第26話 資料室



 資料室に来て、早数時間。

 地面には、大量の書類が散らばっている。みんなもう、体力の限界なのか地面に横になりながらうとうとして資料を見ている。もちろんみんなというのは、私も例外ではない。


「すぴー。すぴー」


(――って、寝てる人もいるじゃん……)


 ずっと資料を見ていて気づかなかったが、ほとんどの人が資料が手から落ちたのかお腹に乗せて目を閉じている。


(――もうなにやってるのよ)


 寝ている人がだらしないなと思いながらも、自分もうとうとしながら口を開いた。


「ねぇみんな……なんか、よさそうな書類あった?」


「…………」


 みんなに聞いてみたのだが、返事はなかった。


(――これ、もうみんな寝ちゃってるのかな?)


 いっそのこと自分も寝ようかなと思っていると……。


「ないな……」


 アーサーの疲れ切っている声が耳に入ってきた。


(――なんだ。起きてたのね)


「もう、疲れたのだ疲れたのだ疲れたのだッ!」


 フーちゃんは、アーサーの声に同調するかのように叫んで手に持っている大量の資料を地面に投げ捨ててしまった。


(――なにやってるのよ。そんなことしたら、余計片付けるのが面倒になるじゃない)


 私はフーちゃんの事を見てそう思ったのだが、もう頭が全く回っていなくてそんな面倒くさくなりそくなこと、言う気にもならなかった。


「もうそろそろで朝の4時……。いつも通り私たちは、今日の7時からいつも通り激務が始まるわ。さすがにもう寝ましょ」


 私はそう言うと、みんな賛成してくれたのか体から力が抜けて地面に横になった。


(――いや、ここで寝ちゃダメでしょ)


 地面で横になっているみんなのことを見てそう思ったのだが、もう自分も動く気力が残っていない。そのことに気がついた私は、自然と体から力が抜けて地面に横になろうとしたが……。


「おいお前ら。こんな時間から、資料室を散らかして一体何してやがる」


 資料室の扉から声が聞こえてきた。


(――うそ、でしょ?)


 私は疲れすぎていて幻聴を聞いてしまったのだと思いながらも、声が聞こえた扉のほうに顔をあげるとそこには……。


(――!!)


 真っ赤な顔で、おでこに一本の鋭い角が生えている外見だけでどういう人物か予想がつく魔族さんがいた。


(――鬼上司ッ!!)

 

 その人物が誰なのかわかった瞬間。さっきまで力が抜けていた体に一瞬にして力が入り、しゃきっとその場に立上がっていた。


(――な、な、な、なんて言えばいいのよ!)


 私はかつてない危機的状況にして、大量に地面に落ちている仕事に大切な資料たちのことを見て、脳がフリーズしてしまった。


「い、いえ! これは私たちが仕事をしているだけで、少し手元から滑っただけなんです」


 私は、「あはは……」と苦笑しながらなんとか見逃してもらおうと思った。

 すると鬼上司は……。


「ほぉ〜ん……」


 そう首を縦に振りながら、大量の資料が落ちている地面を眺めている。


(――だ、大丈夫だよね?)


 首を縦に振って納得しているかのような口ぶりを聞いて、なんとか誤魔化すことができたのだと安心していたのだが……。


「じゃあなぜ、仕事中なのにアーサーが目をつぶって横になっているんだ。まさか、寝ているだとか言わせないよな?」


 鬼上司は、いびきをかいて爆睡しているアーサーとその他諸々のことを指さしながらニッコリと怖い笑顔を向けながら聞いてきた。


(――なんでみんな数秒で寝てるのよ! どうしよう。完全に爆睡しているみんなのこと絶対に、鬼上司に誤魔化さないと……)


 私はそう決意して、もう眠りかけの脳細胞を無理やり動かして色んなパターンの言い訳を考える。


(――これならなんとかいけ……る?)


 そうしてなんとか体感10分以上に感じた0.1秒の中で、ギリギリラインの言い訳を思いついた。


「い、言いませんよ。今アーサーは、目をつぶって横になりながら資料の情報を整理しているんです」


「…………」


 ちゃんと理由(言い訳)を言ったにもかかわらず、鬼上司は依然として地面に横になっているアーサーたちから目を離さない。


(――まさか、私の嘘に気がついたのかな?)


 私は、数秒の沈黙の中で最悪の状況しか考えることができなかった。だが20秒以上の沈黙の後、鬼上司はとうとう重い唇を開けた。


「……なら、なんでお前たちに振っていない仕事の書類を手に持って調べことをしているんだ?」


 鬼上司は、私の言った嘘になんの明確な答えを出さないまま別の質問をしてきた。私はいろんなことを予想していたのだが、振っていない仕事の書類を持っているという言葉は完全に予想打にしていない質問だった。


(――や、やばい。まさかあの鬼上司が私のしている仕事内容を把握していたなんて……)


 その衝撃の事実を真に受けてなんにも考えることができず、気づいたら口が開いていた。


「な、何言っているんですか。この資料は私の仕事範囲のものですよ?」


「…………」


 鬼上司は私の言葉を聞いて、ギロリと鋭い目をこちらに向けてきた。


(――あっ、やばい! 何言ってるのよ私ッ!)


 なんとか訂正しようと思ったのだが、私の口は一向に動かない。自分でもよくわからないのだが、緊張かそれとも目の前にいる鬼に怯えていて口が開かない。


 口同様、目も動かせないので必然的に私と鬼上司が睨めあっているかのような構図になってしまっている。


「ごくり」


 一度聞いたことのある間抜けな声が耳に入ってきた。その声は、以前シュラちゃんが言っていた言葉。

 

(――……え? シュラちゃん、起きてるの?)


 私はもし起きているのなら、早く助けてほしいなと思いながらも体が動けないのでどうすることもできなかった。


 数十秒ほどずっと睨めあっていただろうか。

 

「ふっふっふっ……」


 鬼上司は何が面白いのかわからないのだが、急に体を揺らして笑い始めた。


(――まさか、私がとっさについている嘘が面白くて笑っているんじゃないの……?)


 私は、そう思ってドキドキしながら次に鬼上司が発する言葉を待つ。


「そうだな。たしかにそれはお前の仕事範囲だな」


(――……これは、助かったのかな?)


 鬼上司からの口ぶりに、そう感じて体から力が抜けてカチカチに固まっていた体が溶けていくかのように動かせるようになった。

 そして鬼上司は……。


「ちゃんと片付けろよ」


 といって、資料室のほうに背中を向けた。


「はいっ!」


 ――バタン


 私の返事を聞いた鬼上司は、資料室の扉を勢いよく締めて出ていった。


「ふぅ〜……」


 思わず、口からため息が溢れ落ちる。


(――よく、あんな状況だったのに誤魔化せたな……。すごいぞ私)


 そう静まり返った資料室の中で、一人心の中でガッツポーズを決めているとガサガサと資料を動かしている音が聞こえてきた。


 音が聞こえた方を見てみると……。


「モモォ〜あの鬼上司、いなくなった?」

 

 アーサーは、キョロキョロと周りを見渡しながらそんなことを言ってきていた。

 

(――いや、寝てたんじゃなかった……?)


「ええ……」

 

 私はもしかして本当に今起きたのかと思うことにして、「そうよ」と言おうとしたのだが……。


「言い忘れてたんだが、お前ら。こんな時間から資料室にいるのは規則違反だから、明日から仕事の量いつもの倍になるから覚悟しておけよ」


 さっき確実に資料室から出ていった鬼上司が、扉の隙間から顔を出してそんな鬼のようなことを言ってきた。



  *



 場所は私の部屋。

 窓からは朝日が登ってきていて、日差しが差し込んでいる。目の前には、敬愛しているあの方がイスに座って紅茶を嗜んでいる。


(――よし)


 私はあの方が、テーブルにおいてある皿の上にティーカップを置いたことを確認し先程見たことを報告することにした。


「第九代魔王の生存を確認しました」


「……あの第九代魔王がか?」


 あの方は、衝撃が隠せないのかティーカップを取ろうとしていた手を止まらせ数秒経ったあと聞き直してきた。


「はい。先程、たしかにこの目と感覚で見ることができました」

 

「……どこにいる」


 一気に、声が殺意に満ち溢れたものになった。


(――そうだ。あの方は、第九代魔王に屈辱を味あわされたと以前言われていたな……)


 私はそんな過去の会話を思い出して、話を進めないほうがいいのかと思ったのだが、これはあの方にとって復讐をする絶好のチャンスだと思い口を開くことにした。


「今どこにいるのか。明確の場所はわかりませんが、モモという雑務をしている人族の女のそばにいつもいるものだと予想します」


(――さっき、ある書類を取りに行こうお資料室にいったらおそらく透明になって寝ていた。もしこれが、私の勘違いだとしても第九代魔王の威圧を間違えるとしたらそれもそれで問題になる)


「なぜだ」


 あの方は、眉間にシワを寄せながら聞いてきた。

 やはり最初の私と同じくしてすぐさまなぜタタリ族に引き込まれて死んだとされている魔王がいるのかと疑問に思っているようだ。


「……先日モモたちは、タタリ族に引き込まれたにもかかわらずうまく仲間にして外に出てきました。おそらくその時に、一緒にいたであろう第九代魔王のことを連れてきたのだと予想します」


 タタリ族。その生態は未だ未知が多く、謎に包まれている魔族。


(――でも、こんな予想あの方の納得がいく予想なのだろうか……)


 私はそんなふうに、あの方に怒られないかと心配になりながら紅茶を飲み見込むのを待つ。


「そのモモってやつがあの、傲慢でゴミカスで、でも力だけは歴代魔王最強クラスのあいつのことを手玉に取ったのだとそういったのか?」


 あの方は、やはり第九代魔王と因縁があるように奥歯を歯ぎしりさせながら私に向かって聞いてきた。


(――あれはただの私の予想なんだけど、あの方はかなり私の予想を真に受けている……)


 目の前にいるあの方が完全に私に向かって、威嚇しているかのように鋭い目線を送ってきている。私はここで怯えていたら話が進まないと思い、深呼吸をして息を整え口を開く。


「……はい。でも、それは私の勝手な1つの予想に過ぎません」


「そうか。でも、お前の予想なら信じられるな」


 私は冷静になって訂正すると、あの方はそう言ってティーカップを口につけながら椅子の背もたれに体重をかけた。


(――信じられる。その言葉は、あなた様に尽くしている私にとって最高級の褒め言葉)


「ありがたきお言葉……」


 私はその場で感謝の意を表明するために、深々と頭を下げた。

 するとあの方に……。


「よいよい」


 そう、迷惑そうに言われたので正直数分は頭を下げていたかったのだが渋々頭を上げてもう一度最後に、その場で小さく頭を下げた。


「まぁ、今すぐどうにかするのはよそう」


 あの方は、面倒くさいのかため息混じりにそんなことを言ってきた。


(――果たして、それでいいのだろうか? 第九代魔王は随一のイタズラ好きだと聞いている。なので、ほったからしにするといつの間にか私たちのテリトリーを侵略されてしまうかもしれない)


 そう思った私は、それはどうかと異言をていそうとしたのだが次に発せられるあの方の言葉を聞いてその考えはなくなる。


「もうすぐ第十代魔王誕生祭だ。そのときにでも、仕掛けるとするか」


 その言葉と同時に朝日に照らされ見えたあの方の、白く輝かしい髪の毛に私の心は奪われた。

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