第3話
「ありがとうございました。おかげで助かりました。まさか、ゴブリンがこんなに襲ってくるとは思わず、危うく村が滅ぼされてしまうところでしたよ。しかし、あれだけの数のゴブリンを息ひとつ切らさずあっさり撃退してしまうとは、さぞかし高名な冒険者様なのでしょうなあ」
消火活動を指揮する村長らしき壮年の男性が見回りがてら数人を引き連れてやって来ると、悠二に頭を下げてきた。
感謝はしているが、警戒もしている。そんな感じだ。
「いえ。自分、さっきこの世界に来たばかりで、無我夢中だっただけです……」
人を助けるのに理由などない。
実際、考えるよりも先に体が動いていただけである。
しかし、この反応に村人の方も面食らった様子を見せる。
「え!? この世界に来たばかり? この国、ではなく?」
英雄に対する羨望の眼差しが、一気に変質者を不審がる怪訝なものへと傾く。
「この世界にです。……え? そういうのが普通に起こる世界じゃないんです?」
これは、悠二が悪いわけではない。この辺の説明は忘れたわけでも聞いていなかったわけでもないからだ。
それでも、悠二が思うほど普通の出来事ではないながらも、あり得ない話ではない程度には伝わっていたらしく、半信半疑ながらも信じてもらえたようだ。
その大きな理由が、村人が目撃した竜神王の存在である。
「あー。そんなこと言ってましたかねえ」
首を傾げながら、先ほどまで対面していたドラゴンのことを思い出す。自分ではちょっと長生きしているだけ的な言い方だったが、偉いドラゴンだったんだなと認識を改める。
互いに訊きたいことは山ほどあったが、今はゆっくり話している場合ではなく、まだまだ火の手は落ち着いていない。簡単な自己紹介などを済ませただけで、ひとまず問題は先送りして消火活動に手を貸そうと思っていると、遠くから酷く慌てた声が聞こえてきた。
「大変だ! 森から魔物どものがわんさか溢れてきやがった! このままじゃ、村ごと飲み込まれちまうぞ!」
駆けつけてきた人物は村の惨状に驚きながらも、村長を見つけて息も絶え絶えに駆け寄ってきた。
「アントニー。無事だったか。安心しろ。ゴブリンなら、たった今討伐が終わったところだ」
「ゴブリンが!? あ、いや。そうじゃないんです。ゴブリンどころの騒ぎじゃないんですよ!! 森の奥からも続々と他の魔物が押し寄せてきてるんです!!」
「何だって!? もしや、スタンピードでも起こったのか!!」
村長だけでなく、周囲の村人全員が大騒ぎする中、悠二は何が何だかわからないので消火を手伝おうと移動する。
というか、移動しようとした直後。
背後で、「いや。どうやら、竜神王様の神気にあてられて逃げ出してきたみたいなんですよ」という声が聞こえてきたせいで「え?」と、立ち止まってしまう。
「もしかしなくても、自分のせいなのでは?」と。
気まずくなって振り返ったところで、村長と目が合う。考えることは、同じだったようだ。
ついさっき異世界から来たことを告げてしまったことで、誤魔化すことも難しいだろう。
「ユージ様。古い言い伝えでは、世界を渡ってこられた方には特別な加護が宿っているとされます。先ほどのゴブリン退治も見事なものでしたので、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか」
そんな大層なものを授かった記憶はないが、話しを聞いていなかっただけかもしれないため強く否定もできず、そもそも困っている人を見捨てることができる性格でもない。
悠長に対策を練っていられる状況でもなかったため、悠二は村の自警団が中心になって編成された討伐隊とともに向かうことなり、村の住民は避難することが決められた。
「ユージ様は、そんな棍棒だけでよろしいのですか?」
討伐隊唯一の女性が声をかけてくれたが、首を傾げてしまう。
「あなたも棍棒だけしか持っていないように見えますが?」
長尺バットよりもかなり長い棒だが、悠二の持ってきたものよりも細く、頼りなく感じてしまう。
「ああ、これは棍棒ではなく、ロッドと呼ばれる魔法を使う際に補助してくれるものなんです。魔物によっては殴りつけて使うこともありますけど、私は治癒師として参加しておりますので、皆さんの足手まといにならないように動きやすさを優先しているんですよ」
「そうか。魔法があるんでしたね」
これは薄っすらと覚えている。しかし、どうやって使うのかは知らない。
「魔法って、自分でも使えるんですかね?」
気になることはすぐに訊く。人の話を聞くことは苦手だが、アドバイスを受けることには貪欲だった。アドバイスの中身が正しいか間違っているかは重要ではない。そこは祖父の教えである。
「他人からもらえるアドバイスっていうのは、毒にも薬にもなるもんだ。一度試してみて、自分に合えば取り入れれば良いし、合わないと思えば忘れてしまって良いんだよ。じいちゃんが今アドバイスしている内容だって、信用しちゃあいけないよ」
全てを疑い、採用するかどうかは自分が責任を持つ。
そうやって技術を高めてきたのだ。
この世界で自分に何ができるのかわからない今、教えてもらえるものは何でも教えてもらいたい気持ちだったのである。
そして、これが、彼の運命を大きく変えることになるのであった。
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