第3話

☆☆☆


窓から入ってくる風で気分を落ち着かせ、そのままトイレへ向かおうとしたとき、同じクラスの鴨田貴也(カモダ タカヤ)とすれ違った。



すれ違う瞬間思わず背筋を伸ばして呼吸を止めていた。



心臓がドクドクと跳ねている。



貴也は友人と2人で歩いていて、こちらを気にする様子はない。



それでも緊張してしまうのは、やっぱりまだあたしの心が貴也へ向いているからだと思う。



1年前、振られたのにね……。



苦い思い出がよみがえってきて、慌てて左右に首を振って記憶をかき消した。



背が高くて整った顔立ちをしている貴也は女子生徒からの人気が高い。



元々、自分なんかを相手にしてくれる人ではないのだ。



いや、きっとどんな生徒が告白してもダメだっただろう。



それこそ、マリナくらい美人じゃないと釣り合わない。



自分にそう言い聞かせて気分を取り戻した。



それからトイレで用を済ませ、教室へ戻ろうとした時だった。



「美弥!」



後方から声をかけられて振り向くと、そこには弘志が立っていた。



マリナの彼氏だ。



「弘志君……」



弘志君の髪色は禁止されている金髪で、ツンツンに立てている。



右耳にはリングのピアスが光っていて、いかにも遊び人と言った雰囲気だ。



いくら注意してもやめようとしないから、先生たちは半ばあきらめているらしい。



顔は確かにカッコイイけれど、チャラチャラした格好のせいで台無しだ。



あたしは相当妙な表情をしていたのだろう。



弘志君はけげんな顔をこちらへ向けた。



「なんだよ、今話かけたらまずかったか?」



「いや、そうじゃないけど……」



でもできれば1人でいたかったな。



とは言わなかった。



「そっか。美弥は今日も可愛いな」



なんでもないようにサラッとそんなことを言う弘志君にあたしは呆れた。



「そういうこと、いろんな女子に言ってるんでしょう?」



「もちろん。だって女子はみんな可愛いからな」



そう言って笑いながら教室へ入っていく。



マリナがいながらよくそんなことが言えたものだ。



あたしは呆れながら弘志君の後ろ姿を見送った。



弘志君の女好きは今に始まったことではないらしい。



浮気をしているのかどうかはわからないけれど、チャラい印象は誰もが持っているんじゃないだろうか。



「あんなヤツのどこがいいんだろう」



あたしはぼそりと呟き、重たい足を教室へ向けたのだった。


☆☆☆


マリナのノロケ話を聞いて、弘志からのチャラい言葉を受け流し、貴也とすれ違ったらドキドキする。



これがあたしの毎日起こる出来事だった。



そしてこの日も何事もなく学校を終えて、家に戻ってきていた。



自室のベッドにダイブして大きく息を吐き出す。



「あぁ~今日も疲れたぁ!」



声に出すと学校内でのストレスが吹っ飛んでいく気がする。



ベッドのまくら元に置いたラベンダーの香りが心の落ち着かせてくれた。



一度ラベンダーの香りをスーッと吸い込んで、気分を変えた。



「さっさと課題終わらせて、ゲームでもしよ!」



しばらくベッドの上で目を閉じていてあたしはパッと飛び起きた。



自分で自分の気持ちを切り替えることは得意だ。



あたしは小学校時代から使っている白い勉強机へと向かったのだった。


☆☆☆


勉強を始めてから1時間が経過していた。



苦手な数学の宿題はあらかた片付いて、ペンを持ったまま両手を突き上げて大きく伸びをする。



固まった体がグンッと延びていく気がする。



「あと1問で終わり!」



自分を激励して再び宿題へ視線を向けた時だった。



ベッドの上に投げ出していたピンク色のスマホが震えた。



振り向くと緑のランプが点滅している。



今のはメッセージが届いた鳴り方だった。



マリナかもしれない。



そう思うと少しだけ気が重たくなる。



「後でいいや」



そう呟き、あたしは宿題へ視線を戻したのだった。

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