第6話 ハタ改会



 仕事が終わったら、アーサーとシュラちゃんそしてドラくんを唐突に誰もいない静かな酒場に呼び出した。


「ど、どうしたんですか先輩? 急に仕事終わりに私たちのことを呼び出して……。なにか悪いことでもしました!?」


 シュラちゃんは、顔を真っ青にして私が鬼上司に怒られるときのような怖がっている声色で聞いてきた。


「いや、別にそう言うのじゃないから……」


(――まぁ、いきなり上司に誰もいない酒場なんていう場所に呼び出されたらそういう嫌なことを想像しちゃうよね)


 私はそんなことを思いながら、みんなの顔を伺う。


 シュラちゃんは、少し安心したのか顔色が良くなった。ドラくんは何がなんだか理解できていないのかよくわからないけど、さっきからずっと水をちびちび飲んでいる。

 

 そして最後に目を向けたのはアーサー。アーサーは、ここに呼び出されてからずっと野垂れ死んでるようにテーブルに倒れ込んでいる。


 ボサボサで数日洗っていないのか少し黒ずんでいる髪の毛が、酒場の照明に照らされてよけい汚く見える。


「っていうか、アーサーは起きてるの?」


「おう……起きて……ぅ」


 アーサーは、寝言のように返事をしてきた。


(――大丈夫かな……。いや、大丈夫か。だってアーサーは私が働き始めるときからこんな感じだったんだもの)

 

「じゃあ早速だけど、みんなのことをここに集めた理由を説明するわね」


「ごくり」  


 始めようとするとシュラちゃんは、つばを飲み込む音を自分の口で言ってきた。


(――そういう緊張する場面の、効果音みたいのは口で直接言うものじゃないから違和感しかないんだけど……)


 私はそんなことを思いながらも、こんなくだらないことにツッコむと話が進まないと思ったので無視して話しを続ける。


「みんなありえない量の書類だったり、鬼上司の説教だったり……。あの仕事の内容は私たちのことを、明らかに使い捨てにされているのがわかるわよね?」


「はい……。まぁ、私は一度もああいう場所で働いたことがないのでなんとも言えないんですけど、使い捨てにされているのは共感できます」


 シュラちゃんは、顎に手を当ててながら眉間をよせて難しそうな顔をしながら言ってきた。


 そしてその言葉にドラくんも同意しているのか、うんうんと首を縦に振って共感している。アーサーは相変わらず、顔をテーブルにくっつけて目をつむっている。


(――やっぱり、使い捨てにされているのはドラくんの虚言でも私の勘違いでもなかったらしいわね)


 そうわかった私は、なんの躊躇もせずにイスから勢いよく立ち上がる。ドラくんがビックリして水を体にこぼしてるけど、そんなのどうでもいい。


「そんな仕事場で働いている私は、あなたたちともにあの労働を変えていこうということで、働き方改革略してハタ改会を設立します!」


「なにぃ〜!! それは本当なのかモモくん」

 

 声高らかに宣言すると、さっきまでテーブルの上で爆睡していたはずのアーサーが飛び起きて問いかけてきた。


(――なんで働くことを楽しんでいたアーサーが、そんなに食いついてくるのかよくわからないけど怖いから少し距離とっとこ……)


 私はそう思って、イスを少し引き後ろに下がる。

 そして、いきなり食いついてきたアーサーのことをかまっていたら話がもっていかれると思ったので無視して続ける。


「ちなみに私は副リーダーで、リーダーここにいるドラくんが請け負ってくれるわよ」


「えっ!? なんで俺なんだ? 俺はそんな、働き方改革なんてしなくても……」


 ドラくんは、手をブンブンとふって体全体で嫌だということを強調してきた。


(――なんでそんなに嫌そうななのよ)


「だって私に気づかせてくれたのがドラくんなんだよ? ちなみにこれは決定事項であり、あとから変えることはできないからよろしくねドラくん」


「はぁ〜もしこれが鬼上司にバレたら大変なことに……」


 ドラくんは、私の言葉に拒否はしなかったのでリーダーということになる。


(――よしよし……。うまくいった。うまくいった)


 私がもし働き方改革なんかしようとしていることを鬼上司にバレても、責任のなすりつけができるようになったのでしめしめと喜んでいると……。


「ふふふ……なにそんなに不貞腐れているんだ。さぁ、みんなで張り切って具体的な案を出していこうじゃないか!」


 アーサーがテーブルの上に乗り出して、両手を広げながら声高らかに仕切り始めた。


(――やっぱり、働き方改革って言うことを聞いてからアーサーの様子がおかしい。それほど、あの仕事が苦痛になっていたのかな……?)


 私は、アーサーの初めて興奮している姿を見てそんなふうに冷静に分析しながらほろ苦いお酒を口に含んだ。



  *



 ハタ改会が結成されて、アーサーが具体的な案をだそうと言い出してから一時間弱。


「んで、なんでか知らないけどあの書類を俺に押し付けてきたんだぞ。その時言ってきた言葉はこうだ「大丈夫だろ。気合でやれ」だ……。こんなの、理不尽でおかしいよな!!」


 アーサーは、私の顔ぐらいある大きなジョッキをテーブルに勢いよくおいてつばを吐き散らした。その息からは、アルコールの匂いしかしない。


 言動然り、見た目然り一時間弱話し合いをしようと豪語してきた当の本人は、見事に酔っぱらいに変貌してしまっている。


「私なんて、なんでか知らないけど魔族からものすごくモテて毎日異臭を嗅いでるのよぉ〜……」


 そして、その酔っぱらいと同じくらいシュラちゃんも顔を真っ赤にしながら酔っぱらいになってさっきからお互いに愚痴をこぼしている。


(――この人たちは、一体何をしたかったのかな?)


 ちなみにドラくんと私は、二人のぐちの言い合いを見ながら楽しくお酒をちびちび飲んでいるのでそまで酔っていない。


「……二人とも、思ってた以上に不満があったようね」


「あぁ……」


「ドラくんもこの二人の間に入ってなにか愚痴でもこぼさなくていいの?」


「い、いいさ……。俺があの二人の間に入ったときには、踏み潰される気がするし」


「っそ」


 そこで私たちの会話は終わり、お互いにアーサーとシュラちゃんのことを見ながら再びお酒を飲み始めた。


(――ドラくんは、リザードマンなんだから踏み潰されることなんてないと思うんだけど……)


「ってなったんだけど、モモはどう思うんだよぉ〜!」


 アーサーは不意に私に意見を求めてきた。なんか適当なことを言って、流そうかと思ったけどシュラちゃんも私の言葉を待っているのでそうもいかない。


(――はぁ〜……正直面倒くさい。まぁ、でもこうやって剣士のときは愚痴の言い合いなんてしたかとなかったから新鮮だな……)


 ずっと少し引いた場所で愚痴を聞いていたのだが、口を開かざる負えなくなった。


「そうね……」



 こうして結局、具体的な案など一切出さずみんなでお酒を飲み交わしながら愚痴をこぼすだけで、第一回目のハタ改会は終わってしまった。

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