出発の準備です
もみじ先生、もみじ先生。私の可愛い受け持ちの子供たちの声がする。早く子供たちの所に行かなければ、ここはどこだろう?もみじ、もみじ、子供たちの声。もみじ、お腹空いた。そこで私は目を覚ました。私の目にとびこんで来た天井は、私の住んでいたマンションの部屋ではなく、古ぼけた木の天井だった。横には目をキラキラさせた可愛い兄妹が。そうだ私は異世界へ来てしまったのだ。昨日徹夜をしてしまったせいで、猛烈に眠いがセネカとヒミカに朝ごはんを食べさせなければいけない。私はくたびれて悲鳴をあげている身体にムチ打って、起き上がった。
私は目をつぶって大きなお釜を想像する。すると昔話に出てきそうなお釜が現れた。そして私はまた目をつぶり、次に目を開けると、なんと私の目の前にブランド米こしピカリ五キロの米袋が現れた。私は嬉しくてキャアと声を上げてしまった。お釜の中にお米を入れて、井戸で丁寧にお米を洗う。水が透明になったら、お米に水を吸わせるために置いておく。次に私は昨日取り出した野菜、にんじん、大根をいちょう切りにする。そしてごぼうがない事に気づいて外にでて、また昨日と同じように土に手を置いて念じると、黒々としたごぼうが現れた。私は井戸水でごぼうを洗い、台所に戻り、ごぼうも切る。そして両手を出して念じると、コンニャクが現れた。私はそのコンニャクを手でちぎっていく。
昨日猪のシチューを作った大鍋に細かく切ったしょうがをゴマ油で炒める。香りが出てきたらにんじん、大根、ごぼう、コンニャク、下処理した猪の内臓と水を入れて火にかける。ふっとうしたら、みりん、酒、醤油、粉末かつおダシ、みそをを入れて煮汁が半分以下になるまで煮込む。その間にお米を炊く。木のふたを少し開けながら状況を見て火を燃やす。ふっとうしてきたらふたをして、十二分くらいトロ火にかける。最後に強火にしてから火をとめる。その後はゆっくり蒸らす。これがとっても大事、セネカとヒミカがご飯のいい匂いに、食べたい、食べたいと大騒ぎするが、無視を決め込む。赤子泣いてもふた取るなだ。十五分しっかり蒸らしてからふたを取ると、ピカピカのお米が。私は大きなたらいを出して、大きなしゃもじで炊きたてのお米を取り出す。甘い匂いが広がる。私はご飯をラップにくるんでおにぎりにしていく。お釜で炊いたご飯は甘くて美味しいから何も具は入れない。
セネカとヒミカが自分たちもやりたいというのでお茶わんにラップをしき、ご飯を冷ましてからおにぎりを作ってもらう。セネカはソフトボールみたいな大きなおにぎりを作った。すごいね。と言うと得意そうだった。ヒミカは小さいけれど上手に三角のおにぎりを作った。上手ね、と言うと恥ずかしそうに笑っていた。
私は出来上がったおにぎりを大きなタッパーに詰めて行く。お昼のお弁当にするためだ。私は火にかけていたもつ煮込みの味を見て、最後にごま油をかける、これで完成。私はスープジャーを三つ取り出した。セネカとヒミカの分は大きなスープジャー、私の分は小さなスープジャー。熱々のもつ煮込みをスープジャーに入れていく。さぁお弁当の準備ができたら、お腹を空かせた欠食児童たちに朝ごはんを食べさせなければ。
私はお釜の前に立ち、ふふふ、と笑みを浮かべながらしゃもじを持った。お釜のへりにしゃもじを入れると、パリパリと音がする。これよこれ、電気炊飯器ではできないおこげ。お釜で炊いたご飯のだいご味はこれよね。セネカとヒミカにはどんぶりにおこげのご飯をよそってやり、私には小さなお茶わん。またもやセネカとヒミカの大きなどんぶりにもつ煮込みをたっぷり入れてやる、私は小さなおわん。もつ煮込みには長ねぎをたっぷり入れたいところだけど、セネカとヒミカの身体にはよくなさそうだからやめておく。
テーブルにもつ煮込みとおこげご飯を置いて、みんなで手を合わせていただきます、をする。セネカとヒミカはもつ煮込みも美味しい美味しいと言って食べてくれた。醤油やみそなど和食の味付けで心配だったが気に入ってくれたようだ。私は七味唐辛子を取り出してもつ煮込みにかける。美味しい、一口食べて感動する。何度も煮こぼしして、下処理したおかげか内臓特有の臭みはなく、もつはトロトロに柔らかい。これで辛口の冷えた日本酒があれば完璧なのだが、朝からお酒を飲むわけにはいかない。
セネカとヒミカは私がかけた七味唐辛子に興味しんしんらしく、食べさせてと騒ぐ、辛いよと言ってもきかないので仕方なくちょっとだけ手のひらに乗せてやる。セネカとヒミカは手のひらの七味唐辛子をなめてからい、からいと騒ぎだす。私はりんごジュースを取り出して、マグカップに入れてやる。二人はりんごジュースの甘みでやっと落ち着いたようだ。次にセネカとヒミカはおこげのご飯をこわごわ食べてみる。そして目を輝かせて美味しいと言った。セネカとヒミカはパンは食べた事はあるがお米は初めてなのだそうだ。私もおこげのご飯を食べてみる。これよこれ、小さい頃はおこげがごちそうだった。香ばしくって、パリパリしてて。電気炊飯器の機能が良くなってちっともできなくなってしまった。セネカとヒミカはきょうじんな食欲で、大鍋のもつ煮込みも、お釜のご飯も綺麗に食べてくれた。
私は台所の片付けをして、リュックサックを取り出し、タッパーに入ったおにぎりと、スープジャーを入れた。そしてセネカとヒミカに私の作ったつたないお洋服を着せてあげた。微妙な仕上がりの服だが二人はとても喜んでくれた。そして二人に歩きやすい靴を出した。二人はいつもはだしだから靴をはくのを嫌がったが、足の裏を怪我したら大変なのでしぶしぶはいてもらった。
私も山を歩かなければいけないので服装を変える事にする。私の装いは、穴に落ちた時と同じ、パンプスとパンツスーツだった。私は目を閉じて、再び目を開けると、山歩き用の登山靴、歩きやすいズボン、シャツ、ウィンドブレーカーの姿になっていた。
私は日焼け防止の布の帽子をかぶりセネカとヒミカの小屋の中を見回した。使い切れなかった調味料はどうしよう。ここには冷蔵庫はないのだ。すると調味料が台所からこつぜんと消えた。私が必要ないと思ったものはどうやら消えてしまうらしい。私は心の中でありがとうと言った。お鍋やお釜、テーブルや椅子はそのままにしておく事にした。セネカとヒミカがお母さんとこの家に帰ってきた時に使えるように。私はセネカとヒミカと小屋の外に出た。そしてセネカにシャベルで穴を掘ってもらい、猪の皮と骨を埋めた。そして三人で手を合わせた、ありがとうと。
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