第9話
☆☆☆
「これ、本当のこと!?」
メッセージを見せた瞬間、マリナは想像通りの反応を見せてくれた。
あたしは内心ニヤリと笑う。
「そうだよ。今度の日曜日にデートになったの」
胸を張って答える。
「すごいじゃん!」
マリナは大きな目を更に見開いている。
あのマリナにうらやましがられているのだ。
悪い気はしないし、優越感が胸の中に膨らんでいくの感じる。
マリナもきっと、ノロケ話をしながらこんな気持ちになっていたのだろう。
これならやめられなくても当たり前だと感じられた。
もっともっと羨ましがられたい。
『いいなぁ』とか『すごいね』とか、一目置かれた存在になりたい。
しかしあたしはすぐにメッセージを閉じた。
あまりジロジロ見られたら、ボロが出てしまうかもしれないからだ。
マリナはちょっと不服そうな顔を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「どんな服で行くの?」
不意の質問にあたしは瞬きをした。
「もしかして、まだなにも考えてないの?」
「え、うん、だって、ついさっき決まったばかりだし」
しどろもどろになって返事をすると、マリナは眉間にシワを寄せた。
「それでもなにかあるでしょう? 勝負服くらい、持ってるよね?」
マリナの言葉に返事ができなくなってしまっていた。
このくらい『もちろん持ってるよ』と嘘をついてしまえばいいのに、焦ってそれができなかった。
返事が遅れたことでマリナは呆れた顔になる。
あたしを見下す、あの表情だ。
「もしかして持ってないの?」
聞かれて、あたしは頷くしかなかった。
今さら持ってるよと言ってもすぐに嘘だとバレてしまう。
マリナが含み笑いを浮かべて、あたしの胸にはまた黒いモヤが渦巻き始める。
「家に帰ればなにかあるかも」
苦し紛れに言うと、マリナは大きくため息を吐き出して左右に首を振って見せた。
「そんなんじゃダメだよ! 今日の放課後買い物に行こう!」
あたしの手を強くつかんで言うマリナ。
「え、いいよそこまでしなくても」
慌てて顔の前で手をふる。
なにせデートなんて行かないのだ。
嘘のために使うお金なんて持っていない。
「ダメだってば! 最初のデートで失敗したら、それで終わりなんだよ?」
経験豊富なマリナは真剣な表情で言ってくる。
そうかもしれないけれど、これはただのゲームなのだ。
失敗しても成功しても、スマホの中で起きているだけだ。
だけどそれは絶対に言えなかった。
マリナがここまであたしを羨ましがることなんて、この先一生ないかもしれない。
それをみすみす終わらせる気はなかった。
今まで散々彼氏自慢をされてきて、ずっと我慢してきたのだ。
今度はあたしがやり返す番だ。
あたしは自分自身にそう言い聞かせ、覚悟を決めた。
そのためなら多少の出費は仕方ない。
服なら他に着ることもあるだろうし。
「わかった。行こう」
あたしはそう返事をしたのだった。
☆☆☆
それから放課後まではあっという間だった。
チャイムが鳴ると同時にマリナがあたしの机に駆け寄ってきた。
いつもなら弘志君のところへすり寄って行って、クラスメートたちに見せつけるようにイチャイチャしはじめるのに。
弘志君はマリナの行動に首をかしげながらも、対して気にする様子もなく友達と一緒に教室を出て行った。
「弘志君のことはいいの?」
あたしは重たい気分でそう聞いた。
これからマリナと一緒に買い物かと思うと、自然と気持ちが落ち込んでしまう。
できればこのまま帰りたいが、そうもいかなくなってしまった。
「大丈夫大丈夫!」
マリナが弘志君にちゃんと説明しているようには見えなかったけれど、本人がいいというのだからいいのだろう。
あたしは予定通りマリナと一緒に買い物へ出かけたのだった。
☆☆☆
一緒に出かけたはずなのに、なぜか当然のようにマリナが先導する形になってしまった。
あたしに服の話をされてもイマイチよくわからないから仕方ないのだけれど、これがあたしとマリナの関係性なんだとうなと感じてしまった。
「ここ、あたしのお気に入りのお店なんだよね」
マリナがよく行くショップというのはどこも派手なものばかりだった。
シースルーのトップスやスカート。
やけに丈の短いパンツなどなど。
どれもあたしには無縁のものばかりだ。
色合いも派手で、眺めているだけで目がチカチカしてくる。
「もっと大人しいお店を知らないの?」
「デートなのに大人しい服を着て行ってどうするの?」
あたしの質問にマリナはプッと吹きだして笑う。
「でも、あたしには似合わないと思うし」
「そんな弱気でどうするの! ほら、行くよ!」
結局マリナの押しに負けて、あたしキラキラ輝くショップへと足を踏み入れることになった。
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