描かれた未来
MAY
第1話
推し活、というものがあるらしい。
この春田舎から出てきて大学生になったばかりの私は、トレンドというものに全く疎い。
それでも、みんなの反対を押し切ってまで都会に来たからには、できる限りいろいろなことに挑戦したい。
まず、「推し」とは何か。
私はそもそもそれを知らなかった。教えてくれた方たちによると、どうやら、とにかく尊敬、崇拝する人のことを指すらしい。
そして推し活とは、その「推し」を奉って愛情を注ぐことのようだ。奉るのは、写真やイラストや、イメージするものならなんでもいいらしい。
「うん、これなら私にもできるかな」
壁に打ち付けられた木製の棚を見上げる。
脚立などを使わなくても掃除ができるし、よく見えるちょうどいい高さ。
何に使おうか決めかねて、そのままになっていたものだ。
よし、あそこにしよう。
ちなみに、あの棚にもきっと、何かお洒落な呼び方があると思うのだけれど、残念ながら私の語彙にはない。
しっかり絞った布巾で棚板を拭き取る。
置くべきものは、最初から決まっていた。
それは、ボールペンだけで描かれた一枚の絵だ。
コピー用紙を半分に折って、右と左とで違う絵が描かれている。
どこにでもある画材で描かれたその絵は、線画だけとは思えないほど緻密に描きこまれている。
「今日もすてきな一日でした」
絵に向かって微笑みかける。
この絵は、世界で一番大切な方からいただいたかけがえのないものだ。
こうして声をかけるのは、ずっと続く習慣だった。
用意してきた額に絵を入れて、台座に乗せて固定する。
左右には、ドライフラワーを入れた花瓶と、お気に入りのぬいぐるみを置いてみた。
「こんな感じでいいのかなあ?」
正解はわからないので、今度、新しくできた友達に尋ねてみなくちゃいけない。
それでも私は、とりあえず満足して、覚えてしまうほど見慣れた絵を眺めたのだった。
絵には、光を抱いた長い髪の女性と、水に沈む少年が、それぞれ別に描かれている。
吉凶を内包するそれは皆の行く末を暗示するものだと、何があっても大切にするようにと、口を酸っぱくして言われてきた。
絵を受け取った私を描いたのだと言われ、髪を短くすることは許されない。
誰もが私を知る狭い狭い共同体の中で、皆の意に沿うように生きてきた。
たった四年、束の間の自由だ。満喫しなくちゃもったいない。
そして私は今日もまた、失われた神に祈りを捧げる。
描かれた未来 MAY @meiya_0433
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