推しのために戦うことも、推し活に入りますか?

泡沫 希生

推しを、推し続けるために。

 私はゲームが好きだ。小説や漫画もそこそこ読むし、アニメも見るけれど、趣味の中ではゲームに触れている時間が一番多い。

 だから、必然として私の推しキャラもゲームのキャラが多くなる。可愛い動物系のキャラからアクションゲームで活躍する真面目な人間のイケメン、乙女ゲームで甘い言葉を囁いてくる人外のイケメンなどなど。


 そして今。私は、新たなキャラをこれから推していくつもりなのだ。


 最近のゲームは凄い。グラフィックが本当に綺麗だ。

 人物の描写がデフォルメされていたりリアル寄りだったりと違いこそあれ、どちらにしろ、技術の向上によりイケメンがさらに高画質なイケメンになっているわけで、かっこよさが二倍、眩しさも二倍。

 私の推しの顔がすぎてどうすればいいんだ状態だ。顔がいから好きになったんだろ、とかいうツッコミは知らない。


 ゲームの中でも、キャラを動かしてバトルを楽しめる、アクションゲームが特に好きだ。

 それで、新作ゲームの情報を調べている時、あるアクションゲームに出てくる人間の王子に一目惚れした。主人公が幼い頃から仕えている第二王子、というキャラなのだけれど、やばい。とにかくカッコいい。

 しゅっとした顔立ちに、切れ長の目。私好みの中性的な容姿。さらさらとしたやや長めの髪は深い緑で、黄色がかったオレンジの瞳はこちらを射抜くように輝いている。キャラデザ完璧。

 性格もいい。彼の生まれた国は、歪み合う二つの大国に挟まれていて難しい立場にある。そんな中で、彼は国の利益よりも民のことを想い行動する、やや真面目すぎる優しい性格だとのこと。最高です。

 声も容姿にとても合っている。爽やかだけど思慮深さも感じさせる温かな声音。素敵な声をありがとう声優さん。


 主人公が仕えている立場の人間だ。ゲームの最初から最後まで活躍するに違いない。この王子のために戦えるなんて、主人公が羨ましい。私が代わりに戦いたいくらいだ。

 楽しみのあまり、私は発売日まで残りニヶ月を切ったあたりから、このゲームに関する情報を調べないことにした。ゲームをより新鮮な気持ちで味わうために。

 ゲームが発売されれば、推しのグッズもいずれ出るだろう。楽しみだ。



 そうして、待ちに待ったゲームの発売日。有給はこういう時のためにあるんだと、私は思っている。もちろん有給取りましたとも。

 早起きして、宅配便で届いたゲームを受け取り(限定版をもちろん購入、特典のイラスト集に推しキャラがいるのは確認済み)、丁寧に箱を開けてゲームソフトを取り出す。

 テレビの電源を入れて、そのままゲームソフトをゲーム機にセット、やがて現れるのはゲー厶のタイトル画面。『New Game』を選んで各種設定を決めたところで、プロローグとなるムービーシーンがはじまった。

 最初は、遠景から物語の舞台となる小国を画面いっぱいに映し出す。それから徐々に、画面は王城へと向かっていく。そして城の中にいましたよ、ついに出てきましたよ、私の推しである王子が! カッコいいんですけど! 推しの顔がす(以下省略)。




 ムービーが終わって、主人公を動かせるようになった。まずはチュートリアルということで、主人公の操作方法を確認するよう、画面にメッセージが出ているが、私はそれを無視した。

 だって、推しが立ってるんですよ。(主人公の)目の前に。嬉しさのあまり、推しの周りを(主人公を操作して)くるくる回る。推しの鎧姿がこれまたカッコいい。

 ひとしきり推しの周りを回ってから、推しに話しかけてみた。


『お前には期待してる。いつも訓練で見せてくれる腕前を、存分に振るってくれ』


 こんなことを推しに言われたら、頑張らないわけにはいかない。任せてください!

 ということで、本陣を出発して最初の戦闘シーンへ。チュートリアルを兼ねているから敵も弱く、主人公の操作に慣れた頃に戦闘は終わった。

 どうやら、正体不明の何者かが集団で国内に侵入しており、推しが小隊を率いてそれに対処しているみたい。

 敵をあらかた倒し、敵の正体を調べている主人公の元へ、馬が駆けてきた。


『本陣に戻れ! 奇襲、が……』


 言うやいなや、馬から兵士が落ちた。兵士をよく見ればかなりの重傷だ。ていうか、本陣は推しがいるところじゃないか!

 主人公を操作して馬に乗せると、急いで本陣に戻る。ゲームは始まったばかりだし、推しが死ぬことはないと思うけど。本陣に近づくにつれて、また敵が現れ始めた。なんだか嫌な予感がする。

 敵を倒しつつ、時には逃げつつ、主人公は荒れ果てた本陣に着くと馬から降り、そのまま推しの名を叫んだ。でも、主人公の言葉に答える声はない。見たところ誰もいない。ということは、推しは無事に逃げれたようだ。良かった……。

 主人公もそう思ったのか、馬に乗ろうとして何かに気づいた。いくつもの大きな軍旗が地面に落ちている辺り。よく見ると、鎧を着た腕が旗の下から覗いている。

 主人公は恐る恐る旗をどかした。その旗の下で、


「え! 嘘……!!」


 推しは死んでいた。

 私は叫んだまま固まってしまった。信じられない、まさか死ぬなんて。それもこんな早くに……。だって、まだ序盤の序盤だよ?

 思わず、コントローラーから手を離してしまう。それくらいショックだった。 

 このゲームに関する情報を、途中で調べないようにしたのが悪かったのかな。もしかすると、私が調べなくなってから、推しがどうなるのか情報は出ていたのかもしれない。

 いや、でも、情報を入れずにゲームをプレイしたかったし……。


『誰が、お前を……。悪い、守れなくて』


 ガクッとうなだれている私の耳に、画面から主人公の声が聞こえてきた。


『誰なんだ、攻めてきたのも、お前を殺したのも。教えてくれよ』


 それきり、しばらくBGMと風の音だけが画面から流れた。主人公もショックらしい。わかる、わかるよ、私も悲しい。

 でも、静かな世界にやがて人の声が聞こえ始めた。敵だろうか。


『答えられないよな……なら、俺が答えを見つけるよ』


 主人公の声に、ほんの少し力強さが戻った。

 つられて、私は画面に視線を向けた。見ると、やはり敵が近づいてきている。このままでは、主人公も死んでしまうかもしれない。そしたら、推しだけでなくて、推しのために戦う人もまた一人いなくなってしまう。


『そのために、お前のために、戦おう』


 主人公はそう言うと、敵に剣を向けた。ムービーシーンから切れ目なく戦闘シーンへと繋がる。主人公を再びコントローラーで操作できるようになった。主人公の前にいる敵を倒さないといけない。


 そうだ。推しが死んだとしても、推しのために戦うことはできるじゃないか。

 序盤で死ぬキャラなわけだから、推しのグッズは今後出るのかわからない。出たとしてもわずかだろう。

 とするなら、今は推しのために戦おうではないか。物語は始まったばかりなのだから。

 推しの国がこれからどうなっていくのか、推しを殺したのは誰なのか、それを知るために、推しのために戦う。これこそが、今の私にできる推し活だ。

 もしかすると今後、主人公の回想シーンとかで推しが出てくるかもしれないし。推しの登場シーンがこれで終わりだとは、限らないわけで。

 気合を入れ直すと、私はゲームのコントローラーを再び握った。主人公を操作して敵を倒していく。推しを推し続けるために、私は戦う。





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