閑話 中二病男参上
俺は、ここ魔王城で働いているしがないオーク。
やってることは魔王城の中に、色んなものを運んだりするいわば力仕事全般。両親は、魔王城で働いている俺のことを誇りに思っているらしい。自分の家族や恋人はいない。だいたい仕事が終わったら、仲のいい奴らと一緒に酒を飲みに行くので仕方がないとも言えるが。
(――う〜ん……どうしよう)
そんな俺だが、今人生の中で一番と言ってもいいほど悩んでいた。魔王城で働くことを決めるときの数倍は悩んでいる気がする。
目の前の鉄格子の中。つまりは、牢屋の中にいるのは初めて見る人族の男。なぜ人族がこんなところにいるのかというと、俺もよくわからない。わかることといえば、魔王城の中に運搬された荷物の中にこいつが紛れ込んでいたということだけ。
だから、本当に牢屋の中にいる左手を白い包帯でぐるぐる巻きにして片目を黒い眼帯で隠し、片手を顔に当てて「くっ! 早く俺から離れろ……」と呟いている変人のことをどうすればいいのか検討もつかない。
「はぁ〜……まじで何なんだよ」
ちなみにこのことは上には報告していないし、仲がいい同僚にも話してない。なので、変な人族が魔王城の中に入ってきていることを知っているのは、俺だけになる。
(――絶対、報告したほうがいいよな)
そう思うのだが、体が思うように動かない。なぜなら報告したことによって、なぜか俺が人族のことを魔王城に入れ込んだのではないのかと疑われる可能性があるからだ。
「我がなぜこんな牢獄の中にいるのかって? それは邪神がここまで導いたからさ」
「クソッ!! 早く逃げてくれッ!! 右腕が……右腕が制御できない!!」
さっきから牢屋の中にいる変人は、こんなことを一人で叫んでいる。
多分本当に報告したときには、魔王城の中に入れ込んだのではないかという疑惑はないかもしれない。だが、この様子を見ると絶対俺が人族のことを調教したという新しい疑惑が生まれそうで怖い。
調教。それは、魔族の中で殺すことよりも重罪な罪。なのでもしそんな疑惑を俺にかけられてしまったら、俺のことを誇りに思っている両親に合わせる顔がなくなってしまう。
(――そんなことしたらだめだ!)
俺はそう思い、いを決して話しかけることにした。
「なぁ、お前ってなんで荷物の中に隠れてまで魔王城の中に入りたかったんだ?」
「…………」
さっきまで一人で変なことを叫んでいた変人は、話しかけた途端何事もなかったかのように真顔でじっと俺のことを見てきた。
(――な、なんだよ)
「入りたかったわけではない……」
変人は、「くっ!」と奥歯を噛み締めながら言ってきた。
「じゃあ、なんで隠れてまで魔王城に来たんだ? まさかどこかのスパイか?」
「はっ! 我が深淵を覗かぬして、なぜそんなことをいえるのだ」
「し、深淵?」
俺は、聞き慣れない言葉を聞いて動揺してしまった。生きていて、深淵という言葉は耳に入ったことは何度かある。だけどそういうのはだいたい好きなアニメとか、そういったものだけ。なので現実で初めて聞いたので、思わず聞き返してしまった。
そんな動揺しまくっている俺のことなんておいて、変人は話を進めてきた。
「ふっふっふっ……ここに来たのは我が邪神によって定められた運命」
「運命?」
「あぁ……そうだ。始まりはなんの変哲もない日常。あの日も、周りに寒い目で見られながらも我が深淵を覗こうと女がよく水浴びをしている川で訓練していたんだ。だが、それは途中で断念した。苦渋の決断だったが、今はまったく後悔なんてしていない。なぜなら断念した理由が、木陰にふかふかしてそうなマットがあったからだ。もちろんだが、周りに誰もいなったから頭からダイブしたさ。本当にあのマットは最高だった。顔に当たってくる肌触りのいいマットレス。程よい沈み具合。暑い日差しを遮る程よい木。その時悟ったのさ。あぁ……ここで寝るのは、我が邪神によって定められた運命なのだと!!」
変人は、ありえないほど口早に誇らしげに言ってきた。この言葉をすべて聞いた俺の最初の感想は、
(――うん。何言ってるのかわからないけどこいつ本物の変人だな)
だった。
そしてそれと同時に、絶対こんな変人上になんか報告できないと思ってしまった。だって絶対に調教したのだと勘違いされそうだから。
(――まじでとうしよう……)
幸いこの牢屋は、魔王城で働いているものなら誰でも使っていいためまだ誰にもバレていない。
(――この変人を外に出す?)
唯一、この現状を打開する策を思いついたのだがすぐその考えは捨てた。なぜなら、この魔王城は変人のことを簡単に外に出せるようなセキュリティではないから。
なんで外から入ることができたのかわからないのだが、ここ魔王城は第十代魔王様に代替わりしてからセキュリティ面がものすごく強化されたという噂を聞いたことがあるから。でもそれは噂。
(――まさかそれって印象操作だったりして……)
一瞬、変な想像をしてしまったがそんなはずないと思い頭から放り投げる。
(――それより変人のことをどうにかしないと)
俺は考える。
外に出すことはおそらくできない。のならば必然的にこの変人はこのいかつい魔族がわんさかいる魔王城で、生活しなければならない。
生活と言っても、そもそもこいつの部屋なんてないし食べる飯もないんだからそんなの夢のまた夢の話のようだ……。
(――いや待てよ)
あること思いだした。それは最近、人族の男と女が魔王城で働いているという噂。俺は初めてそんなことを耳にしたので同僚たちから聞いてみると、どうやら人族は魔王城では別に珍しいわけでもなんでもないらしい。
(――もう選択肢はこれしかないのか……)
「おい変人」
「ふっ、なんだ? ……まさかお前も深淵を覗く邪神眼を手に入れたというのか!?」
「お前、今日からここで働け」
「……へ?」
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