第36話

スマホを取り出すためにバッグを開く。



その時、白いハンカチをわざと落としたのだ。



優しいと噂の貴也なら、これだけで十分だった。



「ハンカチ落としましたよ」



予想通り、貴也はあたしのハンカチを拾ってくれた。



最初はあたしのことが誰だかわからなかったみたいだけれど、すぐにクラスメートだと思いだしてくれた。



ちゃんとあたしのことを覚えていてくれたことで、自然と頬が緩んだ。



その後あたしと貴也はメッセージを交換しあい、その場を離れたのだった。


☆☆☆


実は貴也もあたしのことを気にしていたというのは、正直驚いた。



貴也からのメッセージは1日に1度は必ず来た。



次のデートが決まるまで、そんなに時間も必要なかった。



港の見える高台へ行った時はキスをして。



遊覧船で花火を見た。



この時はまだ夏にはなっていなかったけれど、遊覧船が開業してちょうど20周年目ということで、盛大なイベントが行われていたのだ。



そんな日が続いていたときのことだった。



「カッコイイなぁ」



男女で同じ体育館を使って体育の授業を受けているとき、美弥が不意にそう呟いたのだ。



視線の先を追いかけると、貴也がいた。



まさか……。



そう思い、美弥に声をかけた。



「好きなの?」



短い質問に美弥は顔を赤らめてうつむいた。



なんだ、そういうことだったのか。



別に焦りは感じなかった。



貴也はすでにあたしの彼氏になっていたし、平凡な美弥があたしに勝てるはずがなかったからだ。



でも、面白いオモチャを見つけたと思った。



美弥はあたしと貴也がつき合っていることを知らない。



それなら、このまま隠しておこうと思ったんだ。



そしてあたしは微笑んだ。



「協力するよ」



そう言ったのだった。


☆☆☆


美弥の恋愛経験は皆無だった。



中学時代に好きな人はいたらしいけれど、告白なんてできるわけもなくそのまま終わってしまったらしい。



手をつないだことも、キスしたことも、もちろんそれ以上の経験もない。



そんな美弥は真っすぐで、そして必死だった。



その必死さが、残念ながらあたしには面白く感じられたのだ。



「貴也は応援団に入るんだって、美弥もやってみたらいいじゃない」



そんな助言をすると、美弥は本当に応援団に入った。



元々そんなに運動神経がいいわけでもない美弥は、付いていくのに必死だった。



「体育祭の後、貴也をデートに誘いたい」



美弥からそう相談を受けたのは体育祭の前日だった。



あたしは一瞬驚いて瞬きをした。



この子は本気でそんなことを言ってるんだろうか。



貴也と自分がつり合うとでも?



思わず笑ってしまいそうになったが、どうにか押し込めた。



きっと同じ応援団に入ったことで距離が縮まったように感じられたのだろう。



ちょうどいい。



美弥が貴也をデートに誘うことで、貴也の気持ちも確認することができる。



あたしは美弥の両手を握り締めた。



「そっか。美弥ならきっとうまくいくよ。頑張ってね!」



心にもないことを言い、励ましたのだった。


☆☆☆


「デートに誘われたけど、ちゃんと断ったから」



翌日、無事に体育祭が終わった後貴也はあたしにそう報告をしてきた。



「そっか」



あたしは頷いて、そっけなく返事をする。



さっき美弥が泣きながら電話をしてきたから、知っていることだった。



もちろん、あたしはいい友人を演じて慰めておいた。



これで貴也があたし一筋だとわかった。



これほどのイケメンが自分のことを考えてくれているのだから、気分が悪いわけがない。



だけど、簡単に手に入ってしまった貴也に少し退屈を覚え始めていたのだ。



そんなあたしの遊び道具はやっぱり美弥だった。



美弥は1度デートを断られただけで、貴也のことをあきらめようとしていた。



でも、あたしは懸命に励ましてもう1度チャレンジするように説得したのだ。



だって、すぐに身を引かれたらつまらないから。



すると美弥は調理実習の時間に人よりも豪華なカップケーキを作り始めたのだ。



それを貴也にあげるのだと、すぐに気がついた。



ピンク色に彩られたカップケーキはお店に並んでいるものと同じくらい綺麗だ。



美弥って体力はないけど、指先は器用なんだよね。



そんなことを考えながら、手紙もつけるように助言した。

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