第10話 短期派遣仕事
「モモちゃん! そっちの方もお願いできるかな?」
「はい喜んでッ!」
私は言われた通り両手に持っているモップを、まだ誰も掃除をしておらずホコリやゴミが落ちている地面に向かって進める。
ちなみに私は今、短期的な派遣仕事に来ている。
仕事内容は、部屋の掃除。魔王城の掃除なのでなにかすごいことをするのかと思っていたが、別段変わったことはない。
ただただ地面に落ちているゴミをモップで拭き取っていくという、なんともシンプルなやり方。だけどシンプルだからこそ大変なのだ。掃除をする範囲は、魔王城全体。なので今掃除をしているのは、魔王城に働いている魔族さんたち。
中には面倒くさくなったのか、自分のするべき範囲だけを魔法でチョチョイのちょいと言って終わらせる魔族さんもいた。
正直、全部魔法ですればいいんじゃないかと思ったのだが魔王城はそんなことをした程度で全体を掃除できるような広さではない。なので魔法が使えるものだとか、使えないものだとかはおいておいて自分の範囲を定めてそこを掃除するのだ。
もちろん剣士であった私は魔法なんて大層なもの使えないので、モップを両手に走り回っている。ちなみに、自分の掃除をする範囲は終わっている。今はあまりの部分を短期仕事としてしているのだ。
「とりぁああああ!!」
私の体はずっとデスクワークだけでカチコチに固まっていたので、久しぶりに体全体を使って自由に動かせることに快感を覚えていた。
(――掃除なんて大嫌いだったけど、初めて楽しいと感じているわ)
そんなふうに思いながら、足を動かして動かして動かしてさっき私がお願いされた部分の掃除が終わった。
「ふぅ」
額に浮かんできた汗を拭いながら、掃除をした地面を見る。地面にはホコリなどゴミなんてチリ一つなく、まるで黄金のようにピカピカ輝いていた。
(――さすが私ね)
私はきれいになった地面を見て満足したので、モップを片付けに向かう。
だがその途中で、こんな声が聞こえてきた。
「おいおい……あのアーサーが掃除をするってよ」
魔族さんがそう話し合っていた目線の先にいたのは、モップのことを剣のように持っているアーサー。目つきが完全に掃除をする人ではなく、魔族を殺す人そのものだった。
(――何しようとしてるのよ……)
私が疑問に思いながら、少し離れた場所でアーサーのことを見ていると他の魔族さんたちも疑問に思ったのかわんさかと集まってきた。
奥には、ホコリやゴミだらけの地面の前にいるアーサー。そしてその後ろには何をするのかと、息を呑んで待っている私たち。
「よし」
そう言って、モップをまるで剣で戦うときのように大きく振りかぶった。
(――これ、まさか……)
「はぁああああ!!!!」
アーサーは、掛け声のようなものを叫びながらモップを目の前のゴミが散らかっている地面に向かって思いっきり振りかぶった。
(――やっぱり、こうなるわよね)
予想は、良くも悪くも当たってしまった。
私は少しやろうかとアーサーがしていることを、やろうかと思っていたので何をしたかったのかわかる。
おそらく私と同じなら、剣を振りかぶったときの風を使ってゴミを吹き飛ばしてきれいにしようとしていたんだと思う。だけど実際、アーサーの目の前にある地面は……。
「あ、あれ?」
何も変わらず、汚れたまま。逆に、剣を振りかぶったときの風でホコリが舞ってしまい掃除するのが大変になってしまった。
「なんだぁ〜」
「行こうぜ」
私と同じくして、一緒に何をするのかと。アーサーのことを見ていた魔族さんたちはがっかりしたのかみんな一気にいなくなってしまった。
アーサーの後ろにいるのは私だけ。
そしてアーサーは、魔族の言葉にようやく後ろに見ている観客がいたことに気がついたのかようやく振り返ってきた。
(――な、なんなのよ)
振り返ってきたときの顔は、寂しがっているかのような顔だった。もしアーサーに犬みたいに耳があったのなら、ぺちゃんこにへこんでいたことだろう。
「…………」
アーサーは私のことから目を離さず、ただただずっと寂しそうな悲しそうな顔をして見つめてきていた。
「なによ」
「…………」
なんのなのか聞いてみたら、アーサーは私から目線を外して汚れている地面のことを数秒見た。そしてまた悲しそうな顔をしながら、私のことを見てきた。
(――まさか、掃除を手伝ってほしいのかしら?)
アーサーの意味深な、目線の運びでそう勘付いたのだが私の足は動こうとしなかった。正直、さっきいきなり全力で動いてしまったので筋肉が軽くつっている。
(――ドラくんとシュラちゃんは……)
私は代わりにしてもらおうとしたのだが、二人の掃除熱心なところを見て声をかけづらくなった。
ドラくんは、リザードマンで体がゴツいわりにきれい好きなのかわざわざ雑巾のようなものを使って窓ガラスを掃除している。
シュラちゃんは、魔法を使って色んなものを隅々まで掃除している。いつも仕事ばかりしていて忘れがちだけど、シュラちゃんは一応賢者の一番弟子。その魔法はとても繊細そうなものだった。
(――これ、私以外いないわよね……)
「手伝うわよ」
そう言うと、アーサーの顔はぱぁっと一瞬にして朝日が登るように明るくなった。
「最悪」
私は翌日、布団に寝転がりながらため息をついた。
なぜなら結局足がつったまま色んな場所を掃除したせいで歩けなくなり、仕事場にいけなくなったからだ。つまりは休みになった。
休めと言っても、仕事は貯まる一方。休みという言葉は響きがいいものの、正直休みたくはなかった。だが、怪我をしたまま無理矢理にでもなんか行けずその日は安静にして一日が過ぎた。
仕事場に行ったときあるはずの資料の山はなかった。
(――なんだ。悪い子としちゃったわね……)
隣
アーサーはテーブルで寝ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます