僕の推し活日記

けい

本編


 さて、今日でこのブログを書き始めてから三か月が経ったわけだが、なんと先日、僕の推しであるアイドル『聖☆レイナ』ちゃんに認知されましたことを報告致します。

 このブログを開設したきっかけである『聖☆レイナ』ちゃんについては、もう今更書かなくても良いよね?

 天使が舞い降りたような可憐さにマーメイドのように美しい歌声。それにいつもはしっかりしているのに、大好きな僕等ファンのことを考えると頭がぽーっとしちゃってドジなことばっかりするところがまた可愛い最高のアイドルだってことは、皆知ってるだろ?

 アイドルのことに詳しくない、そんなことを言ってる人も、きっと彼女を見たら考えが変わる。少なくともこのブログまでたどり着いたような人なら、絶対にね。昨日のネット放送では大好き過ぎるあまりに大学まで入っちゃった鮮魚について、スーパーから中継で二時間語り尽くしていたんだけど、あれは永久保存だよ。シシャモについて語るレイナちゃんの可愛さと言ったら、もう!

 話しが逸れ過ぎてしまったね。僕はこんな初歩的なことを書くためにこのブログを更新しようとはしていないんだ。

 このブログを開設したその日から、僕は愛しのレイナちゃんに僕自身の『日常』の姿を伝え続けていたんだ。あれだけ可愛らしいレイナちゃんと言っても、このアイドルの世界は険しいからね。決して簡単にはトップに躍り出ることは出来ない。それはどんな世界だって一緒だと思う。わかる? この言葉は重要だからね。ちゃんと覚えとくんだよ? あとから伏線になるからね!

 レイナちゃんは毎週握手会を開催していて、それに僕も心を打たれたその週には馳せ参じた。でも、そこは天国ではなかった。天使のようなレイナちゃんはいるのに、その前に並ぶのは醜いオーガのような男共ばかり。美女と野獣? そんな生易しいもんじゃ断じてなかったさ!

 油の浮き出たような醜く腫れ上がった手で、愛しいレイナちゃんの手を豚共が握ったんだ。まだ何も知らない純白が汚される瞬間を、何度も何度も目に焼き付けられて、僕はその場を後にした。出来る限り長い時間、その清らかな手に浄化されるためにCD十枚分の握手券を握り締めたまま。

 僕は彼女をその地獄から救い出すことが出来なかった。しかし、彼女は僕の存在に気付いてくれていた。

「い、いつもっ! 応援してますっ!!」

 鼻息荒く吠えるようにそう言った男の声が背中に聞こえ、それに対して僕が舌打ちをした瞬間、彼女は僕に――僕にだけわかるように、サインを送って来た。

「ノーズさんですよね? いつも動画にコメントありがとうございます。今日は何をしたのかなっていつも楽しみにしているんですよ」

 それは彼女からの『ヘルプ』のサインだった。この地獄から私を救ってと、彼女は言葉に出さずに僕に縋った。僕は振り返らずに決意を固める。決して周囲にバレないように、彼女をここから救い出すと。その頷きだけを彼女に晒し、僕はそのまま家に帰った。

 帰ってからすぐにパソコンを立ち上げ、レイナちゃんの動画のページを開く。

「ノーズ……ノーズ……ノーズ、あ、こいつか」

 レイナちゃんが発した相手の名前は、動画へのコメント欄にあった。特徴的なアイコンをしていたので名前を聞いて思い出したんだ。その名前はどの動画にも出没していて、そのどれもに動画への感想と彼女への称賛、そして日々の日常のことが短く綴られていた。

 レイナちゃんの動画は基本的には一日一度の更新だ。だからこいつの日常の報告は、毎日の報告ということになる。そんな日常の全てを、彼女は『楽しみにしている』と言った。

 でも、そのコメント欄に書かれている内容と言ったら、とても楽しめるものではない。朝の通勤電車がちょっと空いていただとか、夕食の味噌汁を作ったら上手く出来ただとか、どこにでもいるオッサンの日記だ。そんなもの、楽しみなはずがない。

 だからその『楽しみ』は、きっと僕に向けて宛てられたものだと確信したんだ。

「僕が君に楽しみを与えるよ」

 そうして僕は、それから毎日欠かさずに自分の日常をダイレクトメールで送り続けた。動画のコメント欄なんて、そんなオープンなものに僕の――いや、僕達の日常を晒すわけにはいかない。僕等の繋がりはもっと、内密な二人だけの秘密なのだから。

 最初は文字だけのやり取りにしていたけど、そのうちいろいろな写真も付けるようになった。牛丼屋に行ったと送ったらその牛丼の写真を付け、海に行ったと送ったらその水平線の写真を付けた。

 レイナちゃんからの返事はなかったけど、それは彼女が恥ずかしがり屋だってのもあるし、きっと事務所の目があるからだと思う。アイドルってのは、どうしても恋愛は表立って出来ないものだろうから。僕はちゃんと理解してる。だから安心して欲しい。

 動画で「この水着可愛い」とレイナちゃんが言えば、それを恥を承知で店に買いに行って『ちゃんと用意したから、僕と一緒に行こうね』と写真と共に送った。サイズだってちゃんと合っているし、何も心配はいらない。ちょっと太ったかも? それくらい誤差だよ。君は可愛い。

 そして先週、彼女が動画で結婚指輪について語るシーンがあった。決して自分がつけたいとか結婚したいとかは口にしなかった。レイナちゃんは本当にプロだ。こんなに辛い思いをさせて、僕も哀しい。

 だから僕は、ケジメとして彼女の指のサイズの指輪を送った。ちゃんと僕を見せるために、タキシードを着てしっかりと決めた写真も一緒に送った。

 これで僕の本気は伝わった。

 彼女のアカウントから初めて返信が来たんだ。

『然るべき対応をとらせていただきます』

 推しに認知されるって、こんなに幸せなことだったんだね!

 対応ってことは、結婚式だ。読んでくれてる皆、ごめんね。レイナちゃんはもう、僕だけのものになったんだよ。

 さ、書きたかった思いは書けたから、もうこのブログは閉鎖することにするよ。皆も推しと幸せになれるように願ってる。




END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の推し活日記 けい @kei-tunagari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ