第31話 vs鬼上司



「ここ、は?」

 

 一瞬にして浮遊感はなくなり、固く冷たい地面が私のお尻についた。


(――目、開けてみていいかな?)


 私は恐る恐るまぶたを上げてみることにした。


「えっ、なんでこんな場所に……」


 いつの間にか電気はついていた。そして私がいた場所は、一人が座れるくらいの幅の細長い鉄の上。そしてその幅の鉄は見る限り色んな場所に張り巡らされている。


(――何なんだろう?)


 鉄の下を見てみると……。


「ひゃっ!?」


 下にはたくさんの魔族さんたちの頭があった。

 どうやらここは、会場の天井部分にある鉄の上らしい。


(――なんでこんな場所にいるのよ……)


 ――キンキン


「モモ。お前がすべて悪いんだ」


 奥から、鉄の上を歩いているときの音が聞こえてきたと思ったら聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「上司……」


 光の前に出てきた人物は、眉間に一本の角が生えている鬼。


(――鬼上司が私のことをここに移動させたのかな?)


 私は、よくわからない状況だったが魔王城でハプニングや異常事態になれすぎているのかそこまで取り乱さずに、冷静になって今の状況を見ることができていた。


「お前は今、我が職場では優秀な人材なんだ。だが愚かにもお前は私がしていることを暴こうとしたな?」


 鬼上司は、資料を見て知っているはずのことをもう一度何も知らないかのように私に向かって鋭い目を向けながら聞いてきた。


「は、はい……。だってそのせいで、何人もの魔族さんたちが犠牲になっているんじゃないですか!」


 私は、私の訴えを聞き入れてもらえるよう思いっきり叫んだ。


「犠牲? そんなふうに呼ぶのは間違っている。あいつらはもともと使えない。だから私は、そんな彼らが可哀想に思い仕事を与えてあげただけだ」


 鬼上司は、私が大嫌いな両手を広げ悟っている神官のように語りかけてきた。


(――自分が救世主だとでも言いたいの?)


 最初にドラくんから仕事場にいる魔族さんたちは、どこにも行けなくて拾ってもらったんだと言うことは聞いていて知っている。でもいくらなんでも、拾ってもらった場所でその魔族さんたちが使い捨てにされるのは納得いかない。


「可哀想……? あなたがあんな寝る時間もないくらい仕事を与えるから、それに追われてみんないなくなったんでしょ!」


 鬼上司のことは怖いと思っているが意を決して、思っていることを思いっきり言った。


「…………」


 鬼上司は何も反応しないで、ずっと私のことを見てきている。一切、動きもいない。瞬きさえもしていない。


(――ど、どうなっちゃうんだろう?)


 そう疑問に思ってから数秒。

 

「どうやら、私とお前はわかりあえないようだな」


 鬼上司は、どこか悲しそうな声色で私に言いってきた。


(――鬼上司は一体どうなりたかったのよ)


「わかりあおうとなんて思ってません」


「そうか、なら……」


 ――パチン


 鬼上司が合図をすると、一斉にすべてのスポットライトが私たちに向けられた。それと同時に、会場にいる魔族さんたちはなにかあるのかとソワソワし始めた。


「ここで決着をつけよう」


 鬼上司はそう言って、私が座り込んでいる目の前に先が尖っている鋭い剣を放り投げてきた。


(――決着って、戦うことなのかしら)


 私はいかにも魔族っぽく、いかにも男っぽい、戦いこ勝敗ですべてを決めることに対して苦笑いさえもできていなかった。


「なんだなんだ……」


 下にいる魔族さんたちの方から困惑の声が聞こえてくる。


(――ここにいるの、バレなきゃいいけど)


「おい、上を見てみろ! 誰かいるぞッ!」


 その一人の叫び声が伝染して、魔族さんたちの視線は一気に私たちがいる上に向かってきた。


「さぁ、剣を取れ。お前はここに来る前、剣士だったんだろ? 使い方くらいわかるだろ」


 鬼上司は「ぐふふ」と気持ち悪い笑いをしながら、私のことをからかうようにそんなことを言ってきた。


(――何なのよこいつ……!)


「なめるなぁ!」


 私は、魔族さんたちのことを使い捨てにしていることに対してなんにも反省しておらず生意気に私と対等に戦おうとしていたので腹立った。そして、地面に落ちている剣を取り、鉄の地面一直線に鬼上司に向かって斬りつける。


 ――キィン


 甲高い音がした。

 目の前を見てみる。


「私のこともなめないでほしいな」


 鬼上司は、私の剣をたやすく受け止めていた。


(――こいつ……なかなかやるな)


 素直に感心していると、受け止められていた剣に力が入り、私の体は後ろに飛ばされてしまった。


「くっ!」


 空中でくるくると回り、体重を分散させてなんとか下に落ちずに鉄の上に乗ることができた。


(――危なかった……)


 私は、下から見上げている魔族さんたちのことを見て冷や汗をかいた。

 

「すげぇ……。本物の死闘みたいだ」


 魔族さんたちは、これは演技でなにかの余興だと思っているのか面白そうにして私たちのことを見ている。


(――本物の死闘だって思われるかは、そう思わられたほうがいいかな)


 そう思い、下の魔族さんのことを見るのはやめて目の前にいる敵を見据える。


(――絶対、勝つわよ)


「はぁああああ!!」


 今度は、本気の力で切りかかった!

 だが。


 ――キィン……


 またもや、剣は受け止められ刃は鬼上司まで届かなかった。


(――な、なんなのよ)


 私は、渾身の攻撃が受け止められて納得がいかなかった。なので、鬼上司のことを見る。


「ふむ」


 ただ、剣越しに私のことを見てきている、それも、自分が戦っているのに少し身を引きながら。その姿は、まだまだ全然本気を出しているような様子には見えない。


(――こんなにも差があったのね)


 私は、自分より完全に力では鬼上司のほうが上回っていることを実感した。


「そろそろ私からも攻撃させてもらおう」


「なっ……」


 そう言って鬼上司は、剣を受け止めている力を強くしてきた。強すぎて、私の体が少しづつ後ろに下がっていっている。


(――このままじゃ、やばい)


 ――パリィン!


 私の予想が的中し、体よりも先に剣が折れてしまった。


「おっとすまない。力が強すぎて剣を割ってしまったな」


 鬼上司は、わざとらしくまるでもとからこれを狙っていたという顔をしながら言ってきた。


(――もう、なんなのよ!)


「ふっ」


 片手に折れている剣を、逆手に持ち鬼上司から距離を取る。

 そして……。


 ――タッタッ


「っ……っ……」


 周りにいる無数の鉄の上を、視覚できないほどのスピードで移動する。

 

 これは、本来の私の戦い方。

 剣士は剣を使い、正真正銘目の前から戦うことが多いがそんなものでは私などでは力で負けてしまう。なので、個性を生かした戦い方。


「なるほどなるほど。君も、私のようにただの剣士ではないようだなだが……」


「わっ!?」


 急に右足が掴まれて、体が逆さまになった。


「その程度の速度で、私のことを錯乱させられるとでも思っているのか?」


 目の前には、上下逆さの鬼上司がいる。


(――まさか、本当にあの速度についてきていたの?)


 私は、鬼上司の口ぶりからそう考えることしかできなかった。だけど、そんなことを考えていても仕方がないと思った私は、掴まっている手が外れないかとその場でもがいた。


「くそっ! 離せっ!」


「ふふふ……はっはっはっ! 離せと言って離す愚か者が一体どこにいるのだというのだ」


 鬼上司は、私のことを捕まえられて嬉しいのか声高らかに言ってきた。


(――どうにかして逃げないと!!)


 そう思い、もがくが逃げれない。捕まえられているのは片手なのだが、足が千切れそうなほど強く握られていてびくともしない。


(――こんなの……)


 私はどれだけもがいても逃げれず、鬼上司の握力に負けもう諦めモードに入りそうになっていたその時。


 ――シャキィン!!

 

 金色のまばゆい光が私と、私のことを掴んでいる手に向かってどこからか飛んできた。


「なっ!?」


「へっ!?」


 私と鬼上司は同じような驚き方をした。 

 そして……。


(――体が動かせる!?)


 私のことを捕まえていた鬼上司の腕は真っ二つに切られていた。


(――何がどうなってるの?)


 そう疑問に思っていたとき。


「どうしたどうした。前一緒に戦ったときはもっと俊敏じゃなかったか? モモ」


 急に隣から、声が聞こえてきた。

 その声は、勇ましくて

 その声は、頼りになって

 その声は、心に余裕をもたらしてくれるようなそんな声だった。


(――まさか……)


 私は、こんな超人的な攻撃をしてくる人物を知っている。なので、その金髪の男を顔に浮かべながら横を向く。


「アーサー……」

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