第32話 二人の勇者
「ありがとう。助かったわ」
やっぱりそこにいたのは、ボサボサな髪の毛のアーサー。手には、光り輝いている聖剣。服装が、ステージに上がったときと同じ動きづらそうなタキシードだ。
(――まさか、私の危険を察知して助けに来てくれたのかな?)
「そんなお礼、あとでいい。今はあの鬼上司をどうにかしないとな」
今のアーサーは、いつも労働をしているときの何もない目ではなく、勇者として人族を引っ張っていたときの強い意志がこもった目になっている。
(――頼もしいな……)
希望の勇者。
私は目の前に腕を斬られている鬼上司がいるなか、その人がまた私と一緒に戦えることに誇りを感じていた。
「ふふふ……。さすが勇者。そしてその聖剣。私の剛鉄の腕をいともたやすく切ってしまうとは」
鬼上司は、あの攻撃をもろに体に受けたにもかかわらず何食わぬ顔でアーサーのことを褒めていた。
そして褒めながら、手首から先がない右手が断面からニョロニョロと気持ち悪い音を立てながらもとに戻っていった。
「――! 何なのよその変な体……」
私は再生する体を見て思わず口にしてしまった。
「変? 変とは失礼な。私の体は、他の魔族とは別格なるものなのだ。それを表す通り……」
「「こんなふうにもなれることができる」」
目の前の鬼上司が、二人になった。見た目はさほど変わっていないのだが、角が二本になっている。もちろん、さっきアーサーが攻撃をした右手は何もなかったかのように元通りになっている。
二人になった鬼上司は、二人とも気持ちが悪い笑顔を見せてきた。
(――なるほど。じゃあ、この前フーちゃんと一緒に尾行していたあの人物は二人目のほうだったのね)
私は、その事実を受けてめて逆手に持っている剣を握っている力を強める。
「モモ。一緒に魔族を倒したときの戦い方、忘れてないよな?」
アーサーは私のことを安心させようとしているのだが、全然安心させることができなさそうな引きつった笑顔をしながら問いかけてきた。
(――一緒に戦ったときって……。どれのことを言っているのかわからないわ)
思い出すのが面倒くさくなったので、そんなこと考えるのをやめていつも戦っている戦闘スタイルで戦うことにする。
「そっちこそッ!」
そう言って、私が先制攻撃を仕掛けた。
――キィン
切りつけようとした剣は、受け止められるのではなく体ごと跳ね返された。体が衝撃を緩和させよと勝手にくるくると宙と回っている。
(――負けるかッ!!)
強い意志を固め、遠心力を利用して刃を鬼上司たちに当たるように向ける。
――キィン
――キィン
私の攻撃は、いともたやすく弾かれた。
そしてまた……。
「くっ……」
今度は、鬼上司一人づつ片脚。つまりは両足を捕まえられ体が完全に逆さに固定されてしまった。
「「ぐふふそんな攻撃、二人となった私たちには一切通用しないぞ」」
鬼上司たちは、私のことを見て真っ白な歯を見せながら楽しそうにそんなこと言ってきた。
(――やっぱりこうなったわね)
「そんなの、さっき見切られたからわかってるわよ」
こうなると予想していたので、足の関節を外してうまく鬼上司の手の中から逃れられることに成功した。
そして、一気に鬼上司から距離を取る。
(――よし、あとは……)
「アーサー!」
アーサーがいるほうを向きながら呼ぶ。
(――すごい)
体全体を聖剣の光で包んでいる。これは、聖剣のチャージ。私自身、これを見るのは初めてだったので自然と目がアーサーに釘付けになってしまった。
「よっこらせぇッ!!!!」
アーサーは叫びながら、体にまとっている光を斬撃として鬼上司たちに向かって放った!
――キュインキュインキュインキュイン!!!
私たちが立っている地面につかないように。その斬撃は、不思議な音を立てながら鬼上司たちの体を引き裂かんと近づいていく。
そして鬼上司に、勇者の斬撃がもろに体に当たった。
「「うぉおおおおおお!?!?!?!?」」
鬼上司は、苦しいのか揃ってそんな雄叫びのような悲鳴を口にした。斬撃と同時に当たったときに出た煙のせいで、鬼上司たちがどうなっているのかは判別がつかない。
「やった……か?」
アーサーは、自分の力を信じているのかそんなことを呟いた。
(――勝ちよ、勝ち)
私も、勇者の攻撃をもろに食らって生きていられるはずがない。そう思い、勝ったのだと思ったのだが。
「ふふふ……」
煙の先から、そんな不気味な笑い声が聞こえてきた。
そして徐々に煙が晴れていき……。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふ。さ、さ、さすが勇者。人族の希望だと言われるほど、力はあ、あ、あるるるな」
鬼上司はいつの間にか一人に戻っていた。そしてその鬼上司は、目を左右逆の方向に向けながら機械が故障したかのような言葉を言ってきた。
(――どうなってるのよあいつ……)
「何なんだあいつ……」
アーサーも私と同じで、どうなってるのか理解できていないらしい。それもそうだ。よく見てみると、体からビリビリと小さい静電気みたいなものがでていて体からは血が出ていない。
その姿は、生きている魔族だとは見えなかった。
「ふはっ、ふははは、はははッ! ならわ、わわ私のとっておきを見せ、せせ、せてあげよう」
鬼上司はそう言って、いきなり自身の心臓部分に両手を突っ込んだ!
(――頭、おかしくなったのかしら?)
そう思ったが次の瞬間。
――ゴゴゴ……
そんな音と同時に、鬼上司の体は変形していった。
背中から、4本の腕を出して角の下に3つ目の目。そして、体を再生したのか体から出ていた静電気はなくなった。
そんな様子を見て、私は疑問に思った。
(――鬼上司って、本当に魔物なの?)
と。
だがそんなことを思ったとしてもなにか変わるわけでもない。私は、目の前にいる敵に脅威を感じ姿勢を低くしていつでも戦えるように準備する。
「ふ、ハハハハハハ!!」
「そんな変形したところで、何も変わらないんだよッ!!」
アーサーは、私と違って変形した鬼上司のことをなんと思っていないのか再び斬撃を放った!
――キュインキュインキュインキュイン!!!!
さっき、鬼上司に大ダメージを食らわせたであろう斬撃はものすごいスピードで向かっていく。
だが、このとき私はあることに疑問に思った。
(――なんで、鬼上司は避けようともしていないの?)
――ピュッン
そんな疑問を思っているうちに、鬼上司たちの体に当たった。
当たったのだが……。
「……は?」
(――は?)
斬撃は鬼上司の体に当たったのに、何事もなかったかのように自然消滅していった。アーサーは、困惑の声を隠し切ることはできていない。私も心の中で同じことを言ってしまった。
「ハッハッハッハッ! 少し痒かったな」
鬼上司は、斬撃が当たったとされている場所を手で払いながらそんなことを言ってきた。
「くそっ……なんなんだ」
「そんなこと、お前が知る必要はない」
鬼上司はそう言うと突然、アーサーの目の前にきた。
「―――!」
(――やばい!)
私は、なにか嫌な気がしたので反射的にアーサーの体を鬼上司から離そうとしたのだが……。
――ドカンッ!!
鬼上司の背中から伸びている腕が、アーサーの顔を包み込むようにして爆発した。アーサーの体は吹き飛ばされ、奥に倒れ込むように転がっていく。
「アーサー!?」
私は、鬼上司が後ろにいるのだがそんなこと忘れて慌てて駆け寄る。
(――息はしてる……だけど)
アーサーの顔は、爆発したあとで焼き焦げていた。血は出ていない。皮膚がなくなってもいない。それらを見るに幸い、大怪我にはなってはいないようだ。
(――よかった……)
「はぁ〜……」
私はホッと安堵のため息をついたのだが、今は戦っている最中。後ろからいつ攻撃されるのかわならないので、急いでアーサーの目を覚まさせようと肩を揺らす。
「ねぇ、アーサーしっかりして!」
「……僕は勇者だぞ。この程度の攻撃で屈するわけないだろ」
訴えが効いたのか、アーサーはすぐにそんなこと言って私の肩を借りながら立ち上がった。
(――よかったわ……)
そんなふうにアーサーが起き上がったことに心から喜んでいると……。
「「うぉおおおお!!」」
地面の下。つまりは会場から、地面の鉄が揺れるほどの大歓声が聞こえてきた。
(――会場にいる魔族さんたちは、私たちのことを新しいショーか何かだと思って見ているんだった)
「さぁ、そんな威勢あとどれくらいもつかな?」
鬼上司は、そんな会場からの大歓声をもろともしない大声でアーサーのことを煽ってきた。
徐々に、私たちとの距離をつめて追い込んできている。
(――このままじゃ、やられる……)
「モモ。僕のことを連れて、少し鬼上司から離れてくれ」
「う、うん」
私はなぜ離れるのかわからなかったが、よろよろしているけど意志のあるアーサーの瞳を見て離れることに決めた。
「はっ、逃げるつもりか?」
離れる。といっても、ここには逃げ場所がないので鬼上司から少し距離を取った程度になっている。
(――どうしよう……)
幸い鬼上司は、追い詰めることが楽しいのか少しづつしか近づいてきていない。
(――なにか打開策を考えないと)
そう思い、アーサーのことなんてほったらかして考え込んでいると……。
「ひゃ!?」
重くて大きい誰かの両手が、いきなり私の肩の上に乗った。振り返ると、手をおいてきたのはアーサーだった。ただでさえボサボサだった髪の毛が、爆発のせいで爆発していていつもより見っともない。
(――どうしたんだろう?)
アーサーが何かを言おうと口を動かそうとしているので黙って待つ。
「モモ……正直に言う。僕は、あの変な形になった鬼上司に勝てない」
「えっ」
私は、アーサーがあまりにも勇者らしくなく正直に勝てないと断言したことに衝撃を隠せなかった。
(――勇者である、アーサーが勝てないんなら一体誰がかてるというのよ……)
「僕だけだったら、だ!」
落ち込んでいると、アーサーは肩に置いている両手のひらをギュッと力を入れ私の目を見てきた。
アーサーの目は、さっきみたときよりよりエメラルドグリーンの色が増していてそれでいて、意志が強くなったように見える。
(――あぁ……なんだ。諦めてなかったのか)
「それってどういう……」
私が問いかけると、「それでこそモモだ」と嬉しそうに囁いてきた。
(――なんなのよこいつ)
「いいか? 今からお前に聖剣の力を8割受け渡す」
アーサーはいきなり、トンチンカンなことを言ってきた。
(――頭の近くで爆発されて、おかしくなっちゃったのかな?)
そう思ったのだが口には出さない。いや、出せなかった。アーサーの目が声が、途中で割り込んとくるなと言ってくる。
「多分モモのほうが、聖剣の力を引き出す能力はあると思うからそんな緊張しなくて大丈夫」
アーサーは、そう言い切って聖剣を私に渡してきた。
「う、うん」
戸惑いながらも、これしか鬼上司のことを倒す方法はないんだと思い決意を決めて聖剣を受け取る。
『モモちゃん……』
聖剣様の独り言のような声が、私の心に響く。
(――すごい)
それと同時に、剣を握っている手から光が体の中に入っていっているのがわかる。光は力。振りかざしただけでも、正面あるものが木っ端微塵になるという予想がつくほど強大な力。
「いくぞ」
アーサーは聖剣片手に、私に声をかけてきた。
(――え? 聖剣様なしで私はどうやって戦うの?)
頭では理解できなかったのだが、どうやら勝手に体が理解していたのだろう。
――ブゥン
気がついたら右手に聖剣の光を放っている、光の剣を握っていた。光は不規則。だけど、ちゃんと剣の形を保っている。
(――これでいける!)
私はそう直感で理解し、アーサーにアイコンタクトを送る。
そして……。
「「はぁああああああ!!!!」」
お互いに光り輝いている剣を鬼上司に向かって、突きつけながら突進する。
――ギュインギュインギュインギュイン!!!!
私たちの剣は、鬼上司の硬い体を貫いた!
「グガガガグギガギガガガガガガガガガッ!!」
鬼上司は、痛いのか苦しいのかわからない反応をした。貫いた私の剣は、鬼上司の体を侵食していく。そして、体全体にすべての光が巡り。
――ピーピピピー
――ピーピピーピー
――ピーピ
そんな、警告音のような音と同時に鬼上司は背中から地面に倒れ込んだ。倒れ込んだ鬼上司は、ビクビク陸に上がってしまった魚のように飛び跳ねている。
(――これは、勝ちね)
私は、もう起き上がることがなさそうな様子を見てそう確信したのだが……。
「ワ、ワ、ワ私ハ負ケテイなイ」
鬼上司は、完全に白目をむいている。だけど、寝言のように呟いていて死んではいないことがわかる。
「まだ生きてんのかよ」
どうやらアーサーは、死んだと思っていたのか嫌そうな顔をして鬼上司のことを上から睨みつけている。
(――やっと、終わった……)
「あっ! モモさぁ〜ん。こんなところで何してるんですか?」
ため息をついて、疲れたので地面に座り込んでいると後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(――なんで?)
私はなぜこの声の主がこんなところにいるのだと疑問に思いなら、後ろを振り返る。
「シュラちゃん」
そこにいたのは、ピンクのフリフリな服を着たかわいいシュラちゃん。
(――こんなところで何してるのよ)
そう言おうとしたのだが、口をつぐむ。途中、その左手に捕まっているちびっこい手があることに気がついたからだ。
「それと……」
ちびっこい手を繋いでいる人物は、シュラちゃんのピンクのフリフリな服の黒色。つまり色違いの服をきている幼女。
ぷにぷにしてそうなほっぺた。そして、これまたぷにぷにしてそうなおてて。
(――やばい! かわいい!)
私はこのかわい子ちゃんが誰なのかという以前に、触ってみたいという感情のほうが強くなった。仲良くなりたいので、急いで目の前に近づいて抱きつきたい衝動を抑える。
「我は第十代魔王リリリアリ・リリリだ」
目の前にのかわい子ちゃんは、いきなりそんなことを言ってきた。
(――……え? さすがにかわい子ちゃんの冗談だよね?)
私はそう思って、シュラちゃんの顔を確認する。
「?」
シュラちゃんは、何も言わず私がいきなり顔を見てきたので疑問に思ったのか首を横に曲げただけたった。
(――それじゃあ、このかわい子ちゃんが本当に第十代魔王なのかわからないじゃん!)
私はそう思い、どうすればいいのか考えた末アーサーのことを見ることにした。
(――アーサーなら、フーちゃんが第九代魔王だということを見破ったんだから、わかるでしょ)
そして、私に急に振り返られアイコンタクトで聞いてみたら……。
「うん」
アーサーは、そう重く一言いって首を縦に振った。首を縦に振る動作もどこか重くかった。そして顔は完全に、「頑張れよ!」という他人行儀なものだった。
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