現地調査

第11話 現地調査



「……え? 現地調査ですか?」


 今日もいつものように書類の整理に追われているとジジエさんが、私にそう告げてきた。


「そ。まぁ、現地調査っていってもどんな感じて使われているのか見ればいいだけなんだけど……。たしかモモちゃんは初めてよね?」


「は、はい……」


(――現地調査って、一体何をするんだろう? 私たちがしているのは書類の管理じゃなかったのかな?)


「じゃあ、私は仕事があるからいけないし……。このガイガイくんと一緒に行ってくれるかな?」


 ジジエさんがそう紹介すると、なにか小さな影が私のテーブルの上に飛び乗ってきた。


(――なんだろう?)


 テーブルの上にいたのは、茶色と白と黒色の毛並みがきれいなキャットシー。そのキャットシーは、二本足で立ち私なことを見下ろしてきた。


「よろしくぅ」

 

「よろしくおねがいします……」


 私はキャットシーのことが大好き。だが、骨の髄まで響き渡る低音ボイスを聞いて萎縮してしまった。そしてついつい反射的に何も聞かないで挨拶をしてしまった。


(――キャットシーって、もっとかわいい声なのかと思ってた……)


 私は、ちょっと期待を裏切られた気分になったけれどまだこの子がキャットシーだと決まったわけじゃない。そう思うことにして、一瞬にして立ち直った。


「この子、特に気にしてないけど無愛想で周りから色々勘違いされちゃうけどいい子だから悪く思わないでね」


「わかりました?」


(――無愛想なのはぶっきらぼうな挨拶を聞いてなんとなくわかってたんだけど、なんでそんなことで悪く思わないといけないんだろう。私はいくら魔族さんでも容姿だけで判断するような人じゃない)


「よし。わたしは仕事に戻るからあとは二人でよろしくね。ガイガイくん、モモちゃんは初めての現地調査なんだからちゃんと教えてあげるんだよ?」


「おう」


「じゃ、あとは二人で頑張ってねぇ〜」


 ジジエさんはそう言って、初対面で一切知らない私たちのことをおいてどこかに行ってしまった。


「「…………」」


 お互い、どういう距離でいけばいいのかわからず二人の間に沈黙がはった。


(――ど、どうしたらいいんだろう? このまま無言のまま現地調査っていうのに行くなんていやだ。いや思い出した。お師匠様から初対面のとき、仲良くなるためには自己紹介をすればいいって言われてたんだ!)


「あ、あの……私モモっていいます。一応、人族です……」


「あぁん? 最近、お前たちのことは色んな場所で噂になっているからそんなこと知ってるわ」


「すいません……」


 私は、キャットシーさんもどきにいきなり喧嘩腰のような口調で話されたので反射的に謝ってしまった。


(――あぁ〜もう私のバカ! 謝るとよけい空気が重くなっちゃうじゃん!)


 お師匠様の教えだと、初対面の人に謝罪するのは一番の愚策だと教え込まれていた。なので私はひどく落ち込んで、口を閉ざした。


「…………」


(――最悪。私のせいで、こんな空気にっちゃった)


「……まぁ、いいってことよ。おいらはさっき、ジジエが言ってたけどガイガイっつうものだ。魔族で、キャットシーっつう種族なんだが知ってるか?」


 ガイガイくんは、明らかに落ち込んでいる私のことを励まそうと自己紹介を返してくれた。だが、今の私にはそんな意図なんて考えることもできなかった。

 なぜなら……。


(――嘘!? ガイガイくんって、キャットシーもどきじゃなくて本物のキャットシーなの!?)


 目の前の魔族が、本物のキャットシーだとわかり頭の中は目の前にいるガイガイくんに夢中になっていた。


「や、やっぱりそうですよね! 私、人生の中でキャッチャーの体をもふもふするのが夢なんです」


「あぁん? 今てめぇ、なんつった?」


 ガイガイくんは、不満そうに喉を唸らせながら聞き返してきた。そして、クリクリな大きなおめめを私の目向かって思いっきり睨めつけてくる。


(――やばい……。また、ガイガイくんのことを怒らせちゃった)


「え、あの……すいません。私がキャットシーの体を触るのが夢なだけです……」


 私は、もふもふするという表現が良くなかったのかと思い触ると言う表現に変えてみることにした。


(――もし、本当に嫌われたらどうしよう。人生初めての生キャットシーなのに……)


「ふっ……そんなことか。遠慮すんじゃねぇおいらの体を触りつくせッ!!」


 ガイガイくんはそう言って、キャットシーの一番の弱点とも言われているお腹を見せて言ってきた。


「へ?」


 私は思わず、2度見してしまった。

 なぜなら、目の前にいる念願のキャットシーが私のテーブルの上で仰向けに寝転んでいるからだ。


(――これは夢……? 夢なんしゃないの!?)

 

「おいらの体をを触りつくすのだッ!!」


 ガイガイくんはそう再び、私に向かって触ることを強要してきた。


(――どうしよう。触らないと、申し訳ない気がするけどこんな、魔族さんに一度敗れ汚れている私なんか神聖な体を触っていいものなのか?)


「で、では失礼して……」

  

 私はさすがに夢には抗うことができなかった。



  *



「ふぅ〜……。ゴツゴツとしていない人族の女特有のぷにぷにした手。そして、毛並みの捌き方。おいらの大好きなキャットシー専用マッサージに、引けを取らない最高なものだったぞ」


 私は、聞いたことのない単語と比較されていいのがよかわからなかったけど褒めてくれているのがわかった。


「えっと……ありがとうございます?」


「うむ。って、こんなことしてたら現地調査の書類を集めることができないでわないかッ!」

 

「ごめんなさい!」


 ガイガイくんがいきなり大声で怒鳴ってきたので、鬼上司に叱られるときのように反射的に謝罪をしてしまった。


(――あぁ、まただ。せっかく、ガイガイくんの体を触らせてもらって距離が縮まったと思ったのに……)


 私は、せっかくのチャンスを無駄にしてしまった自分自身が嫌いになりそうだ。


「いや、おいらは別にモモに怒ったわけじゃねぇんだけどな」


(――なんだ……。そうだったのなら、私に向かって怒鳴らなくたっていいじゃない)


「とりあえず、現地調査に行く前に少し今から行く場所にいるゴブリンについての認識のすり合わせをしねぇとな。モモは、ゴブリンっつうとどういう感じだ?」


 ガイガイくんは、さっきまでくつろぎタイムのように顔が溶けていたのだが急に仕事モードに入ったのか、ヒゲがしゃきっとした。


(――かわいい。……って、そんなことどうでもいいや!)

 

 私は、ガイガイくんのギャップを見てついつい無言になってしまったことを反省しながら口を開く。


「そうですね……ゴブリンは汚くて、臭くて、気持ち悪くて、野蛮で、魔族でありゴミ以下の存在ですかね?」


(――神聖なるキャットシーのガイガイくんの前では絶対に言えないけど、私の知り合いの知り合いの知り合いがゴブリンに攫われて行方不明になっている。だからそんなの、本当にゴミ以下なのよね)


「ふぅ………。おいらも魔族なんだけど、結構ズバズバ言うんだな」


 ガイガイくんは、私が「魔族でありゴミ以下」といったので魔族であるガイガイくんは自分のことも含んでいるんじゃないかと、苦笑した。

 なので、私は慌てて訂正する。


「あっ、違いますよ! 今のはゴブリンについてのことで……」


「そんなこと知ってるわ。ちょっとからかっただけじゃしねぇか。そんなに、真に受けるなよ」


「そ、そうですね……。はは」


「って、こんな無駄話してる暇ねぇんだった。とりあえず、現地調査する場所に移動すっか」


「はい!」

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