リュートの思いです

「もみじ、ありがとな。パンもコーヒーも美味かったぜ」


 ダグは私にお土産のお礼を言ってくれた。するとリュートの仲間の半獣人たちも私にお礼を言ってくれたのだ。


「ありがとうございます、もみじさま。我らもご相伴にあずかりました」


 私は驚いてしまった。ユーリに持たせたお土産は、リュートとユーリとダグ、三人を想定して持たせたものだ。八人で分けたら、一人分の食べる量は少なかっただろう。だけどリュートたちは気を許せる者同士で私のお土産を食べてくれたと思うと嬉しい気持ちになった。


「だけどましまろは全部ユーリが食べちまったけどな」


 ダグがユーリを見ながら、からかうように言う。ユーリは頬をふくらませながら答える。


「全部じゃないよ、ダグに食べるって聞いたらいいって、答えたじゃないか」

「そうですよユーリさま、甘いものばかり食べて、虫歯になってしまいますよ」


 ダグに続いてリュートもお小言を言う。ユーリはふて腐れたようにそっぽを向いてしまった。これから人間と獣人の戦争が始まるというのに、リュートたち三人のやりとりを見ていてら、何だか微笑ましくなってしまう。ふと横を見ると、アランたち五人の半獣人も、三人のやり取りを笑顔で見つめていた。ダグの軽口に、ユーリが怒り出しそうになったのをリュートがたしなめ、ダグに声をかけた。


「ダグ、トーランド国軍と獣人のレジスタンスの戦い、どうなると思う?」


 ダグはしばらく考えてから、木の棒で地面に丸を沢山描く。その数は二十個、そしてリュートを見て言った。


「トーランド軍は約二千。指揮はメグリダ王子が建前上とってますが、実際はクラウス将軍です。メグリダ王子はどこか安全な所に隠れているはずです。リュートさま、獣人のレジスタンスは何名ですか?」


 リュートは指であごをさすりながら答えた。


「獣人の自治区にいた獣人の気配は約四十、女子供は別な所にいるのだろう。大人の男だけだった」


 ダグはうなずくと、二十個の丸の隣に、四つの丸を描く。どうやらこの丸は、人間側と獣人側の数を表しているようだ。


「ならばこの人間と獣人の戦争、かなり肉薄するでしょうね。予想通りです。そして、人間側と獣人側の戦力が弱まった所を俺たちが叩きます」


 ダグの話を聞いていると、どうやら人間と獣人の戦争は、ダグたちの思惑により始まるようだ。そして双方の戦力が削がれた時、リュートたちが人間側も獣人側を倒してしまうのだろう。これって漁夫の利って事よね。私はセネカの事が心配で、彼らの会話に思わず言葉をはさんでしまった。


「人間側は二千人で、獣人四十人だったら、すぐに獣人たちは負けてしまうんじゃないの?」


 不安がる私に、リュートはほほえんで答えた。


「もみじさま、獣人は一人で五十人の人間を倒すと言われています。この度の戦争は、単純な計算で言えば人間側が不利なのです」

「だがなもみじ、獣人はものすごく強力な力を持っているんだが、奴らはプライドが高くて、他の者たちと協力する事が苦手なんだ。だからそれらの事を考えると互角の戦いとも言えるんだ」


 リュートの言葉の後にダグが続く。リュートは一つうなずくと、言葉を引き継いだ。


「それなので獣人の王、トールは四十人の獣人をまとめ上げているのは驚異的な事なのです」

「じゃあ、この戦いは獣人が勝つ可能性が高いの?」


 私の質問にリュートは困ったように笑った。ダグが代わって答える。


「人間側だって負けっぱなしなわけじゃないぜ。人間は強力な魔法具を持っているからな」

「魔法具?」

「ああ、魔法が使えない人間は、強力な魔力を備えた武器を持っているからな」


 私は獣人の自治区の近くの街で、自分が受けた炎が吹き出す銃のような物を思い出していた。人間たちはあのような強力な武器も持っているのだろう。私は心の中で強く願っていた。セネカ、どうか無事でいて。私が物思いにふけっていると、ダグが話し出した。


「大丈夫だもみじ、人間のメグリダ王子と、獣人の王を拘束できればこの戦いは終わる。それまでユーリと一緒に安全な所に隠れていろ」


 私は不安な気持ちで一杯だった。いくらダグたちの言う人間側と、獣人側が戦って、戦力が弱まった所でリュートが人間側も獣人側も一掃すると聞いても、心配がたえない。リュートは私に向き直ると、真剣な目で話し出した。


「もみじさま、私の仲間の拘束魔法具を外していただけますか?」


 私はうなずいてアランの側まで行った。アランは私に右手を差し出した。マダムの館にいた半獣人たちは、見た目の美しさを損なわないために、皆腕輪の拘束具のようだ。私はアランの腕輪を外す。アランは私にお礼を言って自身を拘束していた腕輪を素手で破壊した。私は他の半獣人たちの腕輪も全て外した。リュートは仲間の半獣人たちに声をかける。皆心得たようにうなずき合う。半獣人たちは皆自身の能力を解放する。


 アランは背中に白鳥のような美しい翼を出現させた。どうやらアランは鳥の半獣人のようだ。トーマは頭にまあるい耳、黄色に黒のブチのあるしっぽが飛び出す。どうやらチーターの半獣人のようだ。シンは背中にコウモリのような翼があった。だけどリュートのように頭にツノが生えているわけではないので、コウモリの半獣人なのかもしれない。デルタは頭に雄牛のようなツノが生えていた。サリーは頭からたれた耳と腰からもふもふのしっぽが生えていた。どうやら犬の半獣人のようだ。リュートがアランに言う。


「アラン、頼んだぞ」

「ああ、人間を平原まで誘導してくる」


 アランはそう言うと、翼をはためかせ空に飛び立った。リュートは側にいたダグに向き直り言っだ。


「ダグ、お前はユーリさまともみじさまの側にいるんだ」

「嫌ですよ!この計画を立てたのは俺ですよ!俺も行きます」


 リュートの命令にダグは承諾できないようだ。ユーリも心配そうにリュートとダグの側に近づいた。リュートは一つため息をついてから答えた。


「ダグ、戦争になったら皆お前を守ってやる事が出来ない」

「俺は自分の身ぐらい自分で守れます」


 ダグは悔しそうに下を向く。ユーリが心配そうに、リュート。と呼んだ。リュートは困ったような笑顔を浮かべ、ダグの肩に手をおき、ユーリの頬に優しく触れた。


「ダグ、ユーリ、もうすぐこの国はお前たちの国になる。もうお前たちのような辛い思いをする子供達がいなくなるように、皆が平等に幸せを享受できる差別の無い国にするんだ」


 リュートはそう言うと、自身の半獣人の能力を発動させ、背中の翼をはためかせ、飛び立って行ってしまった。ダグとユーリは口々にリュートを呼ぶ。雄牛のツノを持つデルタがしょげているダグとユーリに声をかける。


「ダグ、そう拗ねるな」

「拗ねてなんかいません」


 デルタの言葉にダグがぶっきらぼうに答える。デルタはふぅっと息を吐いてからダグとユーリに言った。


「リュートが無茶しそうになったら俺たちが止めるから心配するな。ダグ、ユーリさまを頼むぞ。ユーリさま、行って来ます」


 デルタの合図と共に四人の半獣人は森の中に消えて行った。


 リュートたちも戦争に行ってしまった。リュートたちの無事を願うという事は、人間と獣人の誰かが戦えないようになればいいと望んでいるという事だ。誰も死んで欲しくない。だけどそんな訳にはいかないのだ、これから起きるのは命をかけた戦争なのだから。








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