第23話

休日でも繰り返される練習。



普段あまり会話をしない相手でも、自然と距離が近くなる。



互いに指摘しあい、協力して1つのものを作り上げるのだ。



気がつけば恥ずかしがり屋だったあたしはごく普通の貴也と会話ができるようになったのだ。



「これを逃がすわけにはいかないよ」



体育祭の後、マリナはそうやってあたしの背中を押してくれたのだ。



確かに、今なら貴也とあたしの距離も近い。



もしかしたらOKしてもらえるんじゃないか?



そんな淡い期待が浮かんでくる。



こんな前向きな気持ちになれるのは、きっと今しかない。



体育祭が終わった今だからこそ、特別なんだ。



明日でも明後日でもダメ。



あたしは自分にそう言い聞かせて、昇降口から出ていこうとしていた貴也に声をかけたんだ。



「ちょっと話があるの」



それだけのセリフなのに、声が震えた。



驚いた表情で振り向く貴也。



あたしの心臓はドクドクと跳ねている。



でももう、後戻りはできない。



あとはデートに誘うだけなんだ。



「なに?」



「あの……体育祭、お疲れ様」



「あぁ。美弥もお疲れ」



貴也はニコリと笑って答えてくれる。



その笑顔に少しだけ緊張がほぐれた。



あたしはキュッと拳を握り締めると、すっと息を吸い込んだ。



「えっと、あの……もしよかったら、明日遊びに行かない?」



あたしの言葉に貴也は「えっ」と小さく声を上げ、それから首をかしげた。



困っている様子の貴也にまた緊張が舞い戻ってきた。



どうしよう。



こういうとき、どう言えばいいんだろう?



次の言葉を探して無言の時間が続く。



これ以上黙っていると、貴也は帰ってしまうかもしれない。



焦ったそのときだった。



「ごめん」



静かにそう言われていた。



貴也は申し訳なさそうな表情をこちらへ向けている。



「他の女の子と遊ぶと、怒られるから」



貴也の言葉にあたしの頭は真っ白になった。



他の女の子と遊ぶと怒られる……。



それって、そういう意味だよね?



貴也には彼女がいるっていう……。



そこまで理解して、急に恥ずかしくなった。



全身から火が出るようだ。



どうしてその可能性を考えていなかったんだろう。



貴也ほどカッコ良かったら、すでに彼女がいても不思議じゃないのに。



それなのに、目の奥が熱くなってジワリと涙が滲んできた。



こんな状況で泣かれたら、貴也を困らせてしまう。



あたしは無理に笑顔を浮かべた。



「そ、そうだよね! ごめんね!」



何度も頷きながらそう言い、あたしはその場から逃げたのだ……。


☆☆☆


当時のことを思い出したあたしは、知らない間に涙を浮かべていた。



慌てて指先で涙をぬぐい、日記帳を閉じた。



あのとき貴也には彼女がいた。



あたしもあれ以上のことはなにもできなかったのだ。



でも、今は事情が変わったんだ。



貴也はきっと彼女と別れた。



だからあたしを誘ってきたんだ。



そう考えると少し複雑な心境だったけれど、今度はあたしにもちゃんとチャンスがある。



しかも、すごく大きなチャンスだ。



これを逃がすわけにはいかない。



「しばらく、ゲームはお預けかな」



実際の恋愛に力を注ぐため、あたしはそう呟いたのだった。

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