少し休憩です

 ダグとユーリは、リュートの飛び去った空をジッと見つめていた。ダグはため息をついてから、私たちに向きなおった。


「仕方ねぇ、リュートさまの命令だ。お前たちを安全な所まで連れて行く」


 ダグはそう言えば、と言って私に質問した。セネカの所在だ。私は暗い気持ちになりながら、セネカがお父さんと一緒に戦争に参加すると伝えた。ダグは苦虫をかみつぶしたような顔になりながら、そうか。と答えた。ダグは私の後ろに隠れているティアナにも目を向けた。ティアナは人間のダグの事を怖がっているようで、ちっとも目を合わせなかった。ダグはティアナの様子を見て、私の側にしゃがみこむと、ティアナに声をかけた。


「よぉ、俺はダグってんだ、ユーリの仲間だ。お前はなんてんだ?」

「・・・、ティアナ」


 ティアナはホッと息をはいてから答えた。ダグはうなずくと私たちをうながして歩き出した。ダグはこの森の中で、どこに行けばいいのかわかっているようだ。ダグと私、私が手をつないでいるティアナ。その後ろにはユーリとアスカとヒミカが少し距離を置いて歩いている。私は歩きながらダグに聞きたかった事を質問した。


「ねぇ、ダグはユーリとヒミカが兄妹だってわかってたの?」

「そんなの決まってるじゃねぇか、ヒミカの顔、小さい頃のユーリにそっくりだったからな。リュートさまはユーリの母ちゃんに会った事があるからなおの事、すぐにセネカとヒミカの母ちゃんがユーリの母ちゃんだって分かってただろうな」


 そうか、それでリュートは私にセネカたちのお母さんを探す手助けをしてくれたのね。ユーリのお母さんを探すためでもあるから。私はさらに気になっている事を聞く。


「ねぇダグ、聖女がこの国の新しい王さまを決めるっていうのは、獣人の人たちも知っている事なの?」

「ああ、勿論だ。大部分の獣人、半獣人は人間に紛れて、人間と偽って暮らしているからな。聖女の予言はずっと前からこの国にあった。暗闇の世に、聖女の光が灯るとき、聖女が新たなる王を指し示すであろう。ってな!今のトーランド国は大混乱だから。近年稀にみる愚王が君臨して、獣人たちは人間にとって変わろうと暗躍し始めている。トーランド国民たちは不安になりながら聖女が新たな王を指し示すのを心待ちにしているんだ」


 ダグの言葉に私は考えこんでしまった。暗闇の世とは、混沌とした世相という意味なのだろうか?私はトーランド国の、自分の事しか考えない傲慢な王さまを思い出していた。あの王さまは、自分の息子メグリダ王子が、次の王に指名されると信じて疑わないのだろう。聖女の光が灯るというのは、新しい王により国が明るい未来に発展するという事だろうか。この流れだと私は新たな王を指名しなければいけないのではないか。私が暗い顔で下を向いていると、ダグが声をかけた。


「なぁもみじ、あまり深く考えるな。もみじが誰を王に指名したって、俺たちはそれなりにやって行くさ」


 私は曖昧にうなずいた。そして私は後ろを歩くアスカたちをちらりと見た。アスカはダグの事も徹底的に無視している。アスカは人間の事がとことん嫌いなようだ。私の視線にダグが気づいたようで、声をかける。


「ユーリたちの母ちゃんの事か?気にすんな。ユーリの母ちゃんは街で人間として隠れて暮らしていた。だけど国王の命令で、美しい娘を連れて来いというおふれが出て、ユーリの母ちゃんは兵士に捕まった。そして無理矢理に王の側室にさせられたんだ。そして、ユーリを産んで獣人である事がバレて、牢屋に入れられて、産んだ子供には会わせてもらえず、命からがら城を逃げ出したんだからな。人間に対する恨みは相当だろうな」


 ダグの話に私は改めてアスカの境遇を悲惨さを知った。私は呟くように答えた。


「そうだよね。産んだばかりのユーリと離されて、しかもユーリは殺されたと聞いたら、人間の事許せないのも当然だよね」


 私の言葉に、ダグはフフンと得意そうに笑って言った。


「ああ、普通はな。でもな普通じゃない奴だっているんだぜ?」


 私は普通じゃない人って誰?と聞いても、ダグははぐらかして答えてくれなかった。それきりダグは何も話さなくなった。だけどとっても機嫌が良さそうだった。しばらく歩いていると、後ろを歩いていたヒミカが私の側にやってきた。


「ねぇもみじ、お腹減った」


 そうか、そういえばお昼ご飯がまだだった。時間はもう三時近い、今日は色々な事があったのでお昼ご飯を食べていなかったのだ。私はダグに、休憩していいかたずねた。ダグはうなずいた。私たちは平らな場所に腰を下ろした。ヒミカは背中のリュックサックを下ろす。このリュックサックは、セネカが私たちと別れる時に私に渡したものだ。このリュックサックはその後ヒミカが持っていてくれたのだ。リュックサックの中には沢山のおにぎりが入っている。焼きおにぎりにしようとしていたものだ。


 ダメ元で、ダグに火をおこしていいか聞くと、とんでもなく渋い顔をされた。勿論ダメに決まってるわよね。この辺りはトーランド国の兵士がうようよしているんだから、火を焚いたら一発で見つけられてしまう。だけど冷たいおにぎりだけではさびしい。何か工夫はできないだろうか。そうだお茶漬けにしよう、私はお茶漬けの素と、お湯の入ったポットを出す。急須に茶葉を入れお湯を注ぐ、お茶わんにおにぎりを入れ、お茶漬けの素を入れ、お茶を注ぐ。ティアナは和食が苦手なので、おにぎりを入れたお茶わんに、お湯を入れてできるミネストローネを入れて、とろけるチーズを入れる。ヒミカもこっちがいいと言うので、二人分作る。皆の分を作ったらいただきますをする。ヒミカとティアナとユーリは手を合わせていただきますをしてくれた。ダグとアスカは驚いたようだが、ユーリとヒミカにこうするんだよと教えてもらってやってくれた。


 お茶漬けをスプーンですくって一口食べる。お茶漬けがお腹に入りじんわりと温かくなる。私はほうっと息をはいた。大分緊張していたようだ。いつもは大食らいのヒミカがゆっくりとご飯を食べている。きっとセネカの事が心配なのだろう。セネカはお昼ご飯を食べているだろうか。セネカの事が心配でぼんやりとしてしまう。ダグはご飯が珍しいようでしきりにどうやって育つ植物なのか私に質問する。ダグはこのトーランド国でもこの植物が育つのか気になるようだ。私は、自身が住んでいた日本の風土を簡単に説明する、春夏秋冬と季節が分かれているからお米が育つのだと言った。ダグは興味深げにうなずいた。私たちの座る向かいにはアスカを真ん中に、ユーリとヒミカが座っている。アスカは子供たちと話す時は柔らかな優しい声で、とても穏やかだった。アスカは胸元からロケット型のペンダントを取り出し、ユーリに見せた。ペンダントの中からは、油紙に包まれた何かが出できた。ユーリはそれが何かわからず、首をかしげた。アスカは穏やかに話す。


「これはね、ユーリの遺髪だといってリュートがくれたものなの。私の宝物。私が牢屋の中で毎日のように泣き叫んでいたら、リュートがやって来たの。ユーリは死んだから逃げなさいと。私は頭の中が真っ白になって、ユーリが死んでしまったなら生きている意味がないから私も死ぬと言ったわ。リュートは、ユーリの分まで生きなければいけないと言って、牢屋の鍵と、拘束魔法具の鍵を盗み出してきてくれた。久しぶりに会ったリュートは立派な鎧を着ていたけれど、その時のリュートは粗末な鎧を着ていたわ。きっと入りたての新兵だったのね。どうして危険をおかしてまで私を助けてくれたのかしら?」


 アスカが人さらいたちに、死んだ子供の遺品を取りに帰りたいと言ったのは本当の事だったのだ。アスカは、ユーリの遺髪の入ったペンダントを取りに行き、そしてセネカたちに小屋から出ないように言いつけて捕まったのだ。ユーリは母の言葉にしばらく考えてから、ゆっくり話し出した。


「お母さん、これは僕の想像だけど、リュートは母親を知らないんだ。赤ん坊の時に人間の父親に売られたから。リュートはお母さんを見て、きっと驚いたんだと思う。自分の子供を助けたくて必死になっているお母さんを死なせたくないって思ったんだと思う。だから危険をおかしてお母さんを城から逃がしたんだと思う。もう一度お母さんと僕を会わせるために」


 ユーリの言葉にアスカはハッとして、そして静かに涙を流し始めた。そんなアスカはとても綺麗だった。


「そうね、きっとそうね。今度リュートに会えたらきちんとお礼を言わなくちゃね。それなのに私は自分の事ばかり。城から逃げた私は、獣人のトールに助けられたわ。トールは優しい純朴な人だった。私が赤ん坊を人間に殺された事を知ると、必死に私を慰めて、立ち直れるように手助けしてくれたわ。でも私は人間に対する怨みの気持ちを消す事が出来なかった。私はトールに言ったわ。人間を滅ぼして、獣人の国を作って、と。馬鹿な事言ったわ。トールは獣人の仲間を集め、やがて大きな勢力になっていった。優しかったトールは厳格なリーダーになっていた。そして獣人の国を作るにあたり、後継者は自分の息子に継がせたいと考えるようになった。トールは、セネカが大きくなったら、獣人と人間の戦争にセネカを連れて行くと言い出した。私はそこで初めて自分がいかに愚かだったか気づいたわ。大切なセネカを自分が戦争に巻き込んでしまう。私は小さなセネカとヒミカを連れて獣人の村を逃げ出した。セネカを戦争に巻き込まないために。でもセネカは戦争に行ってしまった。セネカに何かあったら、全部私の所為だわ」


 泣き崩れるアスカの背中を、ユーリが優しくさすってあげている。ヒミカはぶすっとしながら母の腕にしがみついて言う。


「私お父ちゃん嫌い、ちっとも私の事見てくれない」


 泣いていたアスカは娘に向き直ると、泣き笑いの表情で答えた。


「それは違うわヒミカ。お父ちゃんはね、ヒミカが産まれた時、それはもう大喜びだったのよ。小さなヒミカを抱きしめて可愛い可愛いって頬ずりしてた。お父ちゃんはね、ヒミカとセネカが大好きなのよ」


 ヒミカはあの怖そうなトールが優しい父親だと想像できないのか、ポカンとした顔をしていた。アスカは泣きはらした目で私を見た。私はドキリとしてしまった。アスカはかすれた声で私に言う。


「もみじ、子供たちを私の所に連れてきてくれてありがとう。貴女に八つ当たりしたわ、本当にごめんなさい」


 私は慌てて気にしないでとアスカに言った。それを見ていたダグが私に言う。真剣な眼差しだった。


「もみじ、お前が新しい王を選びたくない事は知っている。誰だって大きな選択を迫られれば恐るだろう。だがな、お前はこの世界に来た聖女なんだ。誰かに強要されるんじゃない、お前の気持ちを聞きたい。もみじ、お前は、あのクソッタレなメグリダ王子と、ユーリ、獣人の王、誰に王になってほしいって思ってるんだ?」


 ダグの言葉に私はスラリと答えを返す。もうとっくの昔に、心の中で答えは決まっていた。


「私は、ユーリが王さまに相応しいと思う」


 ユーリがヒュッと息を飲む。ダグはニヤリと会心の笑みを浮かべてユーリに言った。


「おい!聞いたかユーリ、聖女が指名した。お前が次の王だ」


 ユーリは考え込むように顔を歪めてから答える。


「僕は、自分が王の器だとは到底思えない。臆病だし、頭も悪い」


 ユーリの言葉にダグは大きくうなずく。ちょっとヒドい。


「ああそうだ。ユーリ、お前は泣き虫で臆病で物覚えが悪くて甘ったれだ。だがな、お前には自分じゃなく相手の事を思いやる事ができる心がある。なぁユーリ、ガキの頃お前言ってたよな?俺は自分の親を殺したトーランド国の人間全てが憎かった。トーランド国の大人を皆殺しにして、生き残ったガキどもに、俺と同じ苦しみと悲しみを味あわせてやりたいとずっと思ってた。俺はユーリもきっと同じ気持ちだと思ってた。毎日のように人間に暴力をふるわれ、母ちゃんは理不尽に殺されて。きっと人間を皆殺しにしたいんだろうなって俺は考えてた。だけどユーリの言った言葉は全然違ってた。お前は、自分のような半獣人の子供と、俺のような捕虜の子供が苦しまない国になればいいのにって俺に言ったんだ。俺、最初ユーリはバカなんじゃないかって思った。だってユーリは王子なのに、惨めな暮らしをしているのに、まわりの奴らを恨むでもなく、自分の事を憐れむでもなく、見たこともない子供の心配をしたんだ。俺はその時確信したんだ。ユーリがこの国の王になるべきだって」


 ダグが言っていた、普通じゃない奴ってユーリの事だったのね。ユーリはそんな小さい頃から、優しくて広い心を持っていたのね。ダグはさらにユーリに言いつのる。


「さあユーリ、王になったら何をする?獣人の王のように人間を倒して奴隷にするか?」


 ダグの言葉にユーリは大声で反論する。


「そんな事しないよ!僕は人間のダグも、もみじさまも、半獣人のリュートも、ティアナも、獣人のお母さんも、セネカもヒミカも大好きなんだ。だから、人間も半獣人も獣人も皆が幸せに暮らせる国にしたいんだ!」

「は、皆幸せだって?ユーリは欲深いな!そうだ権力者は強欲でなけりゃいけない!自分の欲望を公言しろ!手足にはリュートさまと俺たちがなる」


 ダグは嬉しそうに叫んだ。そしておもむろに立ち上がると、私たちにも立つよううながした。ダグは森の奥を指差しながら言った。


「この森を抜けてさらにまっすぐ行けば大きな川に出る。お前たちはその辺りに隠れていろ」


 私は焦ってダグに聞いた。


「ダグは?一緒に行かないの?」

「俺はセネカを探しに行く。戦争ってのはな、大人のくだらない意地の張り合いだ。そんなものに、子供は巻き込んじゃいけねぇ」


 ダグは戦争によって大切な家族も、幸せも失ってしまったのだ。ダグの言葉には重みがあった。セネカ、私の脳裏に元気なセネカが浮かぶ。ユーリがダグに言う。


「僕がセネカを探す!セネカは僕の弟だ。ダグはこの中で一番弱いんだから、戦場でウロウロしてたら殺されちゃうよ」

「そうだ、だからだよ。この中では人間の俺が一番弱い。そしてユーリ、お前が一番強い。お前が母ちゃんと妹、もみじとティアナを守るんだ。それにお前方向音痴だから、皆と離れたら二度と会えないぞ」


 そういうと、ダグは右手を拳にしてユーリに向けた。ユーリはハッとした表情をしてから、ダグと同じように右手を握りしめて、ダグの拳にコツンと当てた。きっと二人が小さい時からの、約束事なのだろう。それからダグはティアナとヒミカを手招きして、側に呼んだ。


「いいか、ヒミカ、ティアナ。お前たちはもみじの事が大好きだろ?」


 嬉しい事に、ダグの言葉にヒミカとティアナはコクンとうなずいてくれる。ダグはさらに続ける。


「今から戦争が始まる。そしてもみじはな、人間からも獣人からも狙われているんだ。自分たちの王さまを指名させるためにな。これからもみじは危険な目にあうかもしれない。だけどお前たちは自分を犠牲にしてもみじを守ろうとなんてするなよ?もみじはな、お前たちの事が大好きなんだ。お前たちが人間側か、獣人側に捕まったら、もみじは何が何でもお前たちを助けようとするからな。お前たちが自分の事を守る事が、もみじのためになるんだからな」


 ヒミカとティアナは神妙な顔でうなずいた。ティアナは緊張のためか顔がこわばっているようだった。その時私はティアナの決意に気がつけなかった。私はダグの事が心配で聞く。ダグはこともなげに答えた。


「大丈夫だ、もみじ。俺はこの周辺の地理をリュートさまと一緒に飛んで確認したからわかっている。多分セネカは、トーランド国軍の本隊とは戦わないだろう。獣人の王は、仲間に息子のセネカが時期リーダーに相応しいか、試験させるために戦争に参加させるんだ。だからセネカは本隊から外れた後援部隊あたりにいると思う」


 ダグはリュートと同じような事を言った。それでも心配な私に、ダグはさらに言葉を続ける。


「心配するなもみじ、獣人はとても子煩悩なんだ。他の獣人だってセネカを死なせたくないと思っているんだ」


 不安げににうなずく私に、ダグはニコリと笑った。そこに、今まで黙っていたアスカがダグに声をかけた。


「ちょっとダグ、アンタそのまま獣人のテリトリーに入るつもり?確実に殺させるわよ。私のこのペンダントを持って行きなさい。獣人たちは皆私のペンダントの事を知っているから」


 ダグはうなずいてアスカのペンダントを受け取った。ダグは、じゃあなと言って私たちの元から走っていってしまった。ダグが行ってしまった後に、私の涙を入れた香水瓶を持っていってもらえばよかったと思いいたった。ダグはリュートと同じでとてもせっかちだ。ダグに香水瓶を持たせなかった事を、後になって私は死ぬほど後悔する事になる。


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