第24話

学校へ行っても、マリナの元気はないままだった。



弘志君の浮気相手が学校へ来てから、マリナはずっとクラス内で陰口を言われている。



悪いのは弘志君なのに、そっちは全然平気そうな顔で、いつもの日常を送っているからあきれる。



でも、あたしはマリナのことを気にしている暇はなかった。



なんせ1年生のころから好きな貴也の彼女になれるかもしれないのだ。



このチャンスを逃すわけにはいかない。



「おはよう美弥」



貴也は教室に入るとすぐに声をかけてくれる。



「お、おはよう」



あたしはそれにぎこちなく返事をする。



今までこんなことはなかったから、どうしても緊張してしまうのだ。



「昨日は突然誘ってごめんね」



「ぜ、全然大丈夫だよ」



あたしは顔の前で手を振って答えた。



貴也とのデートなら、突然でもなんでも嬉しい。



「あとさ、覚えてるかどうかわからないけど、去年の体育祭のことなんだけど」



そう言われてあたしの心臓が跳ねた。



ちょうど昨日、日記を読み直したところだった。



不覚にも泣いてしまったことまで思い出し、恥ずかしくなる。



「あの時はごめん」



「え?」



「俺、あの時は付き合ってる彼女がいたんだ」



「そ、そうなんだね」



「でも、今はいないから」



貴也はどうしてあたしにそんなことを説明するんだろう?



なんて疑問は今はなしだ。



大きな期待が胸に膨らんでいく。



「だからさ、また放課後デートしない?」



あたしの耳元に顔を寄せて囁く。



それだけであたしの心臓は破裂してしまいそうだった。



「……わかった」



緊張状態にあるあたしは気の利いた言葉を言えるわけもなく、短く返事をしたのだった。


☆☆☆


「ヤリマン!」



下品な声が聞こえてきてあたしは顔をあげた。



1人でお弁当を広げているときのことだった。



3人の女子生徒たちが教室後方に集まり、マリナを見て笑っている。



マリナは気にしていない様子で漫画を読んでいるが、その表情は険しい。



「人の男取るとか、最低!」



他校の子とマリナ。



弘志君にとって、どちらが浮気だったんだろう?



きっとみんなそんなことも知らずに近くにいるマリナを攻撃している。



あたしはお弁当へと視線を戻して、卵焼きを口に入れた。



甘く味付けされた卵焼きに幸せな気分になる。



「美弥ちゃん、一緒に食べていい?」



声をかけた来たのは前にも話しかけてきてくれたクラスメート。



確か、安藤さんだ。



「もちろん」



頷くと、安藤さんはホッとした笑みを浮かべて椅子を持って移動してきた。



安藤さんは大人しい系のグループだけれど、今日は友達が風邪で休んで1人になっていたみたいだ。



「相手の子に謝れよ!」



後方からはまだ罵倒が聞こえてくる。



「なんか、大変なことになってるけど大丈夫?」



「あたしなら平気だよ」



笑顔で答えた。



マリナがああなってしまう前から、マリナとあたしの関係は表面上だけのものだった。



今マリナが他の生徒から攻撃を受けていたって、あたしには関係ない。



みんなもそう思っているから、あたしには攻撃してこないのだ。



「そっか、よかったね」



安藤さんはニッコリと笑う。



いかにも平和主義と言った雰囲気だ。



それでもちょっとした蔭口は好きなのだろう、一緒に御飯を食べている間安藤さん


はあたしにマリナについて質問しっぱなしだった。



普段から男が好きだったのかとか。



沢山男がいるのかとか。



特別隠す必要もないし、あたしはマリナから聞いたことをほとんどしゃべってしまった。



「どれだけ美人でも、性格があれじゃあねぇ」



安藤さんはそう言い、含み笑いをしていた。


☆☆☆


それから放課後まではあっという間に過ぎていった。



時々マリナの体操着が踏みつけられた状態で見つかったり、黒板にヤリマン!とラクガキされたりしていたけれど、それ以外は平穏な1日だった。



「マリナ、大丈夫?」



放課後になり、あたしは一応そう声をかけた。



これでも1年生のころはマリナがいてくれて助かったのだ。



そのおかげで、あたしは今でも孤独を感じていない。



「どうってことないし」



マリナは可愛げなく言い放ち、大股で教室を出て行ってしまった。



あたしは呆れ顔でその後ろ姿を見送る。



本当に素直じゃないんだから。



あんなんじゃしばらくイジメも止まることはないだろう。



まぁ、あたしには関係ないけれど。



「美弥。行こうか」



貴也に声をかけられて、あたしはすぐに笑顔になった。



「うん!」

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