い宝石のペンダントと同じもののようだ。ノヴァはリュートにペンダントを手渡す。リュートはこわごわというようにペンダントを受け取った。ノヴァがペンダントの宝石を耳に当てろと言う。そうすれば、リュートの母親の最後の声が聞こえると言うのだ。


 リュートは目をつむり、宝石の声に耳をすませる。すると、端整なリュートの目から、涙があふれてきた。そして小さく口が動いた。お母さん、と。突然泣き出したリュートを心配して、ダグとユーリがリュートの側に近寄った。リュートはダグとユーリを抱き寄せると、二人の頬に頬ずりをした。ダグは照れたように身をよじり、ユーリは嬉しそうに自分からも頬をすり寄せた。ノヴァがダグとユーリを見て首をかしげる。リュートとの関係が気になったのだろう。リュートは涙を流しながらノヴァに答えた。


「この二人は俺の息子たちです」

「ええっ!お前俺の弟なのに結婚してたのか?」

「血のつながりはありません。心がつながっているんです」


 私は心が温かくなった。ひとりぼっちのノヴァも、お母さんを知らないリュートも、家族に巡り会えたのだ。ダグは照れて恥ずかしかったのか、ユーリに怖い顔を作って言った。


「ヘラヘラすんじゃねぇぞユーリ、これからお前はトーランド国王になって国をひっくり返すんだぞ?」


 ユーリは神妙な顔になってうなずきながら答えた。


「うん、獣人も半獣人も差別されない国にする」


 ダグはユーリの単純明快な答えにため息をついて言った。


「なぁユーリ、何で人間が獣人や半獣人を差別するかわかるか?」


 ユーリはダグの言葉にキョトンとする、つまりわからないのだ。人間のダグの言うことは、獣人と半獣人にはわからないかもしれない。差し出がましいと思いながらも私は言葉をはさむ。


「獣人と半獣人が、人間よりも強い力を持っているからでしょ?人間は獣人と半獣人を恐れているのよ」


 私の言葉にダグはパチンと指を鳴らして言う。


「その通り!人間は臆病でうたぐり深いからな。世の中には良い獣人と半獣人がいる事がわからないんだ。だから、差別のない国する第一歩はだな」


 そう言ってダグはティアナを側に呼んで言った。


「ティアナ、お前の力を貸してほしい。これから俺たちはティアナの母ちゃんを探してくる。そしてティアナと母ちゃんが、半獣人と獣人が危険な存在じゃないとトーランド国の人間に教えてほしいんだ。俺たちは国を動かすための見せ物にティアナと母ちゃんを利用する。ティアナやってくれるか?」


 ダグの言葉にティアナは真剣な顔でうなずく。


「ママに会えるなら、道化にだってなるわ」


 ティアナの決意にダグはニヤリと笑った。だけど私は心配になった。ティアナのお母さんは売られていってどこに行ったかわからないのだ。私の心配に、ダグは笑って答える。


「大丈夫だもみじ、ティアナのいた家は貴族だったからな。貴族の執事は財産台帳をつけているから、ティアナの母ちゃんが他の貴族に売られていれば探し出せる。獣人は財産だからな」


 私はティアナの肩に手を置きながらうなずいた。そんな私の服のすそを誰かが引っ張る、セネカだった。セネカが言った。


「もみじ、お腹減った」


 私は笑ってセネカとティアナを抱きしめた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る