第2話

「何だか、アッチの方が騒がしいな。近くに村があるって言ってたっけ?」

 いつまでも寝転んでいる場合ではないと、移動することにした。

 そうやって森の中を進みながら、ドラゴンから伝えられた内容を思い出せるだけ思い出す。あまり覚えていないが――。


 自分の境遇を理解したとは言い難いが、オマケの人生をもらえたということは本能的に理解した。

 死んだけど死んでいない。それがわかっただけでじゅうぶんだった。

 野球選手として大成することはできそうにないが、あの子を助けられたことは教えてもらえたので、それで満足することにした。

 ただ、自分が犠牲になってしまったことで、あの少女の人生に暗い影を落としてしまうかもしれないと想像するくらいの理性はある。

 それでも、心無い誹謗中傷を、少女が背負わなければ良いなと願うことしかできないのが少々心苦しかった。

「堀江のおっちゃんとか、野球のこと以外になると節操ないからなあ。心配だ」

 誰の親類縁者でもないタダの野球ファンのひとりを思い出し、そんなことも考えながら道なき道を進んで行くと、騒音はどんどん大きくなっていく。

「何か、悲鳴っぽい?」

 騒音というよりも喧騒。しかも、お祭りのような平和的なものではなく、阿鼻叫喚と怒号が混ざった感じ。

 その中に「助けて!?」という明確な意志の込められた言葉を聞き取ることができた時点で、考えるよりも先に駆け出していた。


「火事か?」

 森を駆け抜けると、質素な石垣に囲まれた小さな集落が見えてきた。

 小さな集落とはいえ数十軒の家が建ち並び、住人も数百人規模はいそうである。狭い範囲に密集して家が建っているため、火の手が回るのも早い。

 最初は消火活動で騒々しいのかと思ったが、近寄ってみると全く別の理由であることが判明した。

「何だアレ!? 変な緑のヤツラに襲われてるのか?」

 悠二が助けた少女よりも少しだけ背の高い小柄な生き物が、集団になって村を襲っていた。悠二に馴染みはないが、ゴブリンと呼ばれる魔物である。

 それが見えるだけでも数十匹という集団となって村を襲っていたのだ。

 さすがの悠二も、どうすればいいのか二の足を踏む。

 と、村人サイドも黙って襲われるばかりではなく、中には反撃に転じている者も目についた。

「ん!? あれ? あの緑の、生き物じゃない?」

 質素な防具に身を包んだ村の自警団らしき若者がゴブリンの頭を斧でかち割ると、さらりと砂のように崩れ落ち、小さな石を残して消え去ってしまったのだ。

「あー? そういえば、あのドラゴンがそんなこと言ってたか?」

 曰く、この世界の魔物は封印された悪神の吐き出す瘴気が具現化された幻のような存在である、と。幻に近いが瘴気が持つ魔力によって他の生き物に害をなす。それは、他の生き物の持つ魔力を求める本能によって行われる行為である。

 ただ、悪神といえども神。かの者が吐き出した瘴気には神素が混ざり、魔物を倒すことで取り込むことができ、肉体を強化してくれる。

「ってことは、ああいうのを減らせば良いんだな」

 神に頼まれたことを思い出し、行動に移る。

 魔物を見分ける方法は簡単だ。

 瘴気が具現化した体であるため、肉体の境界線が曖昧なのだ。

 自警団がいる場所ではなく、助けを求める声が聞こえる方に駆けつける。

「大丈夫ですか!?」

 ゴブリン達は体は小さいが動きは野生動物じみていた。肉体を持っていないはずなのに、思い思いにボロ切れや木の棒で武装している。

 ただ、知能は高くないとみえて、屋内に立てこもっている村人を襲う手段がわからないらしく、壁や柱を目一杯殴りつけるだけのようだ。

 それでも、中に侵入されてしまった家もいくつかあるらしく、あちこちから逃げ出す住人が散見された。

 悠二はその中のひとりに駆け寄り、追いかけていたゴブリンを引きはがす。

「このっ!」

 逃げる住人の髪の毛をつかみ、今にも噛みつきそうだったゴブリンの首根っこをつかみ、引き倒す。しかし、それだけでは当然動きを止めることができない。それでも、野球少年の潜在意識に刷り込まれた感覚が、殴ることを無意識に回避していた。野球選手として手をケガするなど、あってはならないことだからだ。

 これでは討伐できないと、何か武器になるものがないかと考えるよりも先に視線が周囲を走ると、あるものが目に入った。

 丈夫そうな木の棒。それでいて、手に馴染みそうな太さ。この世界でも最も基礎的な武器として知れ渡っているただの棍棒。

 しかし、悠二には、じゃっかん短く感じるものの、使い慣れたバットにしか見えなかった。

 咄嗟に棍棒を拾い上げると、体に染みついた動きで構える。

 そして、内角低めの直球を打ち返す感覚で振り抜くと、引き倒されたゴブリンの頭を粉砕した。

 ゴブリンの血液が飛び散るでもなく、魔力を失い形を留めておくことができなくなった体が消失していくと、ぽとりと小さな魔石だけが地面に落下する。

 この光景を目にした近くにいた他のゴブリン達が殺気立って向かってくるが、悠二は慌てない。

「真田さんのストレートに比べたら、大したことないな。それに、迫力もあの人ほどじゃない」

 などと、同地区のひとつ年上のライバルピッチャーを思い出し、再びバット、もとい棍棒を構える。

 サイズ的に大型犬に襲われる感覚に近いだろうか。それでも、対応できない早さではない。何しろ、中学生の頃から150キロのストレートで練習してきたのだ。緩急の揺さぶりにも慣れている。

 やけに落ち着いていると自分でも思うが、周囲のパニック具合のせいで慌てるタイミングを逃したというのが正直なところだ。更に、緊張を自覚することで力に変える訓練をずっと続けてきた。むしろ、追い込まれてからの方が良いパフォーマンスを引き出せるタイプなのである。

「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」

「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」

「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」

「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」

「しっかり引きつけて、コンパクトに振り抜く」

 呪文の詠唱のように呟きながら、次から次に襲い掛かってくるゴブリンの頭部を正確に粉砕していく。今はホームランを狙う時ではないので、正確なバットコントロールで的確に芯をとらえるため、この世界でも最弱の部類に入る魔物は一撃で消失していった。

 スイッチバッターの特質を活かし、振り抜くたびに右と左を入れ替え、動きの繋ぎ目をスムーズに行うことで隙も最小限にしている。

 そうやってゴブリンを仕留めていくと、時折頭の中に不思議な声が響く。

『神素が一定量たまりました。レベルが2に上がりました』

『神素が一定量たまりました。レベルが3に上がりました』

 そうやって気づけば、周囲に群れていたゴブリンはきれいさっぱりいなくなり、地面には30個を超える魔石だけが残されたのだった。

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