第41話

電話に出るわけにはいかず、ジッとスマホを見つめる。



20回ほどしぶとく鳴った後で、ようやく電話は切れた。



それを確認してホッと息を吐き出す。



弘志君の番号は拒否しておいた方がよさそうだ。



そう思った直後だった。



突然、部屋の窓に小石が投げつけられたのだ。



コツンッと小さな音だったけれど、神経がとがっている今のあたしには大音量に聞こえ、ビクリと体を震わせた。



「なに……?」



恐る恐る立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。



下の道路を確認してみると、そこには弘志君が立っていたのだ。



「なんで!?」



咄嗟に身をかがめる。



しかし、弘志君とはしっかり目が合ってしまった。



向こうはあたしがいることに気がついているはずだ。



心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。



その時だった。



またスマホが震えだしたのだ。



着信は弘志君。



あたしはその場にうずくまり、頭を抱えた。



どうして弘志君はあたしの家を知ってるんだろう。



どうしてここがあたしの部屋だとわかったんだろう。



考えれば考えるほど恐怖が湧いてきて、体から妙な汗が噴き出してくる。



緊張で呼吸が浅くなってきたとき、スマホが止まった。



着信音が聞こえてこなくなったひとまず安心したのもつかの間、今度は玄関のチャイムが鳴らされたのだ。



「ヒィっ!」



あたしはうずくまったまま悲鳴を上げる。



一階のリビングが開き、お母さんが玄関へ向かう足音が聞こえてくる。



その音に弾かれたように置き上がっていた。



玄関を開けたら入って来られてしまう!



そう思って一気に部屋を出て、階段を駆け降りる。



足を止めずに「お母さんダメ!」と、声をかけた。



階段下の玄関まで来ていたお母さんが驚いた顔でこちらを見ている。



よかった、間に合った。



そう思ったのに……。



お母さんの右手はすでに玄関の鍵を開けていたのだ。



「美弥、どうしたの?」



驚いた顔をするお母さん。



その横で、ゆっくりと玄関が開いていく。



玄関を閉めようと手を伸ばしても、届くはずがなかった。



あたしとドアの間にはまだ距離がある。



玄関は静かに開き、そして弘志君が姿を見せた。



「こんにちは」



お母さんへ向けて笑顔で挨拶する弘志君。



あたしは愕然として立ちすくんでしまった。



「あら、美弥の友達?」



お母さんは見た目のいい弘志君を見て、嬉しそうだ。



「はい。同じクラスの飯野弘志といいます」



弘志君は爽やかな笑顔を浮かべてお母さんに会釈している。



その笑顔にお母さんが騙されていくのがわかった。



「美弥と約束してたのかしら?」



振り向いてそう聞いてくるお母さん。



あたしは咄嗟に左右に首を振ろうと思った。



でも、できなかった。



弘志君の鋭い視線があたしの行動を制御していた。



背中に無数の汗の筋が落ちていくのを感じる。



それでも自分にはなにもできない。



「そうです」



お母さんの問いかけに返事をしたのは弘志君だった。



「これから図書館で勉強をする予定なんです」



弘志君は慣れた様子で嘘を重ねる。



「あらそうだったの。それなら早く準備をしていらっしゃい」



呆然と立ち尽くしているあたしにお母さんが言う。



違うよお母さん。



あたし約束なんてしてない。



弘志君に家を教えてもいない!



そう言いたくて、必死で目で合図をする。



しかし、お母さんは弘志君との会話を楽しんでいて、あたしには目もくれない。



どうしよう……。



ここで断れば弘志君はなにをしてくるかわからない。



暴力だって、平気でしてくるはずだ。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで自室へと引き返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る