第6話
森から逃げ出してくる魔物の数は少しずつ減ってきてはいた。しかし、収まる気配がない。
しかも、減ってきてはいるものの、個体の強さが増すだけで労力は一向に減らないどころか、押され始めるようになってきていた。
それでもギリギリのところで踏ん張っていたのだが、ついに最前線で盾を持って魔物の進行を食い止めていた一角が崩されてしまったのだ。
「逃げろおっ!」
守られながらも槍などで応戦していた中のひとりが叫んだのと同時に、恐怖にかられた少数が走り出す。
少数とはいっても、遅れて駆けつけた加勢を合わせても40人程度しかいない総数でのことだ。ダムが決壊するかのごとく一気に陣形が崩壊し、後方で支援に当たっていたソラたちの所にも押し寄せるようになってしまった。
「なんだか、さっきのゴブリンよりも大きい気がするけど、まあいいか」
ファンタジー系の物語に野球の技術向上に役立ちそうな知識が含まれることは稀であろう。知的好奇心を持つ悠二であっても、エンターテインメントとして欲しているわけではない。
ゴブリンを知らなかったのだから、ホブゴブリンという上位種がいることも知っているわけがなかった。
しかし、今回は、それが良かったのかもしれない。
先ほど相手したのが少年野球のチームで、今度は見た目はほとんど変わらないのに大学生や社会人野球のチームになっていると事前に知ってしまっていたら、変に気負ってしまっていたかもしれない。
「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」
ゴブリンよりも体格が良くなっていることで、高めのボールを振り抜く感覚になっていた。前のめりに突っかかってくるおかげでアゴの位置がストライクゾーンに収まっているが、中にはボールに外れている個体もいる。
悪球打ちはあまり好きではないのだが、そんなことを気にしている場合ではない。
「っと!」
ひと際大柄な個体に襲われ、同じように棍棒を振り抜いたが、一撃で仕留め損なってしまう。
「もしかして、さっきのは子ども的なゴブリンで、今度のは大人的なゴブリンなのか? 繁殖能力があるのか知らんけど」
上位種という存在は知らずとも、本能的に違いを感じ取っていた。
そもそも、RPGゲームをやったことがないので、同じ種族であればステータスが固定されているという固定概念も持ち合わせていない。むしろ、個体差がある前提で行動している。
「1匹に時間かけすぎるのは、危険だな」
ホブゴブリンはゴブリンほどではないにしろ群れで行動している。最前線が崩壊したせいで魔物の進路は村へと向かい始めており、このままでは守り切れない。せめて非戦闘員であるソラ達だけでも逃げる時間を稼ぐ必要もあるだろう。
「一撃で仕留めきれないなら、仕留めきれるようになれば良いのか」
ホームランが打てないのなら打てるようになれば良いみたいな無茶苦茶な思考であるが、今の悠二であれば手段がないわけではなかった。
「えーと? 魔法は魔力を込めてイメージするだけ」
ギュッと握り締めた棍棒と自分の体がひとつになるイメージ。投手の投げた渾身のストレートをスタンドに放り込むイメージ。そこに身体強化のイメージを重ねる。
「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」
全身を魔力が覆い、鎧をまとった感覚。それでいて体の芯がしっかりと強化された感覚があった。
直後、棍棒を振り抜く音が変化した。
「軽っ!」
バットよりもずっしりした重量だった棍棒を、バットよりも軽やかに振り抜く。ホブゴブリンの頭蓋を粉砕していた鈍い手応えもなくなり、村でゴブリンを退治した時よりもあっけなく塵となって消えていった。
「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」
「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」
「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」
魔法による身体強化に成功しても、動きは雑になることはなかった。むしろ、初心に帰るように基本に忠実に、体の各部位の動きを意識しながら丁寧に棍棒を振り抜いていく。
魔物が生き物ではないからだろう。
壁の落書きを落とすかのような感覚で、どんどん魔物の数を減らしていく。
「スゴイ……」
自警団が3~4人で連携しながら1匹を追い払うのがやっとという中、悠二はひとりでばったばったと倒していくのだ。ソラは最前線にいてケガをしてしまった者の治療を済ませると、唖然としながらその様子を眺めていた。
そして、そのうち自警団では手に負えなくなり、魔物の行く手を遮るものは悠二しかいなくなっていく。
「あの人は、バケモノかい?」
息も絶え絶えに後方に移動した自警団の団長だったが、大きなケガは見当たらない。あちこち引っ掻き傷や打撲によるうっ血は見られるが、それも他の自警団のメンバーに比べると軽微なものである。
彼だけは若い頃に大きな町に出て兵士として生活していた経験があるため、素人の集団の中にあっては基礎ができている。
その団長をもってしても、悠二は異質すぎた。
もうかれこれ30分以上も棍棒を振り続けているのである。
しかも、その一振りで魔物を確実に仕留めていく。
野球の知識のない彼らであっても、悠二のフォームは無駄がなく、力みも感じられない美しい所作に見えた。
「もう、ひとりで何百匹倒してくれたんだ?」
気づけば、森の中から湧き出てくる魔物の姿は見当たらなくなっていた。残っているのは、逃げ遅れた群れが数十匹といったところで、自警団が苦戦していたものではなく、ゴブリン並みか、それより少し強い程度の魔物ばかりであった。
森の深い所を棲家とする魔物は粗方悠二が撃退してくれたことで、自警団も再び動き出す。
「さあ! 我々の村を守る戦いだ。いつまでも客人に頼っている場合ではないぞ!」
血気盛んな者は機敏に、弱腰になっていた者はノロノロと、それでも悠二に全て任せるのは忍びないと全員が動き出した時だった。
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