ブラックラグーンです

 歩いているうちに、段々周りの雰囲気が変わっていく。賑やかで活気のある人々のけんそうから、顔色の曇った人たちが多くなってくる。私はセネカたちを連れて、一軒の立ち飲み屋に入った。店の店主は一目でカタギじゃないのがわかった。店主は私がフードを取らないことを不審に思ったのか眉を寄せた。私はカウンターに近づくと、店主の後ろにある、棚に並んでいるお酒を見て銀貨を一枚出し、オーダーをする。


「テキーラ」


 店主はニヤリを笑ってショットグラスにテキーラを注ぎ、私の前に出す。勿論カットライムも塩も付いてこない。私はショットグラスを持つと一気にあおった。強いお酒はちょびちょび飲んだら飲めないのだ。私の喉を熱い酒が焼く。カッと身体が熱くなる。私はカンッと音をたててショットグラスを置くと、店主に聞いた。


「ブラックラグーンって、何処?」

「ネェちゃん何しに行くんだい?」


 店主はニヤニヤしながら聞く。私は黙って親指でセネカとヒミカを指差す。店主は揃いのネックレスをつけたセネカとヒミカを見て納得したようで、私にブラックラグーンの場所を教えてくれた。店の外に出た私は緊張していたのかあまり酔いを感じなかった。私はセネカたちを促してブラックラグーンまで足を進めた。



 その店は禍々しい門構えをしていた。店に入って行く客たちは身につけている衣服からして金持ちだと分かった。ブラックラグーンは金持ちが獣人などの奴隷を買い求める場所なのだ。私はセネカたちを小道に連れて行く。私たちの衣服を変えるためだ。私はまずセネカの服を触り、スーツとベスト、ショートパンツとブーツに変えた。次にヒミカの服に触れる。フリルがたくさんついた可愛いライトグリーンのドレスに、足元はグリーンのパンプスにした。ヒミカはドレスが嬉しかったのかその場でクルクル回って、ドレスの裾がふわりと揺れた。私は自分の服にも触れ、フードを被った登山スタイルから黒のドレスになる。スリットが深く入っていて、胸元も大胆にあいている。普段の私なら絶対に着ない服だが、周りの客から浮かないようにしなければいけない。首にはきらびやかな宝石をちりばめたネックレス。髪はアップにしてまとめる。足は高いピンヒール。私は化粧コンパクトを取り出してメイクもほどこす、濃いアイシャドーにアイライン。唇には真っ赤なルージュ。鏡の中には高飛車で鼻っぱしらの強そうな女がいた。私はコンパクトを閉じて消すとセネカとヒミカに向き直った。ヒミカは私の姿が綺麗と喜んだが、セネカはお気に召さないようで不満顔だ。私はしゃがんで二人の肩に手を置いて話し出した。


「セネカ、ヒミカ、このお店に入ったら嫌な思いをするかもしれない。でも何も話さないで私の側から離れないでくれる?そしてね、ここを出たら美味しいものいっぱい食べさせてあげるから、このお店で出されたものは絶対に食べないでくれる?」


 私の言葉に二人は元気よくうなずく。そんな二人を見て私もうなずいた。私が懸念しているのは、このブラックラグーンではセネカもヒミカも、私までも商品となってしまうからだ。私はドレスにあったハンドバッグを出すと中を金貨でパンパンにした。いざブラックラグーンへ。



 私たちがブラックラグーンの門の前まで来ると、お店の人がやって来た。


「マダム、招待状はお持ちでしょうか?」


 言葉遣いはいんぎんだけど私たちを胡散臭そうに見ている。私はバッグから数枚の金貨を無造作に握り、お店の人に手渡す。


「招待状は持ってないわ、これでいいかしら」


 お店の人は黙って黙礼すると私たちを店内に案内した。お店の人は私たちを席に案内しながらコソリと私に囁く。


「マダム、今日はどのようなものをご所望で?」

「私の子供たち、可愛いでしょ?この子たちの世話をするための獣人が欲しいの。綺麗な女がいいわ」


 お店の人は黙礼して私を席に座らせた。私の隣にセネカとヒミカも座る。座席は円形になっていて、真ん中のステージがどこからでも見られるようになっていた。すかさず給仕の女性が私の側まで来て飲み物のオーダーに来る。私は手だけでいらないとしめす。できるだけお金持ちの横柄な態度を心がける。私の隣は太ったお金持ちの老人だった。老人は私を一目見ると、驚いた顔をした。そして、黒真珠。と、小声で呟いた。希少な獣人を欲しがる好事家が集まる場所だ。黒髪、黒い瞳の私もコレクションの対象になるのだろう。太った老人は、ニヤニヤしながら私に声をかける。


「これはお美しい、お近づきのしるしにシャンパンでもどうです?」


 私は眉間にしわをよせ、嫌悪の表情で答える。


「結構よ、睡眠薬でも入っていたら困るもの」


 太った老人は両手を上げて黙った。しばらくして場内が暗くなり、スポットライトがステージに当てられる。司会者の男がステージの横に立ち、商品、すなわち獣人の奴隷をステージに上げていく。背中に翼を持った美しい女性。頭に角が生えた、筋肉隆々のたくましい男性。次々に出てきて、客の金持ちたちが値段を上げていき、一番高値をつけた金持ちがその獣人を購入できる権利を得るのだ。


 ステージに上がった獣人は皆首に鉄の首輪をしていて、不安そうに辺りを見回している。皆助けてあげたいけれど、先ずはセネカたちのお母さんを助けなければ。客席の金持ちたちは興奮のためか口々に大声を上げている。人が人を金で買っていく、おぞましいショーに私は段々気分が悪くなってきた。


 その次にステージに上がったのは小さな男の子だった。男の子は八歳くらいだろうか、ステージから客席を睨んでいた。司会者の説明では、この子は大変珍しい竜族の子供だという。金持ちたちが男の子の値段をつけ出した、値段は瞬く間に上がっていく。二千万、二千五百万。こんな小さな子供を売り買いするなんて。私は頭に血がのぼるのが分かった。私は怒りのあまり立ち上がった。


「三千万!」


 私の大きな声に会場がシンッとした。三千二百万、すかさず他の座席の中年の金持ちから声が上がる。次第に上がる声がなくなり、私と中年の金持ちの一騎打ちになった。三千八百万。相手の中年の金持ちが声を上げる。私は立ち上がり、大声で言った。


「四千万!」


 私と競り合っていた中年の金持ちは悔しそうに席についた。どうやら私は勝ったようだ。私の側に、先ほどの給仕の女性がやってきて木札を渡してきた。どうやらこの木札が男の子とお金の交換に使うらしい。私は給仕の女性に質問した、男の子を受け取る時に、まだステージに出ていない獣人を見る事は出来るのかと。女性は黙礼した、肯定の合図だ。私はセネカたちを促し席を立った。このような忌まわしい場所にはいたくなかった。


 私たちは給仕の女性に連れられてステージのバックヤードについた。そこには支配人だろうか、脂ぎった顔の、中年男がいた。手には毒々しい宝石の指輪をたくさんつけている下品な男だった。その男は私を一目見て、やはり隣の席の老人と同じような表情をした。負けるものか、私は支配人を思いっきり睨んだ。支配人は困ったように笑った。私はキツイ言葉で支配人にせっつく。


「さっきの子供は何処!?早く連れて来て」


 支配人はいんぎんに黙礼をすると、手をパンパンと叩いた。すると後ろの豪華なカーテンの奥から屈強な男に連れられた先ほど男の子が現れた。支配人は男の子に高圧的に声をかける。


「おい、新しいご主人様だ。ご挨拶をしろ」


 男の子は私を睨みつけている。私は支配人を睨みつけながら言った。


「この子の首輪を外しなさい、早く!」

「マダム、危険です。こいつは凶暴な竜族です」


 私はキッと、支配人を睨んだ。支配人はため息をつきながら、懐から鍵を取り出し、男の子の首輪を外した。可哀想に男の子の首には自力で外そうとしたのか赤くあざになっていた。私が男の子に手を伸ばそうとすると、支配人に声をかけられた。


「マダム、お代が先です」


 私は後ろに控えていたセネカを呼ぶ。セネカは大きな黒いカバンを支配人の前に置いた。支配人がおそるおそる開けると、中にはびっしりと金貨が入っていた。しゃがみこんで金貨を掴んでいる支配人を見下しながら私は言った。


「私自分でお金を数えた事ないの、あなたが数えてくださる?」


 支配人は目の色を変えて数えだした。私にはこの世界の貨幣価値がよくわからないけれど、どうやら私が出したカバンの中に、私が言った四千万の額は入っていたようだ。ホクホク顔の支配人に私は質問した。


「ねぇ、私の子供たちに似ている獣人の女の人はいない?見せてほしいの」


 支配人は喜びを隠さず、手をパンパンと叩いた。するとやはりカーテンの奥から美しい女の人が五人出てきた。私はセネカとヒミカを振り返る。二人は悲しそうに首を振った。この中にはセネカたちのお母さんはいないのだ。私は支配人にもう一度質問する。


「ねぇ、私の子供たちと同じブロンドで青い瞳の女の獣人がいたんじゃない?」


 支配人は困り顔で答えた。


「その獣人でしたらこの前買い手がつきまして」

「!、その買った相手を教えて!お金は払うわ」


 私の剣幕に驚いた支配人はタジタジしながら答えた。


「残念ですが分かりません。この店は金さえ払えばどんなお客さまでも入れます。そのお客さまがどのような方なのかわたくしどもは詮索いたしません」


 支配人の言葉に私はがっくりと肩を落とした。セネカとヒミカも悲しそうだ。だけど竜族の男の子をこのままにしておくわけにはいかない。私は男の子の側にしゃがみこむと、男の子の目を見て話した。


「酷いことしてごめんね、人間を信じる事ができないたろうけど、今は私を信じてついて来てくれない?」


 男の子はハッとした顔で私を見た。私の後ろからセネカとヒミカもやってきて男の子に手を差しのべた。セネカもヒミカもお母さんがいなくて悲しかったはずなのに、男の子の事を思って明るく振る舞っている。なんて優しい子たちなんだろう。私は思わず泣きそうになってしまった。私は三人の子供たちを促して店の外に出た。そして小道にはいると男の子の前にしゃがんで両手を差し出した。男の子はとても整った顔立ちをしていた。そして一番目を引くのがルビーのような紅い瞳だ。男の子はどうしていいのかわからず困っているようだ。私は男の子に言う。


「手、出して」


 男の子はおずおずと私の手に自分の手を重ねた。私は目をつぶった。こんな小さな子供に首輪をして商品にするなんて、私は怒りと共に涙が出てきた。私の涙が男の子の手に落ちる。すると男の子の身体が光り出した。男の子の首の傷がみるみる治っていった。男の子はびっくりしたように自分の首すじをさすった。そしてか細い声で言った。


「ありがとう」


 私はほほえんで自己紹介をした。


「私はもみじ。そしてこの子たちはセネカとヒミカ。あなたは」

「俺は、ノヴァ」

「ノヴァ、いい名前ね。ノヴァのお父さんとお母さんは?」

「いるよ、きっと俺の事心配してる」


 ノヴァの返事に私は安心した。私はノヴァに声をかける。


「一人で家族の所に帰れる?私たちもついて行こうか?」


 ノヴァはびっくりしたように私を見る。


「行っていいのか?俺はもみじに買われたんだぞ?!」

「ええ、私はノヴァの自由を買ったのよ。ノヴァはどこでも好きな所に行っていいの」

「・・・、おい、セネカ、ヒミカ。お前たちの母親多分俺知ってる」


 私とセネカとヒミカはびっくりしてノヴァを見つめる。


「俺が人間に捕まって、あの店に売られた時、俺はいつも抵抗して人間に殴られていたんだ。そんな時獣人の女の人がいつも助けてくれた。俺がどうして助けてくれるのって聞いたら、俺くらいの子供がいるからだって言ってた」

「それで、その女の人はどんな人に買われていったの?」


 私はせっついてノヴァに聞く、ノヴァはゆるく首を振って答えた。


「わからない。でも一つだけ分かるのはセネカたちの母親を買ったのは同じ獣人だって事だ」

「お母さんの仲間って事?」

「それもわからないけど、あの人は買いに来た獣人を嫌がってなかったようだった」


 ノヴァの話に私は考え込む。ノヴァの話が本当だったら、セネカたちのお母さんは安全だという事だ。だけど何故自由になったのなら、セネカたちのお母さんはセネカたちの所に戻ってこないのだろうか。私が考えていると、セネカのお腹がグウッと鳴った。


「もみじ、お腹減った」


 笑顔のセネカに私は毒気を抜かれてしまった。私はフッと笑ってから自分の服装を元の登山スタイルに戻す。そして化粧落としのコットンシートを取り出して、厚化粧を落とした。ああスッキリした、私はふぅっとため息をついた。ノヴァは私の能力ちからを見るのが初めてだったので、とてもびっくりしたようだ。私は笑ってから手に強力粉とバターと砂糖を出現させ、その全部をギュッと抱き込む。すると大きな紙袋に、焼きたてのドーナツがたくさん入っていた。セネカとヒミカは喜んでドーナツをほおばった。目をしろくろさせているノヴァに、私はドーナツを差し出した。ノヴァはおっかなびっくりドーナツを口にした。


「美味しい」


 私は嬉しくなって、自分も紙袋からドーナツを取り出し、一口かじった。美味しい、外はサクサクの衣に粉砂糖がまぶされていて、中はモチモチなのだ。以前友達と台湾旅行に行った時に食べたドーナツと同じだ。セネカとヒミカもこのドーナツを気に入ったのか、両手に持ってモリモリ食べている。セネカとヒミカとノヴァは山盛りのドーナツを綺麗に食べてくれた。私は牛乳ビンを三つ取り出し、セネカたちに飲ませる。セネカたちは牛乳も喜んで飲んでくれた。みんなお腹も満たされたようだ。ノヴァは一息ついてから私に言った。


「人間は嫌いだが、もみじはいいやつだ」


 そう言ってノヴァは自分の手をギュッと握ると再び開いた。ノヴァの手のひらには、ノヴァの瞳と同じ色の紅いしずく型の宝石のペンダントが輝いていた。ノヴァは無言で私の手にそのペンダントを置いた。ノヴァはさらに話を続ける。


「もし、もみじたちが困った事があったらそのペンダントを握りしめて俺を呼べ、俺が助けに来てやる」

「ありがとう、これはノヴァの魔法なの?」

「ああ、もみじが首輪を外してくれたから魔法を発動させる事ができるようになった。セネカ、ヒミカ気をつけろ、人間の魔法具は俺たちの魔法ちからを封印する。絶対につけさせるな」


 ノヴァの言葉にセネカは厳しい顔でうなずき、ヒミカは心配そうに私の手を握った。私はヒミカの手をギュッと握り返した。ノヴァはフッと笑った。その顔は子供とは思えない大人びた表情だった。その途端、ノヴァの身体が光り出した。ノヴァは美しい銀色のドラゴンになった。ドラゴンは紅い瞳で私たちを一べつすると、空に飛び立った。私たちはノヴァが見えなくなるまで空を見上げていた。







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