第27話 ストーカー



「よし……」


 場所は、魔王城の鬼上司が住んでいる部屋の扉が見える曲がり角。


 私とフーちゃんは、体を透明化させて鬼上司の悪事を暴くことができる証拠を見つけようと朝4時からずっとここで張り付いて見ている。

 

(――もう、6時か)


 曲がり角からたまたま見える時計は、針が一直線に6時を指していた。ずっと立ち続け扉を睨むこと約2時間。私はそんな時計を見て、自分自身のことをよくこんなに待てたなと称賛したい気持ちでいっぱいになっていた。


(――多分そろそろ出てくると思うんだけど……)

 

 鬼上司がいる私たちの職場が仕事を始めるのは7時。なので私は、仕事開始残り一時間なのでそろそろ出てくるのだと予想していた。

 すると……。


「ふぅ〜……」


 ため息をついた鬼上司が、なんの予兆もなくいきなり部屋の扉から出て行ってしまった。


「フーちゃん、鬼が出てきたから追うわよ」


「…………」


 隣りにいるフーちゃんに声をかけたが、返事はなかった。不思議に思った私は、フーちゃんのことを確認する。2時間も、一緒に寝ずに頑張って待っていたのだと思っていたのだが……。


「すぴ〜すぴ〜」


 フーちゃんは目をつぶっていた。そして、地面に座り込んでいる体は規則正しい呼吸を繰り返しているせいなのか力が抜けている。


(――やばい。早く追わないと、見失っちゃう!)


「ちょっとフーちゃん。起きて!」


 私は、せっかく出待ちしたのにどんどん遠ざかっている鬼上司の背中を見て焦った。なので爆睡しているフーちゃんの体を揺らして無理やり起こす。


「おっと、すまぬすまぬ。われ、こんな早くに起きて行動を始めたことなんてなかくてな……」


 フーちゃんは、あたかも自分が寝ちゃったのは仕方がないかのようにいってきた。


(――私、ここに来る前仕事してたから寝てないんだけど!)


 そう叫びたくなったのだが、冷静になって飲み込む。


(――今、そんなこと言ってもフーちゃんのやる気がなくなるだけよね……)


 そう思った私は、透明化させてくれているフーちゃんのことを不機嫌にさせないように言葉にきおつけながら口を開く。


「そうですか……でも、ピーちゃんも寝起きで頑張って資料を探しているんです。ここは1つ踏ん張って頑張りましょう!」


「うむ! 頑張るのだ!」


 どうやら、フーちゃんはやる気に満ち溢れたのかそう言って私のことをおいて先に鬼上司の背中を追いに行ってしまった。


 

 鬼上司の背中を追いかけていくと、ある場所に入っていった。目の前には、青色ののれんがかかっていて隣には赤色ののれんがかかっている。そして、その周りはどこか石鹸のようないい匂いが漂っている。


「ここは……お風呂ですね」


「うむ。そうみたいだな」


 フーちゃんは、私の言葉に「うむうむ」と小刻みに首を縦に振ってきた。


(――うぅ〜ん。まぁ、ここがお風呂なのは見ればわかるんだけどまさかあの鬼上司が朝風呂に入っているとは……。少し以外)


 そんな、いつも怒っている鬼上司の知られざる習慣を覗き見て変な気分になっていた。


(――こんなの、知らなければよかった……)


 最悪だとため息を吐いていると、フーちゃんがいきなり足を前に出して男風呂の中に入ろうとした。


「ちょ、ちょ、ちょっと! なんで入ろうとしているんですか。ここ、男風呂ですよ」


 私は慌ててフーちゃんの腕を掴んで、男風呂に入りそうだった足を止める。


(――何考えてるのフーちゃん!)


「む? それがどうした? われたちがするべきことは、鬼の監視。なのになぜ監視しに行かないのだ?」


 どうやらフーちゃんは、鬼上司のことをいつでもどこでも監視するつもりでいたらしい。


(――それって……もし、自分にされたら怖いどころじゃないわね。だって、見えないのよ?)


「いや、その……。さすがに私たちは透明になりながら追っているので、プラバシーは守らないダメですよ」


「…………」


 フーちゃんは、私が言ったことに納得するのが難しいのか首を横に曲げて険しそうな顔をしながら悩んでいる。


 そして、数秒後。さっきまで、男風呂に入ろうともがいていた体から抵抗する力が抜けた。


「なら、待つことにするのだ」


 そうして、渋々男風呂に入ることをやめて待つことになった。



 鬼上司が風呂から出てきて次に向かった場所は、こじんまりとした小さなお店。そこには、鬼上司以外だれも客がおらずいるとしたら店長らしき白いひげが特徴的な人物のみ。中がすべて木造でできているせいか、不思議と心が落ち着くようなそんなお店。


「ここは……喫茶店。なるほどなるほど。こんな洒落た場所で朝食かの?」


 フーちゃんは、名探偵かのように鬼上司のテーブルの上に乗っているトーストをみて「ふむふむ」と推理した。


「はい、多分そうなんですけど……」


 私はそう言っている途中で、お店の中にある時計をみて違和感を覚える。


「? どうかしたのだ?」


 フーちゃんはキョロっとした顔で聞いてきた。


(――これじゃあ、さっきまでの名探偵キャラが全部台無しじゃん……)


 私は今の会話には一切関係ないのだが、そんなことを思いながらフーちゃんにわかりやすく時計を指さしながら口を開く。


「いやもう、仕事の時間が始まっていている時間なんですよね」


 私が指さした時計の針は、7を指している。

 この数字はいつも鬼上司が、朝礼と渉して説教のようなことをしているのでここで朝食を食べているなんておかしいのだ。


「そうか、ならばあやつは仕事をサボっているというわけだな」


 フーちゃんは、いきなりさっきの名探偵かのようにまたもや「ふむふむ」と首を縦に振りながら言ってきた


「多分サボっているというよりかは、私たちの労働開始時間が早いだけだと思います」


「……ならば、そういった完全なる証拠の書類を見つけて摘発しなければ納得がいかないの」


「はい……」


 私はフーちゃんの言葉に深く同意して、今もなおバカ見たいに朝食を頬張っている鬼上司のことを睨めつける。


(――あんなやつ、絶対地獄に落としてやる!)


 睨めながら、フーちゃんの言葉にそう決意し直していたのだが……。


「ぎゅるるるる」


 急に隣りから、喋れない魔族の叫び声のようないやお腹の音が聞こえてきた。


「――!」


 隣には、お腹がなってしまったことを恥ずかしく思って顔を真っ赤にしているフーちゃんが。そして、食欲には勝てないのか顔をガラスにくっつけている。


(――まさか、フーちゃんって……)


 私はまさかと思い、口を開く。


「何も食べないで来ちゃたんですか?」


「むむむむむ……」


 どうやら予想が当たっていたのか、フースちゃんは悔しそうな顔をしながら私なことを見てきた。


「じゃあ、なにか買う?」


「うむ!」


 そう言って私たちは、たまたま近くにあった魔ンビニに行って食べ物を買いに行ったのだった。



「いなくなったのだ……」


 フーちゃんは、おにぎりを片手にそんなことを言ってきた。


「えぇ……」


 いなくなったというのは、目の前のガラス越しにいるはずの鬼上司。テーブルの上には食べたあとの皿だけが残っていいる。そしてそこには、肝心の鬼上司が見当たらない。


(――買い物なんて、数分で終わったと思うんだけど……)

   

 私は、まさかいなくなっているとは思っていなかったので目の前にある空席を見て驚愕していた。


「われがお腹空いていたせいなのだ」


 フーちゃんは、肩から一気に力を抜かしてため息のようにそんなことを言ってきた。


(――なんで自分だけが悪いみたいに言うんだろう……)


「いや、もしそんなこと言ったら私が一緒に買いに行ったのが悪いし」


 私がそう言ったことによってよけい空気が重くなり、自分たちの判断ミスがあってのとだと実感した。


(――いつまでもこんなくよくよしてちゃ、ダメよね!)


「とりあえず、今は鬼上司の部屋に誰もいないと思うから行ってみましょ。そっちのほうが、いろんな悪事の証拠があると思わない?」


「それなのだッ!」

 

 フーちゃんは、名案だと言いたいように人差し指を私に向けながら周りのことなんて一切考えていない大きな声でそんなことを言ってきた。



「失礼しますぅ〜……」


 扉をゆっくりと開けながら部屋の中に入っていく。

 部屋の中は、そこまで散らかっていない。しいていえば、テーブルやベットの上にも資料がおいてあるだけで脱ぎ捨てた服やホコリは見えない。


(――誰もいないわよね?)

 

 多分、鬼上司は外に出ていないと思うのだけどほかに住居人がいたら不法侵入だと捕まってしまう。


「いないみたいなのだ」


 私がゆっくりと、慎重に部屋の中を見渡していたのだがフーちゃんは危機感というものを感じさせないいつもの声で言い放ってきた。


(――まだ入り口なんだからいないとは限らないと思うのだけど……)


 そう思って、もっと慎重にと言おうとしたのだがフーちゃんなそんなこと言っても意味がないと思った私はいますべきことを考える。


「よし、じゃあこれこら手分けしてなんか悪事の証拠になりそうな書類を探しますか」


 部屋の中には、数々のよくわからない書類が散らかっている。


(――まぁかなりの数あるから、今日中に終わるといいんだけど……)


 私は、大量のそしてよくわからない資料を目にしていつもの仕事よりも果てしない作業が待っていると憂鬱になりかけていたのだが。


「なんかそれっぽいのが、テーブルの上に乗っていたのだ!」


 フーちゃんは、とうとうに興奮気味にそんなことを口走った。


(――どうせ見間違いとか勘違いのたぐいでしょ)


「ん? どれどれ……」


 フーちゃんが誇らしく持っている資料に目を通す。


(――出勤日数マイナス64日……。残業代未振り込み……)


「これだ」


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