新 「ふたつのしっぽ」 第1話 西から来た転校生

待夜 闇狐

Aパート

 春爛漫の桜並木、その下を僕は歩いている。今は春で、新学期が始まってから大体1週間くらい経っている。新たな授業も始まり多くの生徒が勉学に励み、たくさんの部活が今年入ってきた新入生をたくさん獲得しようと頑張っているようだ。それを表すように正門前に各部活から選ばれた人が列をなして新入生を勧誘していた。まぁ僕は帰宅部だから関係ないけど。

「科学部ー科学部はどうですかー!あなたの知らない科学部の世界を見せてあげまーす!」

 科学部っていつも爆発しているイメージしかないけどよく廃部にならないな。

「俺たちと一緒に甲子園を目指そう!野球部はいつでも猛者を待っているぞ!」

 そういえばこの学校の野球部は1/3くらい甲子園に行けてるんだっけ。大体1・2回戦止まりみたいだけど。

「文芸部ー文芸部はいかがっすかー?小説を読んだり書いたりするならここですよー」

 そういえば僕は小説はあまり読まないな。


「太郎君、おっはよー!今日も元気だね!」

 校舎の入り口に差し掛かると、後ろから女の子がやってきて僕の肩を叩いた。彼女は猫野ねこの亜夕子あゆこ、僕の彼女だ。半年前に僕をいきなり校舎裏に呼んでラブレターを叩きつけてきたことは、今でもよく覚えている。それから今まで長らく付き合いがあることはこれまであまりモテていなかった僕にとってはかなりの幸運だ。

「亜夕子ちゃん、おはよう。早速だけど、今日の単語テストに向けて勉強はやった?」

「もうばっちり!これも太郎君のおかげだよ。ありがと」

 彼女のその声で僕の顔が真っ赤になる。こんな女の子と一緒に勉強をしたり、遊園地にデートをしたり出来るなんて、幸せだなぁ。


御前ごぜん太郎、ちょっと机と椅子を運ぶのを手伝ってくれないか?」

 亜夕子ちゃんの隣に座ってスマホをいじっていると、唐突にクラスの担任の先生から声をかけられる。ちなみに僕の席は最後列の左から2番目(ただし左に席はない)、亜夕子ちゃんの席はその右隣だ。

「えっ、どうして僕にですか?それと、机と椅子の設置は始業式の次の日に行いましたよね?何を今更」

「それがな、今日急遽このクラスに転校生が入ってくることに決まったんだ。それで君の左に彼女の席を設置することになってね。手伝ってくれ、頼む!」

「仕方がないですね……」


 かくして僕と先生は倉庫に椅子と机を取りに行くことになった。しかし先生は鍵を持っていくだけで椅子と机を運ぶのは僕の役目だ。なんと不公平なことだ。まぁ先生は鍵を開け閉めしたらすぐに転校生を迎えに職員室に行かなきゃいけないから仕方がないか。

「ところで、その転校生ってどんな人なんですか?隣の席になるんだったら、どんな人なのか気になりますよ」

「そうだな、私も校長と一緒に少し見ただけだから分からないが、なんか陰気で目の下にクマまであって、でもクマさえなければ結構美人な見た目だからなぁ。口には出さなかったけど結構もったいないと思ったよ」

「そうなんですか……」

 彼女がこのクラスに馴染めることを祈ろう。って、まっさきに彼女に接しなきゃいけないのは僕じゃないか……これが貧乏クジというものか。


 倉庫から未使用の椅子と机を取り出し、壁や他の人にぶつけたりしないように慎重に僕のクラスの教室に運び入れて、僕の席の隣に置き、ついでに先生の机とのペアリングを行う。この学校は机にタッチパネルが仕込まれており、これを通じて先生からクイズが出されたりするのである。(ついでにリモート授業の環境も整えられており、不登校の生徒や病気で家から出られない生徒も家から授業が受けられる。)


 椅子と机を置き終わり、亜夕子ちゃんと他愛もない話をしていると、前の扉から先生が出てきた。

「生徒諸君、今から朝の会の時間だ!ただその前に、今日からみんなと同じクラスの仲間になる転校生を紹介する。タイヤヤミコ、入れ!」

 そう先生が呼ぶと、一人の女の子が扉から教室に入ってきた。その子の髪の毛は紺色に染められ、その色に近い紺色のパーカーとスカートを着ている。教室の後ろから見ているのでよく見えないが、確かに目の下にはクマがあるような気がするし、肌の色も結構白くて不健康そうだ。こんな子が隣に来るなんて、なんかやだなぁ。


 前に出てきた―タイヤヤミコと呼ばれた―少女は黒板に自分の名前を書いていく。文字はきれいで整っており、書道家と言われても違和感がないくらいだ。そして彼女は名前を書き終わった後こちらに向き直って言った。

「私の名前は待夜たいや闇狐やみこ。京都にある伏見ふしみ高校から来ました。ぜひ仲良くしてください」

 ――想像以上のハスキーボイスだ。ハキハキとは真逆の完全にかすれた声であり、声量もそんなに大きくない。テレビでもここまでの声は聞いたことがないぞ。


 それより、クラスの男子の視線はある一点に集中していた。彼女の大きな胸である。この学校の中では胸が大きいので有名なチアリーディング部の部長でさえも彼女の前では見劣りしてしまうくらいだ。

「彼女は急な転校だったため、制服は今日サイズを測りに行くし、教科書は今日届く予定だ。隣の席の御前は教科書を貸してやってくれ」

 こんな事を言っている先生もチラチラと待夜さんの胸を見ている。生徒ならまだしも先生がやったら確実にセクハラだぞ?


「まぁさっき言ってしまったが、待夜さんの席はこちらから見て右奥の新しく設置された席になる。しばらくは彼女に積極的に声をかけてやってくれ」

「「「はーい」」」


 待夜さんが机の間をかき分けて僕の隣の席に座り、机の横にあるフックに、肩に下げていたカバンをかける。そして顔を上げて姿勢を整えると僕に声をかけてきた。

「えっと、あなたが御前さん?私と隣の席になったわね。席替えするまでよろしく」

「あ、あぁ、よろし……ん?」

 ふと彼女の顔を見るとその左目に炎のようなものが灯っているのが見えた。

「ん?どうしたの?」

「い、いや、なんでもない。僕は昔から霊感が強いみたいで、よく変なものが見えてしまうんだ。今はもう慣れたけどやっぱりちょっと驚いちゃって」

「ふーん、そうなんだ」

 その間も彼女の左目に灯った炎は消えていない。彼女は何かに取り憑かれてでもいるのだろうか?でも霊感が強いだけで別に何かが出来るってわけでもないからなぁ……


「(『御前』ねぇ、なるほどそういうことね。とはいえアレは大昔の話だったはずだからこの人には霊感が強いのを超えた影響は出てないみたいだけど。とはいえ重点的に監視しなくちゃね)」


「さて、」

 そう言いながら前に向き直ると、右隣から殺気のようなものが流れ込んできて思わず体が縮こまってしまう。

「(この女狐何をしに来たのかしら……とにかくしばらくは監視が必要ね)」

 何か恐ろしい声が亜夕子ちゃんのいる方向から聞こえてくる。彼女ってこんな子だったっけ……と思いその方を向くと、そこにはいつもどおりの彼女の顔があった。

「どうしたの?あー、もしかして待夜さんが気になるんだー。浮気って良くないんだよ」

 元からそんな気はなかったんだけど……とちょっと困った顔になる。

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 時間が流れて昼休み、当然のことながら待夜さんの周りに色んな人が集まって来ている。でも流石に弁当を手で持って立って食べるのは行儀が悪いぞ。

 すこし待夜さんの昼食を覗いてみると、コンビニで買ったような肉巻きおにぎりとサラダだった。結構バランス良いんだな。

 そして転校生に対する恒例行事、質問攻めが始まる。

「その髪、ちょっと青いけど染めたの?ここは体育祭と文化祭の時以外髪染めは禁止なんだけど」

「地毛よ。生まれたたときからこんな毛の色なの」

「どうして転校してきたの?」

「親の会社の都合。ありきたりでしょう?」

「好きな食べ物は何ですか?」

「好きな食べ物ねぇ……ステーキとかハンバーグとか、あと豆腐とか油揚げとか厚揚げとかの大豆食品も好きね」

「運動は得意ですか!!!!そうなら出来れば私の陸上部に入ってほしいのですけど!!!!」

「得意だけど、部活に入る気はないわ。ごめんなさい」

「そ、そんなぁ~~」

 陸上部の女子が、見て分かるレベルでへたり込んでしまった。でも運動が得意だったら運動部に入らないのはもったいない気がするけどなぁ。

 その後も質問は続いた。

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 そしてまた時間が流れて放課後になった。荷物をまとめて亜夕子ちゃんと教室から出ようとすると、待夜さんが教室の端でスマホを色んな所に向けているのが見える。そういえばあのスマホ、見ない機種だな。どこで買ったものだろうか。

「待夜さーん、早く帰らないんですかー?」

「ねぇ、あんな人放っておいてさっさと帰りまs」

「あぁ、こっちは大丈夫だから気にしないで早く帰っていいよ。私はここでやることがあるから」

 待夜さんは亜夕子ちゃんが話すのを遮って僕たちに早く帰るように促した。にしてもここでやることって何だろう?今日転校してきたから放課後の時間を使って学校探検かな?そう思いながら僕は亜夕子ちゃんと一緒に帰路についた。

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「(うーん、ここで大きな魔力反応があったって聞いたから潜入してきたけど、空振りだったのかなぁ。まぁ空振りだったら痕跡を消して去るだけだけど、一応2週間くらいは調査を続けてみよう。私の友達の子孫もここにいたことだし、それだけでもちょっとは収穫かも)」

「えっと、待夜さん?ここで何をしているの?」

「えっ、あわわわわ」

 闇狐が教室の端でスマホを見ながらなにか思案していると、廊下を通りがかった生徒に話しかけられた。闇狐は考えている時にいきなり話しかけられたため、少し取り乱してしまった。

「あ、あぁ、校内を回るルートを考えていたの。私今日転校して来たばっかりでこの学校の構造がよく分かってないから」

「そうなの?じゃ、私今日部活がなくて暇だから一緒に校内を回りましょ」

「うん、助かるよ。それではナビはお願い」

「ふふん、私にまっかせなさーい!」

 そうして教室を立ち去る闇狐の手に握られているスマホには、なにかのレーダーのような画面が映っていた。

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