第17話

マリナもあたしも、とっくの前にそのことに気がついていた。



長い間あたしが我慢してきただけだ。



「教室へ戻ろうよ。鞄がないと帰れないでしょ」



そう言うと、マリナはムスッとした表情のまま立ち上がったのだった。


☆☆☆


あたしとマリナが教室へ戻ったとき、クラスメートたちからの視線を感じて入口で立ち止まった。



「ちょっと、急に立ち止まらないでよ」



後ろにいるマリナに文句を言われても、あたしはそこから動くことができなかった。



教室中央に立っている私服姿の女の子に目が奪われていたのだ。



丸顔の童顔で、中学生くらいに見えるとてもかわいらしい子だ。



一瞬、自分の記憶の中の女の子と顔がダブッた。



まさかこの子……。



そう思った時、マリナがあたしの横から教室へと入っていった。



その瞬間、私服の女の子が大股で歩いてマリナへ近づいて来たのだ。



服装が違うから一瞬わからなかったけれど、間違いない。



あの子は昨日の放課後弘志君と一緒に歩いていた子だ。



そう気がついてマリナへ手を伸ばすが、すでに遅かった。



その子とマリナの距離は1メートルに迫っていたのだ。



「あんたがマリナ?」



女の子がその顔に似合わず低い声で言う。



マリナの肩がピクリと揺れたのがわかった。



「誰?」



マリナも負けじと低い声で相手を威嚇する。



「あたしは弘志君の彼女だけど」



女の子は胸を張ってマリナへ伝える。



マリナは今どんな顔をしているのか、ここからじゃわからなかった。



「弘志君を取らないでくれる?」



女の子の真っすぐな声が教室中に響き渡る。



一体どっちが先に弘志君と付き合っていたのだろうか?



そんな疑問が浮かんできたが、マリナの立場が悪くなったのは教室の雰囲気で伝わってきた。



マリナは美人だが、自分の自慢をすることが好きだ。



それが原因で女子たちからは余計に敬遠されている。



その上、今朝の出来事もある。



マリナはみんなを威嚇するように机を叩き、教室から逃げ出したのだ。



あたしとマリナがいない間に女の子が現れ、そしてクラスメートたちに事情も説明していたのだろう。



クラスメートたちは冷たい視線をマリナへと向ける。



特に女子たちは冷酷だ。



今までマリナの存在を疎ましく感じていた子も多い。



そうなるともう、止まらないのだ。



「別にとってなんかないけど」



マリナが食いつく。



これでは状況は更に悪くなるばかりだ。



ここで泣いてみせて、弘志君に責任をなすりつけてしまえば丸くおさまったかもしれないのに。



あたしは呆れて友人を見つめた。



マリナはどこまでもプライドが高い。



今はそれが邪魔をしている。



「とにかく、別れてよね。じゃなきゃまた来るから」



女の子はそれだけ言うと、悠々として教室を出て行った。



先にクラスメートを味方につけたからか、その表情は余裕に満ちている。



「マリナ」



声をかけるとマリナが振り向く。



その顔は真っ赤に染まり、眉はつり上がっている。



鬼の形相のマリナに思わず絶句してしまった。



相当悔しかったのか、歯ぎしりが聞こえてきそうだ。



咄嗟に教室の中を見回して弘志君を探す。



しかし、本人はどこにもいない。



この状況に逃げ出したのかもしれない。



「帰る」



マリナは誰にともなく短くそう言うと、乱暴に鞄を掴んで教室を出て行ったのだった。

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