推しのいるゲームの世界に転生したら

大橋 仰

爽也(そうや)さえ、いれば

「キャアアアーーー!!! 爽也そうやカッコいい!!!」


 ここは都内某所にある集合住宅の一室。

 高校2年生になる葉丸はまるアツコがゲーム画面を見ながら、一人で絶叫していた。


 アツコは現在、恋愛シミュレーションゲーム『王子様と7人の下僕』にハマっていた。


 いや、ハマるなんてものではない。本人は『人生をかけている』と言っていた。


 このゲームは、イケメン高校生男子8人の中から攻略対象を一人を選び、ドキドキ・イチャイチャするごく一般的な恋愛シミュレーションゲームである。

 しかしアツコ曰く、『攻略対象が今までになく尊い』らしい。


 彼女は8人の男子の中で、『爽やかモンスター』こと、春風爽也はるかぜそうやを推している。


 爽也の関連グッズは全て買い、各種イベントには必ず出かけている。

 アツコは現在、推し活真っ盛りであった。




 今日は日曜日。

 新発売100個限定爽也フィギュアを無事ゲットしたアツコは、ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら帰宅の途についていた。


「早起きして、お店の前に並んだ甲斐があったわ!」


 浮かれ気分に加え寝不足でもあったアツコの注意は散漫となり、気がつけば——


 トラックにはねられていた……



 ♢♢♢♢♢♢



「はっ! ここは!?」

 アツコが目を覚ますと、見たことない寝殿のような場所が目の前に広がり、彼女の横には真っ白なドレスのような衣装を身にまとった、とても美しい女性が立っていた。


「葉丸アツコさん。とても残念ですが、あなたはたった今お亡くなりになりました」

 美しい女性が口を開いた。


「あなたは女神様で、そして私に転生を勧めるんですね!?」


「…………最近の人は理解が早くて助かります」

 どうやら女神様は、近年の異世界転生・転移ブームの恩恵を受けているようだ。


「なら、私をゲームの世界、『王子様と7人の下僕』の世界に転生させて下さい!」


「…………は?」


「ほら、最近だとファンタジー世界だけじゃなくて、ゲームの世界に転生するラノベとかもあるじゃないですか!」


 アツコはいったい何を言ってるのだろう? ラノベの話なんて女神様が知るわけない——


「それは転生じゃなくて、転移じゃないんですか? と言いいますか、ゲームの世界に主人公が取り込まれると言うか……」

 ……どうやら女神様は、ラノベもお詳しいようだ。



「……ひょっとして、出来ないんですか?」

 またまた、アツコはいったい何を言ってるのだろう? そんなゲームの世界で生まれ変わるなんてこと出来るわけがない——


「な、なんですか、その『あーあ、ハズレ女神に当たっちまったよ』みたいな目は! 私は全知全能の女神ですよ! ああ、出来ますよ、出来ますとも! そんなの朝飯前ですとも!」

 ……どうやら出来るようだ。しかも朝飯前だそうだ。


「でも——」

 女神様は続ける。

「——いいのですか? ファンタジーな世界に行かないのなら、神の恩恵たる『スキル』や『魔法』が使えませんよ?」


「いいんです! 私には神なんて必要ないんです! 私には爽也そうやがいればそれでいいんです!」


「『神なんて必要ない』ですか…… わかりました。それではあなたをごく普通の一般人として、ゲームの世界に転生させましょう。それでは、あなたの2度目の人生に幸あらんことを!」



 女神様様がそう言うと、アツコの目の前が真っ白になり——


 気がつくとアツコは知らない天井を見上げていた。

 体が自由に動かない。

 アツコは…… 赤ちゃんになっていたのだ。


『しまった…… これじゃあ、爽也そうやに会いに行けない……』

 アツコは心の中で涙を流した。



 ♢♢♢♢♢♢



 ゲームの中の世界に転生したアツコは、優しい両親や友人に恵まれ、すくすくと成長した。


 しかし、彼女の推しメン爽也そうやに出会うことはなかった。

 それもそのはず。この世界の爽也は、都内の高校に通うごく普通の学生である。

 なぜか栃木県の田舎の方に転生させられた幼いアツコには、爽也に会いに行くすべがなかったのだ。


「せめて埼玉辺りに転生させてくれればいいものを……」

 アツコは天に向かって、何度愚痴をこぼしたことか。




 そんなアツコもついに中学生となり、やっと一人で爽也そうやがいる東京に出かける許可を、両親からもらうことが出来た。

 どれほどこの日を待ちわびたことか。

 一人で電車に乗り、心弾ませながら爽也の自宅まで出かけるアツコ。


 そこで彼女が見たものは……


 オッサンになった爽也だった。

 ひたいの面積がちょっと広がってるし……


「全然、爽やかじゃない……」

 時すでに遅し。

 アツコは世間のおっさんと変わりない姿に成り果てた、元『爽やかモンスター』を見て、時の流れの残酷さを知った。


 そんなアツコの様子を天界から眺めていた女神様がひと言。


「ま、まあ…… あなたは『カミ(髪)なんて必要ない』って言ってたから……」

 女神様が、なんか上手いこと言った。

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推しのいるゲームの世界に転生したら 大橋 仰 @oohashi_wataru

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