第7話

「そ、そんなことないよ。閉店まで遊んだから!」



慌てて理由を付けたしていく。



はやくやり返したくて、つい慌ててしまった。



でも、もう言ってしまったものは仕方がない。



マリナは半信半疑な様子であたしを見つめているが、強引に会話を進めることにした。



「その時にさ、ハンカチを落としちゃったの」



焦って早口になってしまう。



「そうなんだ?」



マリナは首をかしげ、あくびをかみ殺している。



恋愛の話から遠ざかったから早くも飽きてきたみたいだ。



でも、あたしは自信満々に胸を張った。



話しはまだこれからだ。



「でもね、そのハンカチを拾ってくれた人がいたんだよ」



「へぇ? 優しい人がいたんだね」



「うん! しかも、すっごいイケメン!」



あたしの言葉にマリナの表情が変わった。



目を丸くして身を乗り出してくる。



「イケメン!?」



「そうだよ。同じ県内にこんなにカッコイイ人がいるんだと思って、ビックリしたもん!」



「どんな感じの人だったの?」



「スッと通った鼻筋に、奇麗な目をしてたよ」



「へぇ! それで!?」



マリナに聞かれてあたしは「えっ」と口ごもってしまった。



「なによ。それからどうなったのは聞かせてよ」



マリナは目を輝かせている。



しまった。



昨日は青年との出会いまでしかプレイしていないのだ。



その後なにがあったのかなんて、わからない。



「え、えっと……」



途端にしどろもどろになり、マリナから視線を外すあたし。



そんなあたしを見てマリナは眉間にシワを寄せた。



「まさか、それだけ?」



聞かれて、思わず頷いてしまった。



「なによ、期待して損した!」



マリナはふくれっ面になっている。



「で、でも! これからまたなにかあるかもしれないし」



慌ててそう言うあたしに、マリナは手鏡を取り出してリップを塗り始めてしまった。



「この広い県内で、連絡先も聞かなかったんだよね? それじゃ無理だよ」



冷めた口調で言うマリナ。



その言葉にハッとした。



そうだ!



ゲームとメッセージアプリは連動しているのだ。



昨日、ゲームのプレイ前に相手のキャラクターからフォローされたことを思い出し、スマホを取り出した。



でも用心しなきゃいけない。



アイコンに使われているのはモデルさんなのだ。



調べられれば一発でバレてしまう。



少しだけ。



ほんの一瞬マリナに見せるだけ。



自分にそう言い聞かせて、あたしはメッセージアプリを表示させた。



そこには青年のアイコンが表示されている。



名前はゲーム内であたしが設定した藍という名前になっている。



「この人だよ」



恐る恐るスマホ画面を見せる。



鏡を見ていたマリナはチラリと顔を上げ、それから目を見開いた。



「なにこれ、すっごいカッコイイ!」



興奮してあたしのスマホに手を伸ばすので、咄嗟に引っ込めた。



ついでにメッセージ画面を閉じる。



「ちょっと、もう少し見せてよ!」



「は、恥ずかしいからダメ」



「なによそれ。それが出会った人?」



「そ、そうだよ」



あたしはコクコクと何度も頷く。



自分がくだらないことをしているとわかっている。



でも、マリナを負かしてやったのだという気持ちの方がずっと強かった。



「連絡先交換したんだ!?」



「う、うん。まぁね」



自分の笑顔がぎこちないものになっていくのがわかる。



マリナがこんなに興味を抱くとは思っていなかったから、途端に弱気になってきてしまった。



このまま誤魔化し通す自信がなくてあたしは慌てて立ち上がる。



「どうしたの? もっと聞かせてよ」



「ごめん、ちょっとトイレ」



あたしはそう言い、教室から出たのだった。


☆☆☆


それからマリナは何度も藍について質問をしてきた。



身長はどのくらいだったのか、メッセージのやりとりはしているのか、何歳で、学生なのか社会人なのか。



そのひとつひとつに曖昧な返事しかできなかった。



「なによ、もっと仲良くなってるのかと思った」



中途半端な返事しかできないあたしに、マリナはガッカリした様子で言った。



「あたしたなら、もっとガンガンアピールするのに。美弥ももっと頑張りなよ」



鏡で自分の顔を確認しながら言われて、また黒く重たい気持ちが横たわってきた。



マリナは自分が奇麗だとわかっていてそんなことを言っているのだ。



あたしにはできなことでも、自分にはできる。



遠まわしにそう言いたいのだとうと解釈した。



昼休みになり、あたしは1人でトイレの個室に入っていた。



スマホを取り出してゲームを表示させる。



「もっともっとマリナを悔しがらせてやる」



そう呟く手に力がこもった。



とにかく、ゲームを進めなければ自慢話しも作れない。



「マリナよりもあたしの方が素敵な彼氏がいるって、思わせてやるんだ!」



あたしは鼻歌気分でゲームをプレイしはじめたのだった。

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