街に到着です

 セネカを立ち上がらせ私は他に怪我がないか確認した。セネカの背中にあった深い傷は綺麗に治っていた。どういう理屈だかわからないがとにかく良かった。私は裸のままのセネカとヒミカに服を着せ、三人の男たちが倒れているこの場を離れた。早くこの場を去りたかった、男たちが目を覚ます前に。私はセネカとヒミカを促し足を早めた。するとセネカが私に声をかけた。


「ねぇもみじ、早く街に行きたいなら俺がもみじを抱えて走ってやるよ」

「えっ、セネカが?私を?無理だよ私セネカよりこんなに大きいのに」

「大丈夫!」


 セネカはそう言って笑うと、背負っていたリュックサックをヒミカに渡し、私の側までやってくると、何と私をお姫さま抱っこしたのだ。そしてものすごい速さで走り出した。後ろを見ると、ヒミカも遅れる事なくついてくる。セネカは目の前に現れる倒木や岩を物ともせずヒョイヒョイ跳び越えていった。私はあまりの速さに怖くてキャアキャア声を上げていた。セネカは迷いなく林を抜けて行く。そして林の先には、地面が無かった。セネカと私は崖から落ちたのだ。私の身体がふわりと無重力感に包まれる、私はフリーフォール系のアトラクションが苦手だ。目をつぶってセネカの首にしがみついた。セネカは危なげなく地面に着地して、また走り出した。


 私は叫ぶ元気もなくぐったりしながらセネカにしがみついていた。もみじ、セネカの声で私は目を開ける。すると周りには人がたくさん歩いていた。山道ではなくちゃんと舗装された道だった。私はよろよろしながらセネカの腕から立ち上がった。私の見た先には、大きな城下町が広がっていた。セネカたちが言っていた、この国の王都、トーランド国の城下町だ。


 今までずっと森の中にいたので、あまりのきらびやかな活気にあふれていて私は目がチカチカした。それはセネカもヒミカも同じだったようで、物珍しそうに辺りをキョロキョロしていた。私はセネカとヒミカの手を取って歩き出した。このままでは迷子になってしまう。私にはセネカたちのお母さんを探す前にやらなければいけない事がある。この国のお金に触る事だ。私はこの世界に来て、自分の能力ちからがどういったものなのかずっと考えていた。どうやら私が取り出せるものは、私が以前に触った事があるもの。しっかりと頭に思い浮かべる事ができるものを取り出せるようだ。マクサの剣みたいに、目で見て取り出す事もできるのだろうが、多分横に並べてみたら違うのではないだろうか。だから私はセネカたちのお母さんを助けるために偽金を作らなければいけない。本物と同じ偽金を。


 この城下町で私がお金を得られる方法、それは私が取り出した物を買ってもらう事だ。私は辺りを見回しながら賑やかな露店を見回す。露店にはキラキラと宝石みたいに輝く果物や野菜。見た事もないお魚や大きな肉のかたまり。セネカとヒミカは目をキラキラさせながら見ていた。私は店支度をしている酒場のようなお店を探す。そしてホウキを持ってお店の前をはいている中年の女性に声をかける。あの、と声をかける私に、中年の女性が振り向く。優しそうな人だ。


「私は行商をしています。こちらはお料理を出す酒場でしょうか?」


 中年の女性は急に話しかけてきた私を不審に思ったのか、あいまいにうなずく。私は怖がらせないようにゆっくりと話す。


「私は外国の調味料を取り扱っています。お店の開店前のお忙しい時間に申し訳ないのですが商品を見ていただけないでしょうか?」


 中年の女性は思案顔にお店に入り、しばらくしてお店の中に招き入れてくれた。中にはお店の店主らしいかっぷくのいい、強面の男性が立っていた。店主の男性は私たちを胡散臭そうに眺めるが、厨房に通してくれた。私はあらかじめ取り出しておいた醤油、みりんのボトルを取り出す。そしてごぼう、サトイモ、にんじん、コンニャク、レンコン、鶏肉モモ肉を出す。ごぼう、レンコンは切って酢水につける、サトイモは皮をむいて塩もみしてお湯でさっと茹でる。コンニャクもスプーンで一口大に切り、茹でる。にんじんも一口大に切っておく。鶏モモ肉ほ一口大に切り、お酒を振りかけておく。鍋にオリーブオイルを入れて、鶏モモ肉の表面をサッと炒めて取り出し、続いてにんじん、ごぼう、レンコン、サトイモ、コンニャク、をオリーブオイルで炒める。鶏モモ肉も入れて、水を入れ沸騰したらアクを取る。野菜に火が通ったら、醤油、みりん、酒を入れて煮詰める。


 その間に私が食べきれなかったお釜のおにぎりを焼きおにぎりにする。フライパンに薄く油を塗って、表面がカリッとするまでおにぎりを焼く。表面に焦げ目ができたらスプーンで醤油を垂らす、そして裏返しにしてまた反対の面にも醤油を垂らす。醤油の焦げた香ばしい匂いがしたら反対も焼いて焼きおにぎりの完成。炒め煮の味を確かめてごま油を回し入れて、いりどりの完成。お皿に盛り付けて酒場の夫婦に試食してもらう。酒場の夫婦は初めて見る料理をこわごわ口に運んだ。そして驚きの表情を浮かべた。酒場の店主は呟くように言った。


「こんな料理初めて食べた。美味い」


 私は心の中でガッツポーズをきめ、早速商談に取り掛かる。醤油とみりんを1ダースずつ買ってもらう事になった。横を見ると、セネカとヒミカがよだれをだらだらさせていた。店主夫婦に断って、セネカたちにもいりどりと焼きおにぎりを食べさせる。セネカたちは美味しいと喜んで食べていた。二人は焼きおにぎりが気に入ったようで、手と口にお米粒をいっぱいつけながら食べていた。私は二人の顔についたお米をとってやった。それを見た店主は言いにくそうに言った。


「なぁ娘さん、この子供たちはお前さんの子供じゃないんだろ?」


 私はあいまいにうなずく。セネカとヒミカは金髪に青い瞳、私は黒い髪に黒い瞳だ。どう見ても親子ではない。店主は続ける。


「気を悪くせんでくれ、その子供たちは獣人なのか?」


 私とセネカたちは身体を硬くする。私たちの態度に店主は確信したようだ。


「やっぱりなぁ、獣人は見た目がものすごく整っているんだ。それは子供でもそうだ。なぁ娘さん、この街では首輪をつけていない獣人は盗まれても仕方がないんだ。抵抗があるのかもしれないがこの子供たちに首輪をして、娘さんの所有物だとわかるようにした方がいい」


 私は呆然としてしまった。セネカとヒミカに首輪をつける?あまりにも酷い事に頭がついていかない。でもこの店主は親切で言ってくれているのだ。私はためらいがちにうなずくのが精一杯だった。すると後ろで黙っていた店主の奥さんもためらいがちに口を挟んだ。


「娘さん、貴女は旅の行商だと言ったけれど、この国では黒髪で黒い瞳はとても珍しいの。貴女も髪と目を隠した方がいいわ。でないと子供たちだけじゃなく貴女までさらわれてしまうわ」


 店主の奥さんも心から私たちを心配してくれているようだ。私は深く感謝して頭を下げた。そして私は店主たちに一番聞きたかった質問をした。


「あの、ブラックラグーンってお店を知っていますか?」


 店主と奥さんの顔がこわばった。私は言葉を続ける。


「この子たちのお母さんがブラックラグーンに連れていかれたらしいんです。だから私たち、そのお店に行きたいんです」

「その店は娘さんみたいな若いものが行く場所じゃない。だが子供たちのお母さんがいるならば仕方ない。わしらもそんな物騒な所行った事はないがな。この街の端っこにカタギじゃない奴らの溜まり場みたいな地区がある。そこに娘さんたちが探している店もあるそうだ」


 私は親切な店主夫婦に丁寧に礼を言った。店主は私が持ち込んだ醤油とみりんを高値で買ってくれた。私は店主の希望で、いりどりのレシピも書き出した。店主に私の書いた文字が読めるのか不安だったが、どういう訳か店主は私の書いたレシピが読めるようだった。



 私たちは酒場を後にすると、まずもらったお金を覚える事にする。醤油とみりんの代金は、金貨が一枚に、銀貨が二枚、銅貨が五枚だった。硬貨にはこの国の歴代の王様なのか、人物の横顔が刻印されていた。これで私はこの国のお金を無尽蔵に取り出す事ができるはずた。偽金を作るのは気がひけるけれど、セネカたちのお母さんを助け出すためには仕方がない。そして私はセネカたちに向き直る。私の手には銀色のペンダントが二つ握られていた。ペンダントトップにはセネカとヒミカの青い瞳に似合うようにサファイヤの石がついている。このペンダントが首輪のかわりだ。ヒミカは綺麗なペンダントを喜んでくれたが、セネカは嫌そうだった。ごめんね、と私が言うと、セネカはかぶりを振ってつけてくれた。そして私は店主の奥さんが言ってくれたように長いローブを取り出して羽織った。フードを被ってしまえば私の黒髪も瞳も見えなくなった。私はセネカとヒミカの手を握ると、歩き出した。いざブラックラグーンへ。


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