第29話

「どうかした?」



貴也は不思議そうな顔で聞いてくる。



あたしは左右に首を振った。



「なんでもないよ」



早口で言い、貴也の横をすり抜けて教室へ入ったのだった。


☆☆☆


素直に貴也に質問することができたらどれだけ楽だろうか。



1年生のころ、誰と付き合っていたの?



と……。



でも、それを聞く勇気はあたしにはなかった。



1人で椅子に座り、頬づえをついてため息を吐き出す。



「ため息ばかりで、どうしたの?」



安藤さんが心配して声をかけてきた。



「ううん。なんでもないの」



「悩みがあるなら相談に乗るよ?」



「うん。ありがとう」



そう言ってみても、悩みは深い。



説明するだけでもかなりの時間が必要なので、なかなか言い出せない。



1人で悶々としていると「お前、マリナのことちゃんとしろよ!」という声が聞こえてきて振り向いた。



1人の男子生徒が弘志君に詰め寄っている。



弘志君はそれでもヘラヘラと笑って「なんのことだよ」と言っている。



「お前な!」



男子生徒が拳を握り締める。



殴られる!



思わず顔をそむけたとき、「やめて!」と、マリナの声が響いた。



見ると、マリナが弘志君を庇うように立ちはだかっているのだ。



あたしは驚いてその場面を見つめた。



クラスメートたちも固唾を飲んで見守っている。



「なんで……」



危うくマリナを殴ってしまいそうになった男子生徒は、呆然としている。



マリナはなにも言わず、自分の席へと戻っていく。



「へぇ、カッコイイところあるじゃん」



安藤さんは関心したように呟いた。



どうして……?



あたしの頭には疑問ばかりが浮かんでくる。



どうして弘志君を庇ったりしたんだろう?



あんな、最低なやつなのに……。


☆☆☆


この日の授業はほとんど身に入らなかった。



貴也のことはもちろんだけれど、マリナのことも気になった。



弘志君のことなんて無視していればいいのに、どうしてあの時かばったんだろう。



もしかして弘志君って、あたしが考えているよりもいい人なの?



そんなことばかりが浮かんでは消えていく。



「美弥、今日はぼーっとしてどうかしたのか?」



休憩時間になると貴也が心配して声をかけてきてくれる。



「うん……」



あたしは曖昧に笑って頷く。



「俺、そんなに頼りない?」



「え?」



「相談くらい乗るよ?」



貴也は不安そうな顔をこちらへ向けている。



その言葉に嘘はないように見えるけれど、信用していいのかどうか、今のあたしにはわからなかった。



貴也を見ていると、ゲーム内での笑い声が蘇ってくるのだ。



あれがもし本当に貴也の実体験だとしたら?


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