第2話 渡月さん教室に来る



 僕の入学した公立の熊中商業高校はレベルで言うと中くらいの偏差値で、家から近いという理由で選んだから通学は徒歩圏内だ。


 そのかわりと言っては何だけど地元の人が多い。

 僕の幼馴染だった今泉さんも同じクラスだった。


 僕のクラスは一年一組で、僕の彼女の渡月さんは一年二組になる。


 そうなんだ、昨日僕は自殺しようとしていたのに、渡月さんという僕なんかには勿体ないくらい美少女の彼女が出来てしまったんだ。


 僕は、この自分のクラスにさえも友達はいない。同じ中学の同級生も多く、また虐められるからと、自分から他人との接触を絶ってきたのもあるかもしれない。


 今泉さんも僕を見守るだけで、僕のような「小さな赤ちゃん」には近寄ってはこない。幼馴染なんて幻想は過去のものだったんだ。


 今までもそうだったし、もう今泉さんに会うことも無いと思っていた。



◇◇



 一時間目が終わって休み時間になったので、一人次の予習でもとカバンに手を掛けた所で、教室の後ろのドアから明るい声で僕を呼ぶ声が聞こえた。


「おーたる♡」


 渡月さんだ。


 僕の教室での座席は廊下側の一番後ろなので渡月さんに後ろから、がばっとハグされてしまった。


 「えへへ♡来ちゃった♡」

 

 渡月さんに耳元で囁かれて何も感じないことは無い。嬉しいけど、恥ずかしい。


 振り返って渡月さんを見ると……、髪の毛をアップにして髪留めで前髪を止めているので、切れ長で綺麗なサファイヤのような瞳が僕だけを見つめていた。


 こんな綺麗な人が僕の彼女なんて、嬉しいけど、恥ずかしさの方が強い。


「あの、渡月さん?あの、当たってます……」


「当たり前じゃん?当ててんだから」


 渡月さんは何を言ってるの?という感じで、きょとんとした顔をしている。


 教室の中も、ざわざわと、この異常事態に気付いたようで、びっくりした顔の人よりも、僕をかたきを見るような目つきで睨んでいる人の方が多い。


「「「チッ!」」」


 あちこちから舌打ちが聞こえてくる。


 渡月さんはこの状況を見かねたのか、いきなり顔を赤くして怒り出した。


「ああん!?おい!今舌打ちしたやつ出てこいや!私が誰と付き合おうがてめえらには、関係ねぇよな?」


 シーン! 教室が静寂に包まれた。全ての生徒が渡月さんに注目している。


「私の彼氏、山田おたるに手ぇ出してみろ!ぶち殺すからな!」

 

 シーン! 誰もが渡月さんに恐怖したのか皆の顔が青い。

 

「あの、渡月さん?僕は山田じゃなくて田中です」


「え?あ、あはは!ごめんごめん!彼氏の名前間違えるなんて!やば!私!恥ずかし過ぎなんですけど?」


 渡月さんは、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めていた。


 今ので緊張感が取れたのか、クスッと笑う声がちらほらと聞こえて来た。


 渡月さんは、羞恥に耐え切れず自分の教室に帰ってしまった。



◇◇



 その後は何も問題なく授業は進んでいった。次の2時間目の休み時間も、3時間目の休み時間も、クラスは隣なので休む間もなく、渡月さんは僕の所に来てはべったりと甘えて来た。傍から見たらただのバカップルに見えただろう。


 そして、昼休みとなった。


 流石に昨日の今日で渡月さんがお弁当を作ってくれる事もなく。僕はいつものように1人寂しくパンでも買いに行くかと立ち上がったら、いつもなら話しかけて来ない元幼馴染の今泉さんに声を掛けられた。


「あの、良かったらこれ、食べて?」


「え?」


 今泉さんが弁当箱を両手で僕の胸に押し付けてきた。グリグリしてくるので痛い。


「つ、作りすぎちゃったから」


 作り過ぎて弁当を二つも持って来るわけがない。


 一つは早弁用とか、なんかなんだろう。


「うん、ありがとう。今泉さん」


 そういうと今泉さんは顔を引きつらせて、「いいのよ幼馴染じゃない?」と心にもないことを言ってきた。


 僕はお昼を買いに行く手間が省けたので有り難く頂くことにした。


 でも、中学以来話しかけて来なかった今泉さんが、今になって何で話しかけて来たんだろう?



 ――今泉さんがくれたお弁当は、とっても美味しかった。






読者様へ


お読みいただきありがとうございます。


この主人公に、共感を持っていただける人募集中です。

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