第5話 決意
シュラちゃんがこの仕事場にきて一週間。
初日の私による説得によって、シュラちゃんは今では楽しく仕事をしている。
(――楽しくっていっても、ここはブラックだからな……)
「シュラちゃん。この資料、お願いできるかな?」
「はい! わかりました!」
なぜかわからないんだけどシュラちゃんの席は大人気。以前私のことを頼ってくれていた魔族さんたちや、見たこともないスライムのような魔族さんたちまでたかっている。
(――少し前まで、私のことをかまってくれてたのにひどい!)
「シュラちゃん。この前一緒に行ったご飯の返事を聞いてないんだけど、いいかな?」
「はぁ!? なんで、てめぇが先に告白の返事を聞こうとしてんだよ。そんなことしたら、てめぇの後ろにいる俺たちが不利じゃねぇか!!」
不満を垂れ流した魔族さんは、元々前にいた魔族さんに向かって胸ぐらを掴んで今まさに喧嘩が始まる寸前にまで進んでいた。
「「そうだ! そうだ!」」
他の魔族さんたちもそれに同調するかのように、叫びだした。
(――はぁ〜……。ここ仕事場で隣で私が仕事してるのになんでそんな大声を出せるのよ)
「ふふふ……みんな、ここは仕事場なのよ? もう少し声量を下げてちょうだい」
「はっ。わかりました……」
魔族さんたちは、シュラちゃんの言葉に反省したのか声量は下がった。だが依然として、喧嘩が始まりそうなほど睨めあっている状況は変わっていない。
「もう」
私はわざと、シュラちゃんやその周りにいる魔族さんたちに聞こえるように声を出してイスから立ち上がりその場を去る。
(――っていうか、シュラちゃんがあれほど周りの魔族さんと馴染む……いいえ。好かれるなんて想像もしなかったわ)
*
場所は、いつ来ても誰もいない自販機とベンチがおいてある静かな休憩室。
「ねぇ、ドラくん」
隣りにいるのは、シュラちゃんが来たても目移りせずに未だに牛丼などいろんなものを食べに行ったり、一緒に仕事を助け合ったりしているリザードマンのドラくん。
そして私とドラくんが揃って手に持っているのは、ホットコーヒーが入っている缶。
「ん? なにかな?」
ドラくんは、手に持っている缶コーヒーをちびちびと飲みながら聞き返してきた。
「なんでシュラちゃんが入ってきた途端、私によってたかってきた奴らはいなくなってそいつらがシュラちゃんの追いかけをしてるの?」
私は、もう自分で考えていてもわからないので私より先にここにいた先輩でもあるドラくんに直接聞いてみることにした。
「そ、そうだな〜。多分そいつらは、新しい人族がきたから夢中になってるだけだと思う。言っちゃえば魔族の衝動みないなものなんだ」
(――魔族の衝動……。っていうことは、あの魔族さんたちはもともと別に心から追いかけて来てくれていたわけじゃないのね)
私は、ドラくんの言葉を聞いて少しだけ気が楽になった気がした。
「みんな、君の見る目がないんだよ……」
ドラくんの言葉の語尾が明らかに恥ずかしそうに、小さくなっていった。
(――どうしたんだろう?)
疑問に思ったので、ドラくんの顔を伺おうおしたけど顔は恥ずかしいのか下を向いていてどんな顔をしているのかわからない。
「なにそれ。ドラくんまさか私のこと、口説いているの?」
「へっ!? いや、そんなつもりはないんだけど…
…」
ドラくんは、両手をブンブンと振り回しながら否定してきた。
(――そんな慌てた様子を見ると逆に、口説こうとしていたとしか思えないんだけど……)
「ドラくんが私のことを口説くなんて、一兆年早いわよ」
「だから、口説いてなんてないから!」
*
いつの間にか時間は経っており、仕事が終わり誰ともどこにも行く用事がなかったのでドラくんと二人で牛丼をたべに来ていた。
私たちが来ている牛丼屋は、牛丼屋ではない。
明確に言うと、お肉屋さん。
そんなお肉屋さんに入り、ふたりとも山盛りあった牛丼を完食したあと私は口を開いた。
「ドラくん。私、みんなこのままじゃいけないと思うの」
「なにがだい?」
ドラくんは、心配そうに聞き返してきた。
「あの仕事のおかしい量についてよ。なんなの? 毎日のノルマの資料がテーブルの上に山積みになってるって。あのままだったらいつか私、というか魔族さんみんなが倒れちゃうわよ」
私は少し前まで、魔族さんのことを根絶やしにして世界に平和をもたらすんだと豪語していた。だけどそんなこと、たくさんの魔族さんたちに囲まれて仕事をして思わなくなった。
世界というものは、人族と魔族が共存しあってできている。なので、どちらかを根絶やしにしたときにはどんなことが起きるのか想像もできない。
(――だから私は、たとえここに捕まって強制労働をしいられているにもかかわらず魔族さんに対して心配の目を向けているのよ)
「まぁ、あの場所で仕事をするっていうことはそういう運命なのかもしれないよね。だってあの鬼上司、平気で部下のことを使い捨てにするし……」
「運命?」
私は、聞き慣れない言葉を聞いてとっさに聞き返した。
(――運命って言うのは、その人の意志ではなく巡り巡ってくるものだというのはわかる。だけど仕事をして使い捨てにされることが運命なんて、あまりにもそれは悲しすぎる)
「ん? そう運命さ。あぁ……そっか、モモは人族だから知らないんだね。えっとね、あの仕事場は僕たち魔族の中でもゴミ箱って言われてるんだ」
「ゴミ箱って……あそこにいる魔族さんたちは、いつも毎日必死に働いているじゃない」
(――たとえ運命だとしてもそんな言い方をするのは、一生懸命働いている魔族さんや、仕事のし過ぎで誰かわからなくなるくらい衰退するアーサーに失礼だと思う)
「うん。まぁ、そうだけどあそこにいる魔族たちはみんな他の場所で使い物にならなかった残り物なんだ。
だから、雑務の書類とかが多いんだよ。もちろんその中の残り物は、僕も例外じゃないんだよね……」
ドラくんの声色は暗く、それでいて希望など微塵も感じさせなくすべてのことをあきらめているようなものだった。
(――こんな声聞いたら、自分は知らないとか考えることなんてできないじゃない)
「私が変えるわ」
「……え?」
「私が、あの鬼上司がいる職場を変えてみせるわ!」
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