第7話
陽が傾き、薄暗くなった。
悠二は周囲の変化を気にすることなく棍棒を振り続けていたのだが、魔物の数が減るにつれて終わりが近づいてきたことを感じ取る。
魔力を活用した身体強化の影響か、疲労感もまったくない。
充実した時間であったと満足感すら覚える中、後方から救援が駆けつけてくるのを横目に、余裕が生まれたからこそ妙な違和感を覚える。
新たに森から逃げ出してきた魔物の怯え方が、今までと違う種類に感じられたのだ。
「また竜神王さんが戻って来たのか?」
ふと視野を広げた直後だった。
森の奥から闇を凝縮したナニカが飛翔してきた。
「ふぃぎゃぁぁ」
「げぎゃぎゃぎゃぎゃ」
「げぎゃごぉ」
ナニカは魔物を貫き、消失した。後に残ったのは、魔物から零れ落ちた魔石だけである。
「何事だ!?」
自警団の団長も、突然のことに声を荒らげると、ナニカが飛んできた方角を睨みつけていた。
「なっ!?」
団長だけでなく、その場の全員が驚愕の表情を浮かべることになった。
森の闇から直接生まれたような異形の存在。
山羊のような2本の角に相応しい獣染みた顔つきながら、目だけは光を拒むように闇を作る。そのくせ、真っ赤な眼光が生者を逃さぬように怪しく輝いている。
痩せ細った肉体に見えるが、皮膚があるのか、赤黒い筋肉がむき出しのような体に見える。そして、背中にはコウモリを思わせる羽を広げていた。
魔物の知識のない悠二ですら、今まで対峙してきた魔物とは格が違うことを肌で感じ取れたほどだ。
「ま、まさか……。なんだってこんな所にデーモンが? いや、さすがにレッサーデーモンか……。しかし、それでも……」
ジリジリと後退りしながら、団長は逃げる算段を整えているようだ。
デーモン種は、魔物の中にあって特異な存在である。
本能だけでなく、知性でもって行動する。悪神の能力をより濃く受け継いだ存在なのだ。故に、一筋縄ではいかない。
「はっ! もしかしたら、魔石を求めてやってきたのかもしれません!」
ソラはデーモン種にかんする知識を思い出し、声を振り絞った。
「そうか! こいつら、上位種に進化するために魔石を食らうんだったな。しかし、魔石を差し出せば見逃してもらえるかもしれんが、これだけの魔石を食らってしまうと、下手したらデーモンどころかグレーターデーモンにすらなりかねんぞ!?」
討伐しようと考えることすら無謀であると考えていた団長だったが、ここで逃げ出しても問題の先送りにしかならないことを悟る。しかも、ただ先送りするだけなら援軍を呼べばいいだけだが、問題が飛躍的に悪化するとなると話も変わってくる。
何しろ、グレーターデーモンともなると国家規模の危機となってしまうからだ。
しかし、レッサーデーモンであっても国の騎士団、あるいは専門の悪魔祓いでなければ大きな被害を出すほどの脅威なのだ。辺境の自警団ごときでは手も足も出ない。
団長の葛藤など歯牙にもかけず、レッサーデーモンは残っていた魔物を討ち取っていく。魔物の世界であっても、弱肉強食は不変の理なのだ。
そして、魔物同士であろうと容赦しない存在である。人間に対して慈悲などあろうはずもない。
レッサーデーモンはひょいとタクトを振るうかのように指先を動かすと、視界に入ったという理由だけで団長に狙いを定めた。
刹那、何の前触れもなく闇が凝縮されて矢となって撃ち放たれる。
シャドウアローと呼ばれるデーモン種が好んで使う魔法だ。
威嚇に使われていた魔法と違い、弓で放たれる矢と遜色のない速度。それでいながら正確に団長に突き刺さる。
……かに思われた。
「「「「「「「「は?」」」」」」」」
団長の体を闇が貫く直前、ビュッと何かが横切った。かと思った直後に団長は風圧を感じていた。レッサーデーモンのシャドウアローに咄嗟に身構えていなければ、よろけてしまっていたかもしれない。
しかし、それよりも、目の前で起こったことに思考が追いつかなかった。
あまりの早さに目で追うこともままならなかったが、棍棒が魔法を打ち返したように見えたのである。
刹那、レッサーデーモンがくぐもったうめき声を発した。
「今のは、ユージ殿が?」
ぽかんと口を半開きにしたまま、いつの間にか隣で棍棒を振り抜いていた人物に視線を向ける。
「あ、はい。何か、ちょうど打ちごろの速さだったもので、つい」
悠二はわかっていない。
そもそも、魔法を打ち返すという行為が非常識なのだということを。
レッサーデーモンも、突然のことに戸惑いを隠せていない様子だが、何かの間違いだろうと今度は狙いを悠二に切り替えて再びシャドウアローを放ってきた。
「おっと!? デッドボールは遠慮願いたい」
ここで再び驚愕の展開が繰り広げられる。
何と。自分に迫ってきているシャドウアローすらも打ち返してしまったのだ。さすがにピッチャー返しができる余裕はなかったが、難なくファウルにしてしまったといったところだ。
「団長さん。あいつ頑丈ですね。さっき打ち返したのまともに食らったはずなのに、ピンピンしてますよ?」
打ち返したことよりも、相手のことを気にする悠二に、団長も些か呆れ気味になってしまう。
「あれでもダメージは受けてる方だろう。ただ、デーモン種は魔法でなければ攻撃が効かないんだが、さっきのは闇属性の魔法だったからね。闇の眷属とも呼ばれる魔物だから、効果が薄いんだろう。かといって、村の魔法使い程度の腕前では、撃退することは無理だろうからな……」
「え? 魔法じゃないと倒せないんです?」
「ああ。残念ながら、身体強化を使って切りつけても、すぐに再生されてしまうのがオチだろうね」
団長も悠二ほどではないが身体強化を扱うことができている。しかし、あくまでも身体強化は体内の魔力を活用する方法なので、魔力による攻撃とは性質が些か異なる。
「じゃあ、魔法を当てれば良いんですね」
言うが早いか、悠二は棍棒を手放すと投球フォームに入っていた。
魔力を込めてイメージするだけ。
悠二はソラの教えを忠実に守る。
ただ、漠然とイメージするよりは、慣れた場面を思い浮かべる方がイメージしやすい。
彼にとってそれは、2つ年上の天才バッターと称される人物との対戦場面。
最高の精神状態で渾身のストレートを内角高めに放って三振に仕留めた時の感覚を忘れないためのイメージトレーニング。
しかし、今回は勝手が少し違う。
何しろ、野球は相手にぶつけてはいけないスポーツであり、今からやろうとしていることは、相手にぶつけることを目的としているのである。
そのため、バッターの存在を消し、キャッチャーミットだけに集中する。
リードを信用し、バッターのことは意識から外す。
呼吸を整え、リズムを合わせる。
気づけば、手の中に使い慣れたサイズのボールを握り締めていた。固さも握り心地も硬球と同じどころか、それ以上の最高の質感。どうやら、魔力によって生み出したらしい。
悠二は深く考えることなく、そのまま振りかぶる。
無駄な力を抜き、何十何百万と繰り返し、体に染みついた動きで流れるように次の動作に移行する。
全身の筋肉をしならせ、一瞬だけ溜めを作りギチギチと引かれた弓の弦を一気に解放するように腕を振り抜く。今回はスピードよりもコントロールを重視しなければならないので、最後の最後まで指先に神経を集中し、ボールにエネルギーを注ぎ込む。
ボールはきれいなスピンがかかりながら空気の層をぶち抜き、まっすぐレッサーデーモンの頭部に向かっていくと、スパーンとミットに吸い込まれる気持ちの良い音が実際に聞こえてくる錯覚まであった。
いや。実際に炸裂音が周囲に響いていた。レッサーデーモンの頭部を風船のように破裂させた音となって。
「「「「「「「「え?」」」」」」」」
周囲の驚きの声も、直後に発生した衝撃音でかき消される。
そちらには、悠二も「え?」と、声を漏らしてしまう。
レッサーデーモンの頭を吹き飛ばしたエネルギーの塊はそのまま突き進み、背後の森の一部まで吹き飛ばしてしまったからだ。
ドーンと爆音が立ち昇り、土煙が巻き上がる。
数瞬の間を置いて、衝撃波が悠二たちにも襲い掛かり、討伐隊の数十人も為す術もなく吹き飛ばされてしまったのだった。
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