第19話

そうやって予習をしたおかげか、放課後になったときにはあたしの気持ちは少し前向きになれていた。



よさそうなセリフもいくつか頭に入れておいたから、きっとどうにかなると思う。



「美弥」



後ろから名前を呼ばれて思わずビクリと跳ねあがる。



振り返ると貴也が立っていた。



「準備できた?」



奇麗な顔で小首をかしげて聞いてくる。



たったそれだけであたしの心は鷲掴みにされてしまう。



「う、うん」



ぎこちなく頷き、あたしは貴也と肩を並べて教室を出たのだった。


☆☆☆


ゲーム内でいくらデートを繰り返しても、実際のデートとなると全く違う。



普通に歩いているだけで全身から汗が噴き出してきてしまう。



手の平にジットリと滲んできた汗を、こっそりスカートでぬぐう。



どうか貴也に悟られませんように。



ドキドキしながらそんなことを考えているあたし。



一方貴也はデートに慣れているようで、歩きながら会話を楽しんでいるようだった。



あたしと違って変な汗だってかいていない。



スマートな貴也に心が惹かれていくのを感じながらも、貴也の女なれしていそうな振る舞いに胸がモヤモヤしてくる。



貴也はあたし以外の女の子と沢山デート経験があるのかもしれない。



これだけイケメンなのだから、当然だった。



そう考えると胸がキュッと締めつけられた。



あたしはまだ貴也のことが好きだったのかもしれないと、その時初めて感じた。



「どうした?」



無言になってしまったあたしを心配して、貴也が立ち止まる。



「な、なんでもないよ」



至近距離で見つめられて心臓がドクンッと大きく跳ねる。



ゲームの攻略サイトで得た知識なんて全部すっぽ抜けてしまう。



「ちょっと座ろうか」



貴也はそう言うと、公園に入って行った。



公園では幼稚園くらいの小さな子たちが遊んでいる。



そんな中、2人で木製のベンチに腰をおろした。



日よけの藤棚は青々と葉が生い茂っていて、涼しげだ。



「どうして急にあたしを誘ったの?」



勇気を出して聞いてみると、貴也は驚いたように目を丸くした。



「言わなかったっけ? 最近すごく楽しそうに見えて、いいなって思ったって」



それは聞いたことだった。



でも、それだけじゃなんだか納得できなかったのだ。



たったそれだけのことで、1度振った相手をデートに誘うだろうか。



首をかしげていると貴也はニッコリと優しい笑顔を見せた。



「それとも、もっと別の理由がほしい?」



意味深に聞かれて心臓がドクンッと高鳴る。



貴也の顔がグイッと近づき、互いの鼻先がくっついてしまいそうだ。


あたしは咄嗟に貴也から身を離していた。



カッと全身が熱くなるのがわかる。



「美弥、耳まで真っ赤」



貴也がそう言って笑う。



「からかわないでよ」



そう言い、うつむいた。



貴也を真正面から直視することができない。



自分の心音は貴也に聞かれてしまいそうで恥ずかしかった。



それから先は学校での他愛のない会話がほとんどだった。



誰と誰がつきはい始めたとか。



どの先生の授業が面白いとか。



なんでもないような話だけれど、それだけで十分に楽しい時間を過ごすことができた。



「ここでいいよ」



あたしは自宅の前で足を止め、貴也に言った。



あたしは断ったのだけれど、貴也がここまで送ってくれたのだ。



「へぇ、ここが美弥の家なんだ」



「そんなに立派な家じゃないから、ジロジロ見ないで」



「ここで美弥が生活してるんだと思うと、気になるだろ?」



それってどういう意味だろう?



聞きたいけれど、グッと押し黙ってしまった。



いくらゲームで予行演習をしたと言っても、それほどうまくいくものではない。



押し黙ったあたしを見て、貴也がほほ笑んでくる。



その笑顔に引き込まれそうになったとき貴也があたしから身を離した。



「じゃ、また明日」



その言葉に現実に引き戻される。



ハッと我に返って瞬きをする。



「う、うん。またね」



そう言うと、貴也は軽く手を挙げてきた道を戻り始めたのだった。

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