第2話 激動の一日目



 アーサーは、自分が勇者だとを思い出したことはいいものの結局なぜかここから逃げるということをせずに、再び働き始めてしまった。

 なので仕方なく私も逃げるということはせずにここで働くことにした。


 ちなみに私はアーサーにざっくりと仕事内容を聞いた。

 簡単にまとめるとこうなる。


 1つ、魔ソコンで魔族さんの必要なものを集計。

 2つ、魔王城に関する資料の管理

 3つ、人材派遣などの短期的な仕事の補助


 主にここでするのは、1つ目の魔ソコンでの集計。一人ひとりのテーブルの上には山積みになっている資料。そして、イスに座り魔ソコンとにらめあいをしている魔族さんの人たち。この部屋の状況を見れば、この仕事がどれだけ大変なのか理解できる。


「よいしょ。よいしょ」


 そんなことを理解した私はとりあえずみんなしているから魔ソコンを使おうと思った。だが、長年剣を振り回していただけなのでまともに魔ソコンを使うことができないということ気づき今、資料の整理をしている。


(――この先って、前になにもないよね……?)


 手に持っている資料のせいで前が見えない。

 山積みになっている書類の高さは体の2倍以上の高さがある。


「わっ!」


 前が見えていなかったせいで足が引っかかり、顔から地面に倒れ込んでしまった。

 そしてもちろんだが倒れると同時に、手に持っていた資料はすべて地面に撒き散らしてしまった。


(――最悪。もしこんなところを、誰かに見られたらクビにされちゃうかもしれない)


 私はそう思って、せっせと資料を集めていた。

 だが次の瞬間。


「――――!」


 地面に大きな人の影が見えてきた。

 その影は、人にしてはでかい。なのでアーサーではないことがわかる。


 私は、最悪の状況になってしまったと後悔し思わず唾を飲みながら影が見える方に顔を上げる。


「あらぁ〜。あらあらあらぁ〜。こんなに大切な資料地面に落としちゃって……」

 

 そこにいたのは、口から鋭い歯を出している吸血鬼。血を吸って生きている吸血鬼は、魔族の中でも怒らせると厄介だとされている。

 

(――絶対に、怒らせないようにしないと。もし怒らせたら剣を持っていない私は何も抵抗できないまま殺されてしまう)


「ご、ごめんなさい! 今すぐ片付けますので」


 死を覚悟して、頭を深々と下げて謝罪した。相手が立ち去るまで頭は絶対にあげない。そう思っ手頭を下げたのだけど全然動く気配がない。


(――まだ謝りたりなかったのかな?)


「あら、わたしは別に怒ってないのよ。少し手伝ってあげようか?」


 目の前の吸血鬼は、優しい声でそう言ってきた。


(――吸血鬼のことを怒らせると厄介だということは、迷信かなにかだったのかな?)


「……ありがとうございます」


 私は言葉に甘えて二人で資料を集めた。

 


  *



 結局あのあと吸血鬼、ジシエと名乗った魔族さんは一緒に最後まで資料の整理をしてくれた。そして今は、二人で缶コーヒーを片手に誰もいない休憩所のベンチに隣同士で座り休憩をしている。


「私、今日初めてここの仕事を始めした人族なんです」


「あら、そうなのね」


 ジジエさんは私が人族だと言っているのにあまり、驚いた様子を見せていない。


(――もしかして、私とアーサー以外に人族がここで働いているんじゃないか?)


 ジジエさんの様子を見て、そこまで考えたけどさすがにそれはこじつけのような気がして考えるのをやめる。


「はい……私、いつも剣ばっかり振り回していてこんなデスクワークなんてしたことないんです。だから、さっきみたいに資料を落としたりミスばっかりしちゃって……。私ってこういうの、向いてないみたいです」


(――しまった。向いていないとか、そういうこと言ったらここで働いている人に失礼じゃないか)


 私はすぐに撤回しようとしたのだが、ジジエさんの言葉を聞いて目を覚ます。

 

「諦めちゃだめよ!!」


 ジジエさんは、いきなり悲鳴のようにも聞こえる声で叫んできた。


「っ……」


「おっとごめんなさい。少し感情的になってしまったわ」


 ジジエさんはそう言って、私に一言謝り「んんっ」っと咳払いをして続ける。


「わたしは、ここに働き始めて3年ぐらいかしら」


「すごいです」


 この言葉は、自然と出たものだった。

 私はまだ働き始めて一日だけど、ここがいかにブラックなのか理解できている。なので3年間も働けているのはすごいとしか言いようがない。


「いいえ。たしかに3年も働いていることはすごいかもしれないけど、他はなんにもすごくないわ。最初はわたしもあなたみたいにミスばっかりしていたもの」


「そうなんですか?」


(――あんなに失敗した私のことを責めないで、あまつさえ手伝ってくれて面倒みがいいのにミスなんてしていたのかな?)


 あまりにもジジエさんがいい吸血鬼さんで、仕事ができる魔族っぽいので疑問に思ってしまった。


「そうよ。いい、モモちゃん。生物っていうのはね、失敗して成長していくものなのよ? だから、失敗をしてもいいのよ。失敗を恐れちゃだめ。まぁ、失敗のし過ぎはよくないけど」


 失敗してもいい。その言葉が、いきなりどこか知らない場所で働かされている私の固まった氷の心をゆっくりと溶かけていく感じがした。


「うっうっ……」


 こんなことで泣いちゃいけない。

 こんな、魔族の前で。

 こんな、しょうもないことで。


 私は剣士。いついかなる時でも、涙を見せずに屈することはない。そう心に決めていたのだが、目の前が歪む。そして、頬に涙が流てそれが止まらなくて。


 止めようとすると、それに比例するかのように涙が落ちていく。


(――もう、私どうしちゃったんだろ……)

 

「ふふふ。今はここにわたしたちしかいないから、どれだけ泣いても大丈夫わよ」


 ジジエさんが私の体を、優しく包み込んでくれた。魔族なのに臭くない。逆に程よい香水の匂いがして心地良い。

 

 包容感に負けてなのか、安心できるからなのかわからないけど不思議と私は……。


「うわ〜ん!!」


 ジジエさんの包み込んでくれる腕の中で、泣き叫んでしまった。



 これが私が、魔族に捕まった一日目。

 緊張や不安。そして、怒りなどすべてが解き放たれたブラックな職場での激動の一日目だった。


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