第44話

途中、硬いものにぶつかった。



きっと骨だろう。



あたしはマリナの体内で刃を軌道修正させた。



グチュッと肉が潰れる音がする。



そして更に奥深くまで差し込み……一気に引き抜いた。



マリナの体がゆっくりと倒れる。



貴也が驚いた顔でマリナを見ている。



あたしは一歩後ろに下がり、血のついた包丁をバッグに隠した。



すべて、電車が通り過ぎてしまう前に終わっていた。



倒れたマリナの背中から血があふれ出し、コンクリートに血だまりを作っていく。



貴也がなにか叫んでいるけれど、あたしには聞こえてこなかった。



一瞬マリナと視線がぶつかった。



あたしに気がついて目を見開く。



「み……や……」



マリナがあたしの名前を呼んだけれど、周囲はパニックで気がつかなかった。



あたしはニタリと笑みを浮かべて、その場を去ったのだった。


☆☆☆


マリナは重傷だったが、奇跡的に命は助かったらしい。



その代り、もう自力で立ち上がり歩くことはできないそうだ。



貴也は毎日マリナのお見舞いに行って、泣きはらした顔で帰ってくるという。



あのマリナが要介護になったのだ。



想像するだけで大変なのはわかった。



相変わらずプライドばかり大きくて、周りに迷惑をかけているのだろう。



貴也はいずれマリナから離れていくかもしれない。



もしかしたら、その時こそあたしにとってのチャンスになるかもしれない。



1年生のころから好きだった、貴也と一緒になるチャンス……。



でも、今のあたしにはそれもどうでもよくなっていた。



だって、あたしは今……。



「何ぼーっとしてんだよ」



あたしの前で弘志君が険しい表情をしている。



椅子に拘束され、よくわからない廃墟に監禁されているあたしは左右に首をふる。



口にはガムテープが貼られているため、返事もできない。



「お前は俺だけ見てりゃいいんだ。わかったか?」



弘志君の乱暴な言葉に頷く。



弘志君は前々から、ペットのような女の子が欲しかったらしい。



処女をささげたあたしは、弘志君にとって恰好の相手だった。



今の情報はすべて弘志君から聞いたことだった。



弘志君はごく普通の学生生活を送りながら、あたしを調教している。



最初は家に帰りたいと泣き叫んだこともあったけれど、最近ではそれもなくなって


きた。



時々、自分がいまどこにいて、なにをしているのか分からなくなるときがある。



唯一会話をしてくれる相手である弘志君のことを、心待ちにしているときもある。



あたしの復讐は幕を閉じた。



これから先、なにをするんだっけ?



弘志君の声に耳を傾けながらあたしはぼんやりと考える。



あたしはマリナに対してなにをそんなに憎んでいたんだっけ?



貴也のどこを好きなんだっけ?



なにもかもの記憶が薄れていく。



弘志君の声が聞こえる。



あたしをののしる声が聞こえる。



あたしはだんだんと、自分が自分ではなくなっていくのを感じる。

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